夏の思い出 初めての海
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「海を見に行きましょう?」
綺麗だった花が散り、あっという間に夏へと移ろう、一段と暑くなった日のこと、食堂で母さんがそう提案する。今年になってから母さんが何かをしようと提案することが多くなった。どれも楽しいからいいけど、何か焦りを感じる。
「海ですか……今は暑いのです……できればあんまり遠くまで行きたくないのです……森のどこかに泉があったと思いますしそこにしませんか?」
いつも元気なはずのラタン姉は夏の暑さにバテていた。母さんの隣でグデッと机に伏せながらそう言う。なんというか、らしくない姿だ。
「そうだねぇ、暑いから遠出はしたくないのはわかるよ……でも」
「海!海いいですね!まだキルヴィも実際に見たことないですし行きましょう!」
母さんが言い淀む。そこでラタン姉はハッとした顔になり、慌てて肯定の意を示す。
海かぁ、話に聞く限りだと広くて塩辛い水溜まりが広がっているって感じに思えたんだけど、実際はどんな感じなのか気になってたんだよなぁ。でも、いったいどれくらい遠くにあるんだろうか。
「遊べるような海に行くなら、スフェンの町から北西に抜けた、いくつかの町を越えてさらにその向こうだからね……もっと近場なら良かったんだけど。ツムジも忙しいのか来てないから馬車もないし……やっぱり泉とかにしようかね?」
母さんがそう言ったその時だった。
「外から話は聞かせてもらいました!」
「私達におまかせください!」
食堂の扉が勢いよく開かれ、イブキさんとナギさんが入って来た。……あれ?MAPが完全に反応してなかったんだけどこの2人どこから現れた!?改めて確認すると今更になって2人を示す点がじんわりと浮かんでくる。なにこれこわい……MAP機能、この2人に対してはいつもあまり効果がない気がする。
「お、おやおや……いつの間に」
唐突に現れた満面の笑みの姉妹に流石の母さんもドン引きである。この場にいたラタン姉も口元がヒクついている。……あ、スズちゃんが声を聞いたのか危険を察知し、部屋に逃げ込んでいくのがMAPで表された。お花見で少しは打ち解けたと思ったけどまだ苦手らしい。
姉妹は居住まいを正すと、ラタン姉と母さんの前の席に一礼してから座った。
「お父さんはなんか魔道書とかを探してるとかで忙しいみたいなのでかわりに御用聞きに来たんです。そしたら、興味深いお話が聞こえたものでつい」
イブキさんがそう答える。つい、で察知ができない動きをされて僕は複雑な気持ちだ。あと、扉を勢いよく開けたと知ったらヒカタさんあたりが礼儀知らずとしてまたオハナシしそうな気がするんだけど。
「夏といえば海!海といえば水遊び!皆様水着はお持ちでしょうか!?」
ナギさんがいつもより元気にそんな感じで尋ねてくる。夏の暑さにも負けない熱を持っていた。
「水着ねぇ、私はだいぶ昔のものしかないから持ってないも同然だねぇ」
「ボクも、身体が成長したから前のは合わなくなっちゃってますね。新調しないとです」
母さんとラタン姉が腕を組みながら答える。
ところで水着?とはなんだろうか。ナギさんが張り切っているということは服飾関係ということはなんとなくわかるんだけど……本人に尋ねてみるか。
「ねぇナギさん、水着ってなに?」
「おや、キルヴィ君は知らないの?じゃあいつも泳ぐ時どうしてるの?」
僕の質問にナギさんは質問で返して来た。泳ぐ時に必要なのかな?
「いつもは裸だけど……じゃあ水着って泳ぐのに使うものなんだね?」
僕がそう答えた時だった。ブッ、と音を立てて鼻血を出しながらイブキさんが後ろに倒れていく。倒れつつ両手の親指をぐっと立てながらサムズアップしてるのはなんだろうか。……その隣で倒れこみはしないものの静かに鼻血を流しながら同じようにナギさんもサムズアップしていた。あ、これ病気だ。
「おお、神よ……私はなんと愚かなことをしたのでしょうか。知らなければキルヴィ君の裸が!無垢な少年の裸が見られたと言うのに!」
ナギさんがそう嘆き、未だ倒れたままのイブキさんはウンウンと頷いている。カオスだ。そんな2人のことをすごく冷めきった目でラタン姉が見ていた。そして母さんが怯えた表情で姉妹から僕をかばうように抱え込む。ラタン姉は立ち上がると姉妹を立ち上がらせる。
「イブキちゃん、ナギちゃん?ちょっとボクと向こうでオハナシしませんか?ボク、2人とあまりオハナシしたことがないから仲良くなりたいんです。ね?」
その顔はヒカタさんの顔を思い出させるものだった。そしてズルズルと2人を連れて食堂から出ていく。
「え?あの……」
「ちょ、ちょっと落ち着きましょ?」
「ボクは落ち着いてるのですよー」
「あれ、ラタンさん力が強い」
「まるでお母さんみたい!?」
「ボクは2人のお母さんじゃないですよー」
バタン、と扉が閉じられる。直後に聞こえる表現しがたい音。ポカンとしていた僕に母さんはあまり人前で裸になるとか言ってはいけないよと釘を刺したのだった。
◇10日後◇
「夏だぁ!」
「海だぁ!」
「「キャッホゥ!!」」
イブキさんとナギさん主導のもと、僕達は海を目指し、そして今たどり着いた。風に乗って独特の匂いが鼻を通っていく。そして、いまいる切り立った崖の先、眼前にあるのは先の見えない程遠くまで広がっている水溜まり。なんとMAPの範囲より外にもまだ先に広がっているのだ。これが、海……!思っていたよりもずっとすごい。崖に勢いよくぶつかり飛び散る波しぶきも圧巻だった。
ちなみに今回の旅路でだいぶMAP内の地図が広がった。MAPで表される今回の旅程の途中に見覚えのない線があるが、まああまり気にしないでも大丈夫だろう。
「こっちに降りられそうな場所があるのです」
馬車を木陰に導き手綱を近くの木に括り付けここまで連れてきてくれた馬をねぎらう。ラタン姉がそう言ってみんなを手招きする。どうやら崖の上で遊ぶわけではないようだ。降りた先はどうやら砂地のようだが、ここで遊