防壁のない町と冒険者組合
「キルヴィ、食料と路銀がそろそろ心許ないのです。近くに町はありませんか?」
ルベスト人民共和国の国境沿いの壁を伝っての旅の途中、ラタン姉がそういって中身がなくて萎んでしまっている2つの袋を見せてくる。
おや、もうそんなに使い込んでしまったか。ついこの間補充したばかりに思えたんだけどな……そう思いつつ、MAPで調べてみる。丁度、国境の壁が切れたところに町があった。
「この先に大きな町があるみたい」
僕の言葉にスズちゃんは念のため、と前振りをしながら尋ねてくる。
「それは、ちゃんと生きている町ですよね?」
「人の名前と思われる生体反応も多いし大丈夫、だと思う」
スズちゃんがこう尋ねてくるのにはちゃんと理由がある。以前、疲れてきたからと休憩を取ろうと、生体反応のある集落に立ち寄って見たところ、既に人の姿はなく、打ち捨てられた場所へ案内してしまったことがあったからだ。ちなみに反応していたのは人の骸を食んでいる小型の悪魔の群れだった。こいつらが原因で人々はここを捨てたのか、滅んでしまったのだろう。馬車の旅で疲れていた上、向かってきたそいつらの退治を行う羽目になり、その時はとてもくたびれたものだ。
また別の時には雨宿りのためにと生体反応のない打ち捨てられた町に立ち寄ってみたことがあったが、生体反応では反応しないアンデットの巣窟となっていて、これまた大変な目にあったのだ。
それ以来、このやり取りは僕らの中で必須事項となった。しごく当然の成り行きである。
「じゃあ、そこに寄りましょうか。クロムー、聞いてましたかー?」
「聞こえてますよ。今日はそこで宿を取ることにしましょう。それで良さそうなところならしばらく滞在し、路銀を稼ぐ方向で」
とりあえずの方針は決まった。馬車を走らせ、やがて町の様子が見えてくる。比較的海が近いためか白い壁の綺麗な町並みをしている。そんな町並みを道中から眺めることができるということは……町を守る防壁は、どうやらないようだった。
「なんというか、こんなところにあるのにすごく無防備だね……あれじゃ戦争が起きた時戦火にすぐ飲まれちゃうよ」
スズちゃんがそう呟く。僕もそう思うが、きっとそれなりの理由があって防壁を張っていないのだと思う。例えば、入るための審査がすごく厳しいだとか、兵士さんが強いとか。
だが身構えていた僕のそんな思いを嘲笑うかのように町に入るための審査すらなく、なんというかすんなりと入れてしまった。町の入り口にいた人にようこそーとのんびりとしたような声をかけられた時など思わず首を傾げてしまった。
「いやぁ、緩いですね。人柄も、警備も。ボク気に入りましたです。あ、冒険者組合ってこの辺にないですかー?」
ラタン姉は早くもリラックスしている。挨拶してくれた猫型ライカンスの女性に冒険者組合について尋ね始めた。場所自体は僕のスキルが町に入った時点で既に把握しているが、町の人とのコミュニケーションを取ることでその本質を確かめているのだ。
これは僕達よりも冒険者歴の長いラタン姉の、町で円滑に過ごすための知恵だったりする。
ちなみに冒険者組合とは、僕達みたいに旅をして回る人の身分を保証してくれるための組合だ。以前町に入る時に使ったステータスカードの発行元であったりもする。そこで、討伐した魔物の部位の売買や依頼受注を行うことができるのだ。
「あー、冒険者組合ですか。それならうちの所ですねー。案内しますよー」
挨拶同様すごく間延びした感じでそう答えられる。その声や反応にめんどくさい、とか敵意があるなどは一切感じない。この人の人柄のようだった。力こそ正義みたいなところがあるライカンスにしては珍しい人だ。
案内されたところは外見上宿屋だった。いや、間違ったところを案内されたわけではない。どうやら宿屋と組合を兼業している建物らしい。
「お客様連れてきたよー」
「あいよー」
女性が声をかけると中から男性の、これまた間延びした声が帰ってきた。そしてでてきたのは犬型ライカンスの男性。いや、犬というよりは狼といった方が正しいかもしれない。大型で、屈強そうな肉体、そして強面。
「ようこそおいでくださいましたー。ニニ、このお客様は宿の方?それとも組合の方かな?」
それなのにでてくる声は緩くて優しい声という、ギャップが凄まじかった。ニニと呼ばれた、僕達をここまで連れてきた女性は男性の流れるような仕草で手を取る。
「組合だって、トト。でも宿も必要だと思うよー?」
ニニさんによるとどうやら男性はトトというらしい。僕達を置いてそのまま2人で何かを話し始めた。
「多分この人達夫婦だよ……ほら、あの指輪」
スズちゃんがコソッと僕に耳打ちをしてくる。見ると繋いでいる手にキラリと輝く指輪が。そのことをラタン姉にも伝えたのか、女子2人でキャーキャー言い始める。
「結婚しているだけであんなにはしゃげるなんて……私達男組には、理解ができない世界ですね
」
クロムが隣に来てそう言う。僕は静かに頷いたのだった。