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数刻が経った頃、イダエアはこっそり寝床を抜けだし外への出入り口を探しはじめた。ランプのついた通路は明るいため歩きやすくはあるが、予想した以上に入り組んでいた。
「確か出入り口っていくつかあるみたいなこと言ってたわよね……」
呟きながら、他のレジスタンスたちに見つからないよう物陰に隠れて様子を見る。十分に注意しなければ、と用心に用心を重ねたが、突然背後で低い声がして心臓が飛び跳ねた。
「どこへ行く気だ?」
恐る恐る振り返ると、そこにはレディトとツクの姿があった。
「まさか王宮へ向かうつもりじゃないだろうな」
睨み据えてくるレディトに対し、イダエアは視線を泳がせる。
「べ、別にそんなつもりじゃ……」
「王宮に行くの? ボクも行く!」
状況を理解していないらしいツクが一人無邪気にはしゃいだ。
「ツクはダメよ! 危ないでしょ!」
つい叱りつけ、はたと気がつく。これでは王宮へ行くつもりだったことが丸分かりだ。気まずい気分でレディトを見やると、胡乱な瞳をした彼と目が合う。
「やっぱり行く気だったんだな」
腕を組んで溜め息を吐くレディトを前に、イダエアは覚悟を決めた。
「とめても無駄よ。あたし、決めたんだから」
開き直り胸を反らせると、レディトが首を左右に振ってくる。
「別にとめに来たんじゃない。だが、行ってどうするんだ?」
「うーん」
レディトの言葉にイダエアはしばし考え、手を打つ。
「そうだ! このアジトに服がたくさん置いてある場所ってある?」
勢い込んで尋ねると、レディトが上半身を引きつつ答えた。
「んあ? まあ、あるっちゃーあるが……」
「すぐに案内して!」
「は? なんでそんなところに……」
「いいから、早く!」
イダエアは釈然としない顔のレディトを追い立て、目的地へ急いだ。
* * *
やって来たのは、派手な衣服と見慣れない道具や楽器が大量に置かれた部屋だった。
「ずいぶんたくさんあるのねえ」
山積みにされた服を眺めながらイダエアは感嘆する。
「ああ。一応ここにあるのは全部女たちが作った変装道具だ。だが、これでどうするんだ?」
得意げに語るレディトの横でツクが尋ねてくる。
「ボクも行っていい?」
声を弾ませ尋ねるツクの頭をイダエアは撫でる。
「しかたないわね。でも危なくないようにきちんと服を着替えてね」
「やったー!」
喜び勇んでツクが飛びあがった。イダエアは小躍りしはじめたツクを尻目に、レディトへ顔を向ける。
「ほら、さっさと着替える!」
レディトへ道化の衣装を手にしながら命じると、彼はしきりに首をひねりながらも道化の衣装へ着替えはじめた。イダエアは青く動きやすそうな吟遊詩人の服装を選びとる。衝立てを使って着替えはじめると、閉ざしていた扉が俄かに開いた。
「誰?」
驚いて誰何すると、短い答えが返ってきた。
「俺だ」
「ラビス!」
王宮へ行くことを察知されてしまったのだろうか。せっかく準備しはじめていたというのに。口惜しさに服を握り締めていると、厳しい表情で佇んでいたラビスの表情が微かに緩んだ。
「ダメだと言ったはずだが、それでも行くんだな」
「そうよ。悪い?」
開き直って衝立の前で腰に手をあててみせるとラビスが肩を竦める。
「まあ、悪いのは確かなんだが。……レディト」
「なんだ?」
メイクをしながら問い返すレディトに、ラビスが応える。
「俺も行く。服を貸せ」
ラビスの発言へイダエアは瞠目した。
「とめないの?」
「とめても行くんだろう?」
「そ、そうよ!」
目を細め視線をよこしてくるラビスへ怯みながらも首肯すると、ラビスがくすりと笑んだ。
「なら俺の答えも決まっている。これ以上余計なことをされるよりはましだからな」
皮肉げに告げられた言葉だが不思議と温かみのある口調のラビスに、イダエアは目をまたたかせる。
(やっぱり、ちょっと変わってるけどいい人なのかも)
なんだかんだ言ってもやはりツクのことが心配なのだろう。口元を綻ばせているとレディトがラビスへ首肯した。
「わかった。お前はマークされてて相当ヤバいんだからしっかり変装しとけよ」
「ああ」
ラビスが首を縦に振って白い面を手に取る。イダエアは衣装を物色するラビスを横目に自らも準備を再開した。