6-1
「だから、あたしはやりませんってば!」
死闘から五日後。
イダエアは王宮の議場で叔父、イルダス前王の臣下たちに向かい声を荒らげた。イルダスの葬儀が執り行われたのはつい昨日のことである。それなのに、唯一残った肉親を亡くしたことを悲しむ暇もなく、イダエアは彼らから王位を継いでくれと懇願されてしまった。
早急に次代の王を決めねばならない。民のためにも急務であることは承知しているが、自分が女王になるのは願い下げである。眉を吊り上げ一同を見回すと、近衛隊長の制服に身を包んだバスクが、しかし、と言いにくそうに口を開いてきた。
「あなた様はイルダス殿下の姪御様であり、王の証を唯一持つお方です。そこまでの出自であらせられるあなた様以外の誰が王となりえましょうか?」
朗々と語るバスクを前に、イダエアはかぶりを振る。
「何度も言いますが、あたしは王位継承者である前にキャンディー屋の娘なんです。帰る場所があるのになぜ王位に就かなければならないんですか。第一、国を心から安定させたいと考えているなら、何も知らない小娘じゃなくてラビスのような知性と教養を兼ね備えた人物を王に据えるべきだわ」
巨大な円卓を叩き斜め前に座るラビスを示すと、視線が一斉にラビスへと移行する。
「イダエア様はああおっしゃっているが、ラビス殿はいかがお考えか」
ロマンスグレーの髪をした臣下の一人がラビスへ問いかける。すると、ラビスがおもむろに立ちあがった。
「残念ながら私は知識のみが取り柄の堅物にございます。一国を治めるなど言語道断。とても器ではございません」
澄まし顔で答えるラビスを前に、ロマンスグレーの臣下が再度尋ねる。
「では、いかがしたら良いと?」
「私と致しましては、やはりイダエア様が継ぐのが筋だと考えます。イダエア様のためにならば私も微力ながらお側にお仕えいたしたく存じます。ですが、もしイダエア様が王位を継承されないのであれば、私も私の正道を歩ませていただきたく」
「それはどういう意味ですかな? ラビス殿」
とうとうと語るラビスへ対し、バスクが口を挟む。バスクに質問されたラビスは軽く口元を綻ばせた。
「植物と魔力の融合により新たな力を生みだすことこそが、私の真の使命だと心得ておりますれば」
ラビスの発言にイダエアは眉を顰める。
「それって、あたしが女王にならなかったら森に引きこもるってこと?」
確認すると、ラビスが今まで見たことがないほど朗らかな笑みを見せてきた。
「その通りでございます。イダエア様」
「う……」
会心の、とでもいうような微笑みに、イダエアは呻く。
「イダエア様、どうかご決断を」
「で、でもあたしは……」
懇願を含んだバスクの視線にイダエアは喘ぎあたりを見回す。誰も彼もが自分を見て声をあげだした。
「イダエア様!」
「どうか、イダエア様!」
「我らの願いをお聞き届けください!」
口々に訴えかける叔父の臣下たちを前に、イダエアはクリーム色のプリーツを掴む。
「……わかりました」
『おおおおお!』
覚悟も決まりきらぬまま返答すると同時に歓声があがった。よかった、と涙ぐむ者がいる中で、イダエアは一人重い溜め息を吐いた。
* * *
「イルダス叔父さん……」
会議の後、イダエアは気がつくと叔父、イルダス前王の陵墓まで来ていた。いきなり女王として立て、と言われ、頭が混乱していたからだろうか。
「だって、あたしなんかが立っていいわけないもの」
イダエアは跪き叔父へ祈る。
「教えてください、叔父さん。あなたが命を落とすきっかけを作ってしまったあたしが、国を継いでうまくいくわけないのに。いったいどうしたらいいんでしょうか?」
だが、いくら祈っても叔父の声は聴こえてこない。
「ラビスがなってくれたらいいのに」
そうだ。ラビスならきっとうまく国を治めてくれるはずだ。
「みんな元気かな?」
無性に故郷が恋しくて、イダエアはそっと膝に顔をうずめた。
「あたしには女王になる資格なんかないんだから……」
呟いていると、背後からラビスの声がした。
「泣いているのか?」
イダエアは振り返ることもせずラビスに答える。
「泣きたいわよ。無理やり女王の地位に就かせるなんて」
どうかしてるわ、と憤慨していると、ラビスの声が改まった。
「まあ、突然だったからな」
「そうね……」
イダエアは大きく吐息する。
「不安なら周りに頼ればいい。バスクやレディトやヨシアもいるし、ツクと俺もいる」
「ありがとう。でも……」
深く響くラビスの声に、ふと緊張の糸がとぎれた。
「あたし、もう誰も失くしたくないって思ってたのに。イルダス叔父さんを犠牲にしてしまった」
自らに立てた誓いさえ守れない人間に、女王なんて重責が務まるはずがない。潤んでいく瞳から涙が零れ落ちないよう苦慮していると、そっと額を寄せられた。
「お前のせいじゃない」
「でも!」
納得いかず顔をあげると、真摯な瞳とぶつかった。
「もしあの時エルダー王が助けに入らなければ、俺はお前を失っていた」
「ラビス……」
静かな声で語るラビスを見て胸が熱くなる。自分もそうだ。もしラビスに何かあったら、今度こそ生きる意味を見失ってしまっただろう。ラビスがいてくれたから、自分はイルダス亡き後もトリスへ立ち向かうことができたのだ。
イダエアはその存在を確かめようと、ゆっくりラビスへ手を伸ばす。だが、自分が彼へ触れるより一瞬速くその手を取られてしまう。
「弱っている時は俺を頼れ」
「頼れって言ったって……」
「とりあえず、ここで泣いておけ」
視線を逸らすと、ぐいと肩を寄せられ抱き締められた。
「え?」
展開についていけずラビスの胸の中で目をしばたたかせていると、ラビスの優しげな声が降ってくる。
「これまでずっと一人で泣いてきたのだろう? 母上に叔父上。どちらも大切な方たちだったはずだ。なら、この胸で泣きたいだけ泣けばいい」
「ラビス……」
ラビスの言葉に涙腺が緩むのを感じた。掠れ声でラビスの名を呼び視線を上向けると、彼が抱く腕を強くしてくる。
「大丈夫だ。お前がここまで俺を強くしてくれた。あの森の入り江で『一人じゃない』と言ってくれたのはお前だろう? だからこの先、何が起ころうとこの腕はお前専用だ。お前がこの世を去る時まで、ずっと傍にいると誓う。俺のすべてをお前にやるよ」
「ラビス」
ラビスの真摯な言葉を聞き、胸に甘い痛みが走った。何も言えずラビスを見つめ続けると、ラビスが静かに言葉を紡ぐ。
「俺はお前が好きだ。お前は?」
静かに尋ねられ、イダエアは返事に窮する。
「もう知ってるくせに……」
茹っている頬を隠そうと下を向くと、無理やり顔を上向かされた。
「ん?」
意地の悪い瞳で見つめられ、イダエアは覚悟を決める。
「す、好き……あたしも好……」
言い終わる前に唇を奪われた。深い口づけに息もできぬまま身を預けると、さらに強く舌を吸われる。とてつもなく甘く底のない幸福感に酔いしれた。やっとのことで唇を離され息も絶え絶えにラビスの胸元を掴むと、ラビスが目元にキスをしてくる。
「ずっとこうしててやるから、今は泣け」
「馬鹿……」
イダエアはラビスの言葉に呼応するかのように彼の胸へ顔を埋め、涙が枯れるまで泣き続けた。




