竜の渓谷
回想です
「うわ……谷の底を流れる川がかろうじて見えるくらいなのです。水飛沫の加減からして相当激しいですね」
谷から少し身を乗り出してラタン姉がそう言う。MAPによると今いるところから着水するまでにおよそ200メートルもかかるらしい。川の流れもラタン姉がいった通り凄い勢いで流れているので、落ちたらまず助からない。
「キルヴィ、今は馬車が通れるだけの道幅はあるけどこの先も大丈夫そう?」
「うん、道幅自体はそんなに警戒しなくていいと思う。ただ常に強風が吹いている場所があるみたいなのと脅威度が高い生体反応が地形を無視して縦横無尽に巡回しているみたい」
そういって巻物を広げてMAPを展開し、皆と情報を共有する。巻物には大きな赤いマークがこの渓谷内をぐるぐると回っているのが見て取れた。そして、一部緑の帯がかかっている地域は、さっき言った強風が吹いている場所だ。
「うーん、この脅威度の高い奴が厄介ですね……キルヴィ様どこまでいきますか?」
スズちゃんが赤いマークを指でなぞりながらそう言う。この動きからして空中を自由に飛び回っているような奴だから正直、あまりぶつかりたくはない相手だ。高所からの攻撃に対してできる手数は限られてくるしね。
「とりあえず、行けるとこまでかな?竜の渓谷と言うんだし、名前の由来となった竜に会えたらそこで終了でも。ダメそうならあらかたMAPに記せたしここで戻るのもいいんだけど」
「ここまできてそれも味気ないですよね。わかりました、少し冒険して見ましょう」
そうして僕達は少し食事休憩を挟み、進行を再開した。先ほどまで暑くてたまらなかったが、渓谷域に入ってからは常に風が吹いているためかかえって寒さを覚えたくらいだった。思わず身震いをすると左右から別々の布を被せられた。
「水のお礼です、キルヴィ様」
「さっきまで汗をかいてたので、ちゃんと身体を拭かないと風邪をひきますよ?ほら、クロムも」
そして、ラタン姉はランタン、スズちゃんはすっかり使い古した杖の先にほのかに暖かく感じる光を灯してくれる。ありがたい、さっさと拭ってしまって着替えよう。服に手をかけると近くからゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえたが、偶然だろう。身体を拭った布をすっと手を出してきたスズちゃんに預け、いそいそと着替える。ふう、さっぱりした。
改めて渓谷を進む。日差しは相変わらず強いし、風も弱いとはいえ常に吹いている。もう少し季節をずらすべきだったかと考え始めた時だった。ふと地形に違和感を感じる。なんだろうか、何かを隠しているかのような気配が近くからしている。
「どうしたのです、キルヴィ?何か見つけましたか?」
「MAPと実際に見た地形とでちょっと差があるのか、なにか違和感を感じるんだ。まるで何かを隠しているみたいな感じに思えて……」
「……キルヴィのMAPで違和感を感じる?ちょっと、巻物に写して見せてください」
ラタン姉に言われた通りに巻物を広げるとスズちゃんとクロムもどれどれと覗き込んでくる。ラタン姉はじっとMAPを見つめ、そして顔を上げたかと思うとそして指である一点を示す。
「そこ、怪しいのです。言われないと気づかない程微弱ですが石から魔法生物のような気配を感じますです。」
「この石?」
指差された所の石を見る。一見すると特に何も感じないが、よく見ると周りの空間が少し歪んでいるように見えた。棍棒を構え、勢いよく叩いてみる。
石は勢いよく割れたかのように見えた。が、実際はいくつかの塊に別れ、小さな人形になったかと思うと先ほどまで隠れていた洞窟の中へと我先に逃げて行ってしまった。同時に、阻害していたものが排除されたためMAPに正確な情報が流れ込んでくる。
「この洞窟……すごい深い。中にも生体反応がちらほらある。もしかしてこれって、ダンジョン?」
僕がそう呟くとラタン姉が反応する。
「ダンジョンですか?竜の渓谷にそんなものがあるなんて聞いた覚えがないですよ」
「でも、これ見てよ」
巻物を指差して皆に見せる。そこには、この洞窟の内部に入り組んだ地形と巡回しているのと同等の脅威度を表す生体反応がいくつもあることを示していた。その様子を見てラタン姉も納得するしかないようだった。
「入り口からして意図的に隠しているような構造だったり、何やらすごいお宝が眠ってる予感がしますねキルヴィ様!」
MAPで大体の構造がわかったからかすでに攻略できたものだと判断し、ウキウキとスズちゃんがそう言う。僕的にはさっきみたいな壁を形成していた魔法生物みたいに、反応を示さない相手がいると思うと少し警戒しないといけないなと感じた。
さて、馬車をどうしようかと思った時だった。例の巡回していた生体反応がこちらに向かってくるのが感じ取られたので周りに戦闘態勢を呼びかける。その反応がある方角を睨みつけていると次第に相手の姿があらわになった。
「ギャオオオオオン!」
「あれは、もしかして飛竜……?なんて大きいんだ!」
鋭い爪と牙、口からは炎が漏れ出ている真っ赤な鱗に全身が覆われた竜が現れた。