ダンジョンその後
回想終了、現在の時間軸に戻ります。
竜の峡谷についての話を僕達がほとんど終えた時、丁度ニニさん達の宿に戻ってこれたので話を一度止める。ひとまずは宿の中に入ろうとした時、イブキさんが僕の顔を手でつかんで顔を近づけ目を覗き込んできた。
「ええ!?じゃあキルヴィ君の目って魔眼になったの?」
ふっと少しだけよい香りがしたが、顔を持ち上げられていて少し辛い体勢だ。そして顔が近いからかイブキさんの鼻息がかかる。
「ちょっと苦しいですイブキさん。あと魔眼にはなってないですよ。断りましたから」
「そ、そっかぁ。断ったんだね……キルヴィ君の顔、かわいいなぁ」
イブキさんはそのまま目をマジマジと見ていたが、トロンとまどろんだような目になり、そのまま目を閉じて顔を近づけようとしてきた。
「ちょーっと待ってくださいイブキちゃん?またスイッチ入ってないですか?キルヴィが苦しがっているのです」
「そうですよ、そこはなんで断ったかとか聞くところですよイブキさん?キルヴィ様に危害を加えることはこのスズが許しません」
が、回り込んだラタン姉とスズちゃんに両サイドから止められる。あ、危なかった……完全に油断していた。2人に止められなければこんな道端でキスされて、そのまま押し倒されていたかもしれない。
「……はっ!ご、ごめんね皆、私ったら。そうね、キルヴィ君どうして魔眼にしなかったの?」
少し乱れた身だしなみを整えながら改めてイブキさんにそう尋ねられた。
「うーん、特にその時にしてもらう必要性を感じなかったからかな?できるだけ自分の力でやってみたいし……そう言ったらグラウンさんは笑いながらダンジョンはここに残るし、私も心残りがある。気が変わったならまたいつでも来いと言ってくれたけど」
そう説明したが、イブキさんは納得できていないようだった。
「いつでも来ていいって言ったって……会うためにはまた攻略する必要があるんじゃないの?」
そこは当然の疑問だろう。そこまで行くのにまた全てを攻略する手間がかかるなら、それは非常にめんどくさい。だが一度攻略をした僕達はそんなことをしなくてもいいという事になっている。
「そこは、踏破者の恩恵として入り口まで来たらいつでも最後の間に通じる道を作ってくれるらしいんだ。だから竜の峡谷にさえ行ければいつでも会えるよ」
実際戻る時もグラウンさんは入り口まで直通の通路を作ってくれたのだ。問題なくできるだろう。
「さ、流石はダンジョンマスター。自分の好きなようにダンジョンを作り変えることができるんですね。ちなみに興味本意なのですが、ダンジョンで手に入れた宝はどうしたんですか?もしかして使い切ってしまってたり、なんてことは」
グラウンさんの規格外さを驚きながらも商人の血が騒いだのだろう。価値のあるものの話を聞かされていったいどれほどのものかを見たくなったようだった。
宝物か。最後の間にあるものも全て僕達にくれるという話であったがとても持ちきれない数であった。
いくつかをジャラジャラと持ち歩くのもリスクが高くなるという事で、とりあえずスズちゃんが使う分と旅をするのに困らない路銀分だけ貰ってきた。後はグラウンさんに頼んでダンジョンに預けている。グラウンさんは快く引き受けてくれたし、あそこまで警備レベルの高い隠し場所もないのでよっぽど安心だ。
路銀分の宝はここぞという時にしか売りに出していない。というよりも価値がありすぎてなかなか売れないのだ。だから今回トトさんに買い取ってもらったのは普通に旅してて出てきた魔物や素材だけだ。だから見せるだけのものは持っているので魔晶石がどんなものなのかスズちゃんに見せてもらう。
「これが私の魔晶石です。手に入れてから2年、慣れるために使いこんでるので当初よりも色が褪せましたが……」
そう言って取り出したのは最初に手に入れた魔晶石だ。色褪せたといってもまだまだ真紅であり、言われても気がつかないほど色が濃かった。多少球が傷ついているのは使い込んでいる証だ。
「これが……すごいですね。お父さんなら今のこの状態でも50枚……いや、少なくとも70枚はつけると思いますよ」
イブキさんの査定は今まで見せてきたどの商店よりも高かった。それは身内だからではないかと僕達は思ったが、その考えは見透かされたのか横に首を振られた。正式なソヨカゼ商会の査定価格と見て欲しいらしい。
「しかし凄いですね……知らない間に皆一歩進んで大人になって。眩しいなあ、歩みを止めてしまったお姉さんじゃ手が届きそうもないよ」
イブキさんの言葉の後半はうまく聞こえなかった。だんだんと声量が小さくなっていったのと、そのタイミングで中にいたニニさんが店先で話している僕達に気がついて声をかけてきたからだ。
「みんなー中に入りなよー?そろそろ暗くなってくるからさー?」
「あ、ニニさんごめんねー?今入りまーす!」
ほら入った入ったと僕達の背中を押すイブキさん。その声はいつもの調子であった。
なんていったのかはまた今度聞こう。時間はたっぷりあるのだから。そう思い僕達はニニさんに連れられて泊まる部屋まで案内してもらうのだった。