3 発掘調査依頼開始
そんな会話から三日後。なんでも屋『TWINKLE』の三人は、本拠地としているリバートの街から東へ向かって電車で六駅、時間にして一時間半ほどの距離にあるクードを訪れていた。
「やー、なんか久しぶりに来たねー」
電車から降りると、秋霖が大きく伸びをする。
「前にも来たことが?」
「おう、何年か前だけどなー。何回か来たことがあるんだ」
続いて降りた利津の問いに答えたのは、一緒に降りてきた一だった。
なお、利津も大きな鞄を抱えているが、一はその倍の荷物を抱えていた。さらに言うならば、秋霖は手ぶらである。
「秋霖、荷物……」
「えー。だって重いもん」
利津の方が気を遣って声をかけるが、秋霖の反応はそっけないものだった。いじめのようにも見えるが、当の本人である一は全く気にしていないようで、あっけらかんと笑った。
「俺なら平気だぞ、利津」
「はぁ……」
利津は諦め、自分の荷物を持つことに専念することにした。現状、この中で最も体力がないのは、間違いなく利津である。
「まぁでも、ここも全然変わんないよねー」
「おう、そうだな」
「特に何があるってわけでもないしねぇ」
和やかに会話を進める一と秋霖の後を、利津は無言でついていく。彼らの会話に割り込んできたのは、別の方向からだった。
「何もない、ということはありませんよ」
三人が視線を向けると、そこにはにこやかに笑う少女の姿があった。ショートボブに切り揃えられた亜麻色の髪を持つ、三人と同世代の少女だ。邪魔にならないよう短く切られた前髪の下で、琥珀色の瞳が三人をまっすぐに見据えていた。
「ミスト!」
秋霖が笑顔で駆け寄ると、ミストと呼ばれた少女も相好を崩した。
「お久しぶりです、秋霖、一君。それと……」
利津に気付いたミストが首を傾げる。利津は慌てて頭を下げた。
「はじめまして、利津=田崎ヶ浦です。よろしくお願いします」
「はい、はじめまして。ミスト=ローネです。お聞きになっているとは思いますが、秋霖や一君とは同級生になります。今回の依頼、よろしくお願いしますね」
事前に話は聞いていたのか、ミストはにこやかに頷いた。
「それにしても、この二人と仕事をするとは奇特……いえ、大変ですね」
「はは……」
彼女が言いかけた言葉は聞かなかったことにして、利津は頭を掻きながら曖昧に笑った。
「ちょっと、ミスト。どういう意味」
そのまま流しておけば話は終わっただろうが、聞き咎めた秋霖が噛みつくように割って入る。そんな級友を見返し、ミストはにっこりと笑みを浮かべた。
「どうって、言葉通りですよ、秋霖。ところで荷物は? しばらく滞在してもらうことになると、手紙に書いておきましたよね?」
「いっちゃんが持ってくれてるから!」
何故か胸を張る秋霖と、名を呼ばれて手を振る一を交互に見て、ミストは笑みを深めた。
「自分で持ってくださいね」
「えー」
不服そうな声を上げる秋霖に、ミストは言い聞かせるように言葉を重ねた。
「自分で持ってください。自分のことも出来ないようなら、先ほどみたいなこと、さらに述べますからね。自分のこともしないような人と、一緒に仕事をしたいと思いますか?」
にこにこと笑顔で畳み込められ、秋霖が小さく唸る。
同じことを利津が言ったとしても全力で反論してきそうだが、どうもこの少女には強く出られないようだった。
「いっちゃーん」
秋霖が助けを求めるように幼なじみを振り返ると、彼は心得たとばかりに頷き。
秋霖の荷物を、差し出した。笑顔で。
「…………」
わずかに眉根を寄せたものの、秋霖は黙って荷物を受け取った。
「さ、それじゃあ行きましょうか。案内しますよ」
ミストは満足気に笑い、先頭に立って歩き出す。その背中に、利津としては拍手を送りたい気分だった。
ミストが案内してくれたクードは、リバートよりもずっと小さな町だった。東の外れに位置するというのもあるのだろう。農業と林業、特産物の織物を主産業としている、のどかな所だ。
着いて早々に秋霖が「何もない」と評していたが、確かに特筆すべきものは見当たらないような町だ。とはいえ、首都で育った利津にとっては、これはこれで珍しいものではあった。
「あの、えーと、ローネさん」
利津が先導しているミストに声をかけると、彼女はにこやかに振り返った。
「ミストでいいですよ。今回は私の父が責任者になっているので、ローネで呼ぶとややこしいことになりますから」
「はぁ……じゃあ、ええと、ミストさん」
「さんも余計です」
