秋の思い出 町の収穫祭
いつもありがとうございます。
秋になり、森の木々が色とりどりの葉をつける。最近はイブキさんナギさん姉妹が頻繁にくるようになったので、もっぱら屋敷にいるよりも町やあちこちへと出かける機会が多くなった。今日もこれからスフェンの町に行くところだ。なんでも、大きな祭りが開かれるらしい。
秋というと昨年の戦争のことを思い出す。ツムジさんの話では戦線はだいぶ前進し、今では以前よりもイベリ王国側に攻め入っている状態になってるとのことだった。どうやらリリーさんは今でも頑張っているようだ。
おっと、そんなことを考えていたら迎えの馬車が来た。どうやら今日はナギさんのようだった。
「どうどう、皆様お待たせしました!スフェンの町行きナギ馬車、ただいま到着した次第であります!」
ナギさんは相変わらずというかいつもと同じようにおちゃらける。まあ、それがナギさんのいいところなのかもしれないが。
「ナギちゃんありがとう。よろしくお願いしますね?」
母さんが代表してそう言う。そして、僕達は馬車に乗り込んでスフェンの町に向かうのであった。
2日後、到着した町の賑わいはすごいものであった。なんでも、近くの村や集落からも人が集まってきているらしい。よほど繁盛しているのか門から近い宿はどこも満員御礼の札がかかっている。ツムジさんの家に泊まるのでなければ、僕達も必死で宿を探さねばならなかっただろう。
門前の広場では何やら一段と着飾った人達が集まっていた。着飾っている人達をよくみると以前戦争の時にお世話になった兵士さんと、本屋のお姉さんの姿も見られた。あれは何をしているのかとナギさんに尋ねてみる。
「ああ、あれは集団で結婚式を挙げているの。毎年収穫祭の時に挙げるんだけど、去年は戦争で挙げられなかったから今年はいつもよりも多くの人達を祝う形になってるんだよ」
どこか羨ましそうな顔をしながらそう答えられた。母さんは懐かしそうに、スズちゃんはナギさんと同じような表情で広場を見ている。広場の人達は皆、幸せそうな顔を浮かべていた。ふとお姉さんと目が合う。お姉さんは兵士さんに耳打ちをし、2人でこちらに手を振ってくれる。僕達も笑顔を浮かべてそれに振り返した。2人が幸せな家庭を築けますように。
ツムジさんの家に辿り着く。出迎えてくれたツムジさんとヒカタさんは目の下に大きな隈を作っていた。一緒に出てきた、これまたすごい顔になっているイブキさんの話によると、どうやらこの収穫祭に向けて色々と手回しをしていたようだ。町1番の商会は忙しいらしい。
「アンジュ様、皆もお久しぶりです。このところ伺うこともできず、さらには見苦しいところをすみません」
「お迎えありがとう、ツムジ。まあまあすごい隈……お疲れ様です。ゆっくり休めるといいのですが」
「なに、嬉しい悲鳴というやつです。それに、あとは最後の勘定をするだけでいいので仕事自体は片付きました」
家の奥の机の上にみえる書類の束は数え切れないほどだった。それら全てを終えているというのだから、ツムジさんの仕事の速さはやはりすごいと思う。それなら私たちのことはお構いなく、と母さんはツムジさん達に休むよう進言する。恥ずかしそうにその言葉を受け入れ、ツムジさん達はパタリと意識を手放すのであった。
ナギさんが家族を抱えてそれぞれの寝室に運び込むのを僕とクロムで手伝う。いったいどれだけ無理をしたんだろうか。春の時が春の時だっただけに、家事を手伝う人がいなければおそらくは飲まず食わずでやっていたんだと思う。
「さて、家族はもてなしをできる状態ではありませんが、私達だけでもこの収穫祭を楽しみましょうか!」
全員を運び終えた後で、ツムジさんの部屋から僕達宛の手紙が添えられた袋を持ってきながらナギさんがそう言う。手紙にはおそらく自分は仕事が終わってないか終わった直後でダウンしているから付き合えないだろうという旨と、この袋のお金は町で滞在している間の費用に当ててくださいという内容が書かれていた。袋を手に取るとずしりと重い。
中身は山のような銀貨だった。金貨6枚分近くあると思う。こんなに多いなら金貨にすればいいんじゃないかな?と思っていると、顔に出ていたのかナギさんがくすりと笑う。
「祭りの最中のお店は、多くのお釣りの計算をしないようにってどこも銀貨以下の単位でしか取り扱いしてないんです。逆に言えば、収穫祭ということで普段金貨で買うようないい品物も、お値打ちになってることが多いんですよ」
なんと、そんな決まりごとがあったとは。しかもお値打ち品とな?これは、行くしかない。早速僕達は市場に繰り出すのであった。
「これは、はぐれないように気をつけないといけませんね……」
町育ちのナギさんが思わずたじろぐほどに、目の前に広がっているのは人で出来た壁、壁、壁。いつかの朝市が可愛く見えるほどの人口密度だ。はいってしまえばあとは人の流れに乗って移動するしかなさそうだった。
「ちょっと、私とスズは遠慮しようかね……」
母さんがスズちゃんの手を握りながらそう言う。うん、怪我をしかねないからここは行かないというのも手だろう。でも、なればこそ行かねばならないサダメがあると僕は思う。顔を上げるとクロムとナギさんと目が合う。目と目で通じ合った。この2人は同士だ。こくりと頷き、僕達は人の壁の中という名の戦場に突貫して行くのであった。
「……いや、声をかければ普通に通してもらえるんですけど」
残念ながらラタン姉の言葉は既に突貫していった僕達には届かなかったのだった。賑やかな祭りの日はあっという間に過ぎ去っていった。
ただ、屋敷に帰る前、ラタン姉とツムジさんが少しもめていたのが気になった。いつものからかいといった感じではなく、割と真剣な様子に見えたが……何かあったのかな?
刻々と迫ってくるタイムリミット…