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碧く凪いだ海の手前では、血生臭い光景が繰り広げられていた。
「ちょっとあんたたち! いいかげんにしなさいよ!」
イダエアはクリーム色のフレアをなびかせ急いで全身血だらけな少年の前へと滑り込む。小石や棒、矢を持った人間たちを睨みつけると、小さく丸まっていた少年が桃色の虚ろな瞳で見あげてきた。
「もう大丈夫よ」
イダエアはそっと少年へ語りかけると、金糸の刺繍が入った紺のボレロへ彼の顔を押しつけ取り囲む人間たちをひたと見据える。
「あなたたち、なんだってこんなひどいことするの?」
「こいつがルルーナ人だからさ」
男が吐き捨てるように告げた言葉へイダエアは眉を顰めた。
「意味がわからないけど」
答えになってない、とかぶりを振って男を見やると、男がいいか、と息を巻いてきた。
「紫の髪に、桃色の瞳を持った奴は人間とは呼ばねーんだよ! ガキは離宮にある矯正施設へ、大人は街外れの収容所送りって相場が決まってんだ!」
「それだけのことで子供に危害を加えて施設へ送るっていうの?」
「十分過ぎる理由だろ。こいつらは俺たちより下等なんだから何されたって構わないのさ。そもそも、そいつはもう子供じゃねえ。七歳過ぎたら立派な大人だろう? どれもこれもお上が決めたことじゃねーか」
なあ、と周囲へ同意を促す男に腹が立ち、イダエアは声を張りあげた。
「成人年齢が引き下げられたことは知ってるけど、ルルーナ人を迫害しろなんて御触れはなかったはずよ!」
「それはお前がよそ者だからだろうが!」
「よそ者はよそ者だけど国は同じよ」
鼻を逸らすイダエアへ、男が目をまばたき尋ねてきた。
「お前、どこから来た?」
「スラルド村よ」
正直に答えると、周囲から下卑た笑いが巻き起こる。
「なんだ、やっぱり田舎者じゃねえか。田舎と王都とは世間のルールが違うんだよ。さあ、わかったらそこをどけ!」
「い・や・よ! この子が何をしたっていうの!」
凄んでくる男に対し、イダエアは改めて拒絶した。少年を庇い腕へ寄せると、周りの人間たちが色めき立つ。
「お前! 殺されたいのか!」
「それはこっちの台詞だわ! 子供が子供らしくしていて何が悪いのよ!」
イダエアは男の言葉へ即座に反論し、リングブレスレットの飾りを外す。微かな音とともに垂れた小さな金平糖型の飾りを、ゆっくり回転させた。
「アクセサリーなんて振り回して何しようってんだ? ああ?」
取り囲む人々が口々に嘲りはじめる。イダエアは答えず、無言でくるくるとリングブレスレットを回転し続けた。
「何かの魔法か?」
不穏なものを感じたのか尋ねる若者に対し、隣の男が鼻を鳴らす。
「あははは! 魔法なんてめったな奴が使えるもんか!」
「じゃあ、なんだよ? あれ」
「さあな。大方、催眠術でもやりますってこったろ。構うこたねえ! こいつもろともやっちまおうぜ!」
「お、おう!」
男の言葉で決起したらしく、武器を持った人間たちが一斉に攻撃をしかけてきた。
『来よ! 我と契りしもの!』
瞬間、飾りの金平糖が一気に膨れあがる。
「う、うわあ!」
「な、なんだ! こいつ!」
重い武器と化したアクセサリーを前にどよめく者たちを見回しながら、イダエアは不敵に微笑んだ。
「話のわからない人には甘いキャンディーより痛い金平糖がお似合いよ! さあ、傷つけられたくなかったらとっととさがりなさい!」
現れたモーニングスターを振りながら警告する。及び腰になった男が上擦った声をあげた。
「と、ととととんでもねー女だ!」
後ずさりながら悪態を吐く男をきつく睨むと、誰からともなく取り囲んでいた者たちが雲の子を散らすように一人、また一人と去っていく。
「ちくちょー! 覚えてろよ!」
捨て台詞を吐いて逃げていく後ろ姿を眺めながら、イダエアは肩を竦めた。
「あなたたちみたいなお馬鹿さんなんか覚えてられないわよーだ。ねえ、ボク?」
武器をしまって少年に微笑みかける。
「頑張った子にはイルマード家特性のキャンディーをあげるわ」
ポシェットにしまっていた七色の金平糖を手渡すと、蹲っていた少年もにこりと笑んだ。