さらりと笑顔で告げられ、利津は少々困った。基本的に人付き合いが得意ではない彼にとって、初対面の相手への対応は苦手事項だからだ。
「……じゃあ、ミスト」
「はい。なんでしょう?」
しかし、ここは“依頼者”でもある彼女の意向を汲むべきだろう。そう思って言い直すと、ミストは満足そうに頷いた。
「その、先ほど“何もないということはない”と仰ってましたけど。クードには、何かあるんですか?」
その質問を述べた途端、ミストの顔が輝いたように利津には見えた。それを見た秋霖が、わずかに顔をしかめて他所を向いたことに、彼は気付かなかった。
「そうですね。田崎ヶ浦君は、この国の歴史についてはご存知ですか?」
唐突な問いに、利津は二度ほど瞬きをした。顎に手を当て、少し考えるようにして口を開く。
「一応、一般的なこと程度なら。あと、俺も利津でいいです。長い名前なので」
苦笑して付け加えると、ミストは一瞬だけ瞠目した。しかし、すぐに笑って頷く。
「分かりました、利津君。それでは、“浄化の波”はご存知ですね?」
「はい。六千年ほど前、文明を全て押し流したといわれるものですよね」
それはこの国の民であれば、ごく一般的に知られている歴史だ。模範的な解答をした利津に、ミストは嬉しそうに笑った。
「はい、そうです。現在の文明は、一度破壊された文明の後に築かれたものといわれています」
「“浄化の波”以前には、現代よりも高度な文明があったといわれていますよね」
あまりに古い時代であるため実感がわかないが、“浄化の波”と呼ばれる出来事以前の文明は、現在のものと全く異なるものであったという。それからさらに長い歴史が流れた現代の文明でも、時折見つかるその時代の遺物には追いつけていないといわれている。
「ええ、そうです。“浄化の波”によって流され、忘れ去られた時代――今よりも高度でありながら滅び、名残すらほとんど残していないその時代のことを、私たちは“空白の時代”と呼んでいます」
そこでいったん言葉を区切り、ミストは改めて利津を見上げた。
「ところで、利津君。“空白の時代”と呼ばれる遥か昔より続く……まぁ、正確には名前が残っているといったところですが、そんな国が二つあるのはご存知ですか?」
その問いに、利津は少し考え込む。それはさほど一般的な知識ではないものだからだ。けれど、その話を聞いたことのあった利津は、少しの逡巡の後に口を開いた。
「北のオーエウフと、この国――ウィルステルですね」
「その通りです」
ミストが晴れやかに笑う。対して、秋霖はどこかげんなりとした表情で、極力話題に入らないようにしているようだった。普段から騒がしい彼女としては、珍しいことである。
なお、一は全く興味がない様子で、近くの樹に止まっている鳥や実っている果実、花などを眺めながらのほほんと歩いていた。
「ウィルステルが少しばかり特殊な国だというのもありますが、そうした経緯もあってか、他国に比べて“空白の時代”の痕跡がこの国には多く残っているとも言われています」
二人の様子は気にせず、ミストはにこにこと利津に話を続ける。
「さて、ここからがクードの話になりますが、“英雄王”についてはご存知ですか?」
どうやら、ここまでの話は前置きでしかなかったらしい。にこやかに問いを重ねてくるミストに、利津は苦笑しながらも頷く。
「それは、もちろん。この国の始祖ですから。国教としても象徴みたいなものですし」
ウィルステルの建国者であり、始祖であり、宗教的にも象徴として崇められる“英雄王”といえば、ウィルステルで知らない者はいないだろう。
そこまで考えて、利津は気付いた。
「“英雄王”がいた時代は、神世紀によると約八千年前……つまり、“空白の時代”ですよね」
話の繋がりが見えてきた気がして、利津が確認するように尋ねる。
「正確には“空白の時代”というよりは神代ですが、そのあたりの分類は諸説あるので置いておいて……いくつか説がありますが、ここクードは“英雄王”の時代から残るウィルステルの領土の中で、最東端に位置する場所だともいわれています」
ウィルステルの領土は、時代によって大きく変化している。元々の領土――“英雄王”たち建国者が創り上げた頃は、現在の三分の一ほどしかなかったともいわれている。
「そして、こちらもやはり諸説ありますが、“英雄王”が最期の戦いをしたといわれる候補地のひとつでもあるんですよ」
利津の疑問に答えるかのように、ミストがにこりと笑う。
