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戦うお姫様と森の偏屈魔導師  作者: 朝川 椛
第一章 森に棲む子
5/33

1-5

 王都ミルバまでは地下道を使い進んだ。どこからが海でどこからが街なのか全然わからなかったが、ツクとラビスのほうは入り組んだ仄暗い地下の道を迷いなく歩んでいく。

 どれくらい歩いた頃だろう。ツクが突然掴んでいた手を離し振り返ってきた。


「ここからは上を行こうよ」

「ダメだ」


 ラビスが例のごとく反対するが、ツクは意に返した様子もなく上をさす。


「いいじゃん。イダエア、こっちだよ!」


 手招きするなり身をひるがえし、上へと伸びた階段を駆けあがっていった。


「危ないぞ、ツク。気をつけろ。なぜ下から行かないんだ。そのほうが安全だろうが」


 苦言を呈しながらツクのあとへ続きラビスが階段をあがる。イダエアも二人の後ろへ続くと、ツクが上に進みながら反発した。


「わかってるよ! でも一度外にでて通りを渡ったほうが近道なんだもん。お役人さんに見つからなければいいんでしょ? ボク早くヨシアさんのところに行ってパンと牛乳と野菜を分けてほしいんだもん」

「気持ちはわかるが危険だ。おい、聞いてるか!」


 ラビスの問いかけに外へでたツクが手を振る。


「早くはやく!」

「待ってよ、ツク。そんなに早く行ったらあなたを見失っちゃいそうだわ」


 急かすツクを前に、やっとのことで地下道から外へ顔をだしたイダエアは不平を漏らした。


「しょうがないなあ。なら、ほら」


 ツクが溜め息とともに、再度手を握り引っ張ってくる。見あげた空には星が輝き、遠くに見える広い通りからは温かそうな明かりが点在していた。


「これなら見失わないでしょ?」

「そうね」


 走りだしながら微笑みかけてくるツクに同意しつつ、表通りを目指す。こんなに無警戒のまま走っていて大丈夫なのだろうか。少し気になっていると、前方からぽすんと鈍い音がした。


「あ……」


 ツクの全身がこわばったのと同時に、立ちはだかっていた影が振り返る。


「ツク!」


 ラビスの叫びに反応して、男がツクを見おろした。


「ん? なんだ?」


 怪訝そうに顔を近づけてくる男へツクが何度も頭をさげる。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 眉を顰めてツクのことを見分していた男の面が、一瞬にして憤怒の表情に変わる。


「てめー、ルルーナ人じゃねえか!」


 怒鳴りたてる男に反応し、周囲がざわついた。イダエアはツクの手を振りほどき、その身体を抱え込む。だが、時すでに遅く、イダエアたちはあっという間に敵意剥きだしの人間たちに取り囲まれた。


「だから言ったんだ」


 うんざりしたようにラビスが呟く。


「だって……」


 ツクが意気消沈し下を向いていると、最初にツクとぶつかった男が問い質してきた。


「お前らこいつの仲間か?」

「そうよ!」


 それの何が悪いのだ。思いきり胸を張ってみせると、男の視線がラビスへ移る。


「おい! そこの辛気臭い兄ちゃん! お前、こいつが異端だと知っててつれ歩いてるのか!」

「答える義理はない」


 切って捨てたようなラビスの言葉に男の肩が震えた。


「何を! お前たちなんかとっ捕まえて役人に突きだしてやる!」

「あたしたちはちょっと食糧を買い込みに来ただけよ。何もしてないのになんで役人に突きだされなくちゃならないわけ?」


 眉間に皺を寄せ尋ねると、男が怒声をあげた。


「うるせー! そんなことも知らないのか。お前よそ者だな!」

「そうよ! それがどうかした?」


 決めつけてくる男に腹を立てながら、イダエアはツクの前で仁王立ちする。横にいたラビスが小さく耳打ちをしてきた。


「おい、逃げるぞ」


 ラビスの宣言にイダエアは目を剥く。


「逃げるって……。悪いことしてないのに逃げるなんておかしいわよ」

「いいから、逃げるんだ」


 このまま何もせず逃げ帰れというのか。イダエアは意見しようとして、やめる。どう考えても今回はラビスのほうに理があるだろう。イダエアは悔しさに臍を噛んだあと、しぶしぶ頷いた。


「……わかったわよ。なら、中央突破しましょう」


 素早くリングブレスレットに手をかけようとすると、ラビスが押さえてきた。


「やめろ」


 ラビスの静止にイダエアは目をしばたたく。


「逃げるんじゃなかったの?」

「それ、魔法具だろう? いいからここは俺に任せて黙って見ていろ」

「何よ! その言い方!」


 前へでてくるラビスへ腹を立てていると、ツクがラビスの裾を引く。


「ダメだよ、ラビス! 力は使っちゃダメ! 使ったらラビスが捕まっちゃう!」

「だが……」 


 イダエアは拳を握る。三人三様の考えではまとまるものもまとまらない。


(もう! 二人とも強情なんだから!)


 内心で叫んでいると、ふいに何かが肩へ当たった。見ると、足元へ石が転がっている。


「痛いじゃない! やめなさいよ!」


 怒りのままに怒鳴りつけると、紳士の格好をした男が声を張りあげてきた。


「うるさい! お前らなんかこうだ!」


 持っていたステッキで殴りかかってこようとする男に続き、他の人間たちも向かってくる。イダエアはとっさにツクを庇った。すると、さらにその前へラビスが立つ。片手を空へ向けると、しばらくして風が巻き起こった。


(魔法……?)


 これではツクの身も危険かもしれない。イダエアは庇っていたツクの身体をさらに自分へ圧しつける。次の瞬間、背後にあるマンホールの下から鋭い声が飛んできた。


「おい! ラビス! 術は使うな。こっちへ来い!」


 声に反応して、ツクが腕の中から顔をだす。


「レディト! ヨシアさんも!」


 突風に抗い細目を開けて視線を向けると、マンホールから顔をだした男女が小さく手招きしているのが見えた。


「いいから来い!」


 レディト、と呼ばれた茶色い髪の青年が短く叫ぶと、ツクが嬉しげに頷く。


「うん。……ラビス、行こう!」


 ツクがラビスへ決断を促すと、ラビスが手をおろす。


「わかった」

「ツク? この人たちは?」


 マンホールに走り寄るラビスとツクへ、イダエアは戸惑い尋ねた。だが、ツクは問いに答えることなく、ひたすら腕を掴んでくる。


「あとで話すから今は行こう!」


 ぐいぐいと引いてくるツクにつられてマンホールへ滑り込むと、上にいたレディトが身体を押し込んできた。


「こっちだ! 急げ!」


 命令されるまま階段を降りはじめる。背後から男たちの野太い声が響いてきた。


「逃げたぞ! レジスタンスの奴らだ! 追え!」

「へ! そうは問屋が卸さないぜ!」


 再びマンホールへ近づいたレディトが白い玉を投げた。石畳に小さな音が響き、やがて黒い煙が周囲を満たす。


「今だ!」


 レディトの言葉に倣い階段を駆け降りる一向へ続き、イダエアは湿っぽい排水路をひたすらに走った。

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