代表と問題児
いつもありがとうございます
「さ、着きましたよ」
案内されて辿り着いた先は屋敷、というよりは小さなお城のような場所であった。ここって、とイブキさんがセラーノさんの方を見る。
「ええ、貴女の……失礼、名前を伺ってませんでしたね。御察しの通りここはアムストルの代表の家。私の友人はここにすんでいます」
イブキさんと自己紹介をしあった後に、セラーノさんが門の所にいた山羊のライカンスの使用人に話しかける。その使用人はセラーノさんに気がつくと喜んだ様子で二言三言話し、少々お待ちをと笑顔で中に入っていった。しばらくして中から戻ってくる。
「お待たせ致しました。中で主人がお待ちしております」
そういってドアを開けてくれた。
「ああ、ありがとうございます。これは心ばかりのお礼です」
セラーノさんがそういって使用人の手を握る。離した後、使用人の手には銀貨が握られていた。
「そんな!私は自分の仕事をしたまでです、セラーノ様!チップなんてとんでもないです!」
使用人が慌ててセラーノさんに銀貨を返そうとするが、セラーノさんは笑って首を振った。
「それは預かっておいてください。この後友人と話しこむつもりなのでまたよろしくお願いしますね?」
そう言われて使用人は何度もこくこくと頷くのであった。
使用人さんに広い客間に通された後、しばしお待ちをとお茶を出される。記憶の中のツムジさんの家と比べても遜色ないように見える調度品が見栄えのいいように飾られていた。イブキさんが出されたお茶の匂いを嗅ぐ。
「いい匂いです。そして色も濃い。嗅いだ感じ香料つけされていないのにバラのような芳醇な香りがします。ミルクにもよく合いそうですね」
イブキさんの分析だ。その言葉にセラーノさんが食いつく。
「お分かりになりますか、イブキさんにもこのお茶の良さが!もしかして食に造詣が深かったりしますか?」
「ええ、食を取り扱っている商人ですから」
「食の商人!いや、私も見ての通り食にうるさいものでしてね……」
何やらお茶から始まり、食についていきいきと語っているイブキさんを見るとセラーノさんといい雰囲気に見える。これは、もしかしたらもしかするのかな?と考えていたその時、食堂に小柄な、赤い髪をした見た目うら若いエルフの女性が現れた。
「お客人、お待たせしました。私がアムストルの代表、グミと申します。久しぶりですねセラーノ」
セラーノさんの友達はアムストルの代表だった。セラーノさんや、この屋敷の使用人もライカンスだったので、てっきりライカンスだと思っていたばかりに驚く。
「ええ、大勢で急に押しかけてすみませんねグミ。今朝到着したんですがちょっと町の中で変な子に絡まれていたところを、こちらの知人に助けられたので……そのままその足で来てしまいました」
「それは、ごめんなさいね。アムストルの町の諍いごとは私の不徳の為すことです。自警団にもちゃんといっておきますね」
心底申し訳なさそうにグミさんはそういった。いや、あれは防げるものでもなかったような気がするが……セラーノさんも首を振る。
「冒険者同士のちょっとした事故のようなものです。グミも、自警団の人もよくしてくれていると思いますよ?いつ来てもこの町はのどかで、平和そのものなのですから」
その言葉にグミさんは笑顔になる。
「そういってもらえるとありがたいですね。ところでどんな感じの相手だったのですか?」
それは、と僕達がセラーノさんに絡んでいたエルフの女剣士の特徴を説明してみせると笑顔に戻ったはずのグミさんの顔色がさっと青ざめた。使用人もグミさんには見えないように後ろで頭を抱えている。
「ごめんなさいセラーノ、やはり私の責任のようです。今この町には私の古くからの知人がノーラの国から遊びに来ているのです。その子はその、いささか問題児でして。大柄なライカンスをみては魔物だと思い込んで戦いを仕掛け、返り討ちにあっては「くっ殺せ」と謎の言葉を言い残しているようなのです。言い聞かせても正義のためとまるで聞いていなく……近々送り返そうとしていた所なのですが、そうですか。またですか」
グミさんがわなわなと震えている。身内の方でしたか。それは、なんというかお疲れ様です……僕は思わずイブキさんの方をちらりとみてからグミさんに頭を下げる。なんとも言えない空気が場を制した。
沈黙を破ったのは被害者のセラーノさんだった。
「ま、まあまあ、若さゆえの過ちでしょう!目くじら立てずに大人として余裕を持ちましょうグミ」
「でもセラーノ、あの子は私と1しか変わらないのですよ?一体どうすれば良いのでしょう」
答えたグミさんはやや涙目になりながらそう言う。
「グ、グミと1歳差なんですか。それは……個人差もあるからと思わないとですね」
やんわりとした言葉だが、今度はセラーノさんまで匙を投げてしまった。エルフは精霊ほどではないが長命種だという。グミさんがいくつかは知らないが、こう言うということは思ったよりもいい年齢なのかもしれない。
「言っても効かないなら、きつめの灸をすえるか、それでダメならやはり強制送還させましょうかね……」
グミさんが呟いたその時、マーキングしていた点がこの屋敷に近づいてくるのに気がついた。
「あー、その方なんですけど今ここに向かってるみたいですよ」
その言葉にセラーノさんはビクリとなる。グミさんは良い機会です、捕まえましょうと使用人に指示を出したのだった。