「そのことを除いても、クードは歴史的には興味深い地です。神世紀に書かれるほど昔からウィルステルの国境を担う地であり、様々な伝説を持つ樹海と隣接する地でもあります。さらに“空白の時代”の遺物が発見されやすい地でもあるんです」
嬉しそうに言葉を紡ぐミストの視線は、町並みではなく樹海の方へと向けられていた。その横顔を見ながら、利津が口を開く。
「それじゃあ、今回の依頼は」
「はい。申し遅れましたが、私の所属はフェレスト学院考古学研究室、専門は“空白の時代”です」
得心がいった利津が頷いたのと同時に、秋霖がため息をこぼした。
「話が長いよ、ミスト。要はここクードで、“空白の時代”に関係のある可能性が高い遺跡が見つかったんでしょ?」
同級生だという秋霖は、ミストからこうした話を聞かされる機会が多かったのだろう。あからさまに顔をしかめつつも、話をまとめる。
「大体、“英雄王”にまつわる地なんて、真偽を置いておけばウィルステルの各地に存在するじゃん」
「まぁ、それはそうなんですけどね」
ざっくりと言ってのけた秋霖に気を悪くすることもなく、ミストはあっさりと頷く。
「んで、今回の依頼は発掘調査のお手伝い、だよな」
最後に、話を聞いていたかも定かではない一があっけらかんと述べたが、ミストは気にした様子もなく笑った。
「そういうことです。さて」
ミストが足を止める。話をしているうちに、目的地へと着いたようだった。
「ここが、今回の発掘場所になります」
そこは町から外れた先、ウィルステルの東端に広がるメフェル樹海のすぐ傍だった。発掘作業を行っているためだろう、立ち入り禁止の札が下がったロープが張り巡らされている。そのすぐ脇には、簡易テントが建てられていた。
ロープの向こうでは、幾人かが調査を行っているのが見て取れる。おそらく、ミストと同じ研究室に所属している人たちなのだろう。
ふと、テントの傍に立っていた男性が一たち四人に気付いた。
「ミスト、お帰り。それに、一君と秋霖ちゃんも、いらっしゃい。今回もよろしく頼むよ」
穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってきたのは、ミストと同じ亜麻色の髪を持つ、眼鏡をかけた男性だった。落ち着いた雰囲気をしているが、見た目は二十代後半くらいに見える。
彼は四人の顔を順に見て、最後に利津のところで首を傾げた。
「はじめまして、利津=田崎ヶ浦です。なんでも屋『TWINKLE』のひとりです。今回はよろしくお願いします」
利津が頭を下げると、彼もぽんっと手を打ち合わせた。
「ああ、ご丁寧にどうも。そういえば、三人になって、なんでも屋の名前も正式に決めたと言っていたね」
うんうんと頷いてから、男性はようやく気付いたように、もう一度手を打ち合わせた。
「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね。僕はリタン=ローネ。今回の発掘調査の責任者で、ミストの父親でもあります」
「え!?」
どことなく親しそうな雰囲気や色彩から、親族かもしれないとは思ったものの、外見の若さから親とは認識してなかった利津が素っ頓狂な声を上げる。
その反応には慣れているのか、リタンは穏やかな笑い声を上げた。
「これでも四十手前なんですよ、この人」
「父親に向かってこの人はないんじゃないかなぁ、ミスト」
呆れ顔で娘に見上げられ、リタンの笑みが苦笑に変わる。
「知り合って十年……まではいかないかな、八年くらいだけど、見た目は全然変わんないからね、リタンさん」
「へ、へぇ……」
ようやく驚きの抜けてきた利津が、秋霖の言葉にこくこくと頷く。
「ちなみに、これでも有名な学者さんなんだよ。“空白の時代”の第一人者ともいえる人」
「それは褒めすぎだと思うけどね、秋霖ちゃん」
リタンが少し照れたように頭を掻く。そんなことはない、と秋霖とミストが二人して否定していたが。
「ところで、リタンさん。今回も、今までとおんなじ感じのお手伝いでいいのか?」
それまで黙って発掘現場を眺めていた一が、リタンへと視線を向ける。
「そうだね、そういう形式でお願いするよ」
「おう、了解っ」
にっと笑った一に、リタンも穏やかに笑い返す。そうして、全員を見渡すように視線を巡らせた。
「それじゃあ、詳しい説明をするよ。入って」
リタンに招かれて、なんでも屋『TWINKLE』の面々は立ち入り禁止の札の下がったロープの先へと足を踏み入れた。