ぎこちない朝
「おはようございますキルヴィ様!今日もご機嫌いかがですか?あ、裾が折れてます!直しますねー」
「キルヴィ様、お湯をきっちり絞ったタオルです!これでお顔を拭いてください!」
「キルヴィ様!厨房をお借りしてちょっとした甘味を作ってきました!お口に合うといいのですが……」
何だろう、朝起きたらスズちゃんがとても甲斐甲斐しく僕の身の回りのことをしてくるようになった。何でもないことでもグイグイと寄ってくる。
「あ、キ、キルヴィ。おはようなのです……」
それとラタン姉が少しよそよそしくなった。時折チラチラとこちらを見るものの、僕の目を見ようとはしない。近寄るとそそくさと離れていってしまう。
……いったい何が原因なんだろうか。昨日寝る前まではいつも通りの2人だったはずだ。昨晩何かあったのか?クロムに意見を求めようとするも、複雑そうな顔をして首を振られた。その時、昔と変わらず早起きして散歩でもしてきたのか外からイブキさんがやってきて後ろから僕とクロムに腕を回す。
「おっはよー!おっ、今日も決まってるねクロム!キルヴィ君もかっこいいのと可愛いの中間でイイネ!」
あ、原因はこの人だ。間違いない。朝っぱらからテンションの高いイブキさんに詰め寄る。
「何したんですかイブキさん。何してくれたんですかイブキさん!」
「えっええ?何のことかわからないんだけどどうしたのかしら」
まあまあ落ち着いてと手でこちらの勢いを抑えようとしている。落ち着けるわけがない。いくらイブキさんといえど仲間がここまで変わってしまうなんて尋常じゃない。昨日の夜について尋ねる。
「昨日の夜?……ああ。女子会で話が盛り上がっちゃってー、そのテンションが引きずられている感じかも知れないわね」
……女子会?なにやら聞き慣れない言葉だったが原因はそれだろう。なにを話していたのかを尋ねるが、ヒ・ミ・ツ、とのらりくらりはぐらかされてしまう。そうこうしているとスズちゃんがまた近づいてきて、僕の手を引く。
「ねえねえキルヴィ様、イブキさんばかりと話してないで私ともお話ししましょう?」
嫌うわけではないが、少なくとも昨日までは自分の事を押し出さず大人しくしていたので今のスズちゃんに戸惑ってしまう。
「ス、スズちゃん……いったい女子会とやらで何があったのさ。今日はやけに僕と話したがるけど」
そういうとキョトンとした顔になり、続いて涙目になる。ええ!?僕泣かせるような事を言っただろうか!?
「……もしかして、ご迷惑でしたかね?ごめんなさいキルヴィ様。黙りますね……」
凄くションボリした感じになる。後ろから殺気。クロムがなんとなく怒っているのが読み取れた。慌てて言い繕う。
「い、いやいや!迷惑とかじゃないから!ただ気になってね」
気になっての所でションボリした顔から一転、パアッと顔が笑顔になる。クロムからの殺気は一度消える。
「気にかけて下さってありがとうございますキルヴィ様!できれば、もっともっと見てくれると嬉しいです」
気がつけばまた殺気がクロムから発せられている。ラタン姉はオロオロとしながらも相変わらず近くには来ない。
なんだなんだ?僕の仲間達はいったいどれくらい取り扱いが難しくなってしまったんだ!?
そんな僕達の様子を見て小声でやっば……と言いながらイブキさんがぽりぽりと頭をかいているのが見えた。あの、変な事をするの本当に勘弁してもらいたいんですが。そこにエプロンをしたニニさんがやってくる。
「朝はようから元気やねー、でも他のお客様もいるからもう少し静かにねー?」
両手を腰に当ててゆるい話し方で叱られてしまった。慌てて僕達は頭を下げると、仕方がないなぁと言った感じに、ニニさんは小さくため息をついた。
「今度から気をつけてねー?あ、ご飯できてるから呼びにきたんだった。食堂で待っとるよー」
そう言ってニニさんはパタパタと他の部屋の方向まで走っていくのを僕達は歩き始めるでもなく黙って見届ける。
「……ひとまず食べに行きましょうか」
ポツリとラタン姉がそう言った。そこは相変わらずなのか。
食堂に着くとトトさんが1人で切り盛りしていた。僕達の姿を認めると、空いている席を指差す。指されたのは円卓だった。僕が何気なく席を選んで着くと、右隣の席にスズちゃんが慌てた様子で着く。そして、左隣に遠慮がちにラタン姉が着いた。避けたいのか近くにいたいのかよくわからないなぁ。
ラタン姉が僕を見て何かを言おうとした時、スズちゃんがラタン姉に話しかける。
「さっき厨房を貸してもらった時に見てきたんだけど、料理作ってるのトトさんなんだ!凄く美味しそうだったから期待していいと思うよラタンさん!」
「あ、そうなのですか?確かにいい匂いがここまでしてるのです……待ち遠しいのです」
そのまま僕を挟んで色々と会話が始まる。内容自体はいつもしているような内容だったがなんだか雰囲気が違う。こう、どっちかが僕に話しかけようとすると先にその人に話を振るような感じだ。トトさんが僕達の料理が運ばれてくるまでずっとそんな風に会話が続いていた。
「お待たせー。なんかお兄ちゃん疲れてるねー?せっかく両手に花なんだから楽しみなよー?」
トトさんにそんな風に言われるが、僕にとって2人は既に家族だ。両手に花と言われてもピンと来なかった。
「あっちゃー、こっちはこっちでって言ったところか。こりゃ本当に私早まっちゃったかも」
イブキさんが小声でボソボソっと言っているのがまたも聞こえる。現状で僕にいったいなんの問題があるというのだろうか?クロムに視線を送ると、今度はスズちゃんに憐れみの目を向けていた。解せぬ。
そんな感じでギクシャクしながら僕達のアムストルの町2日目が始まったのだった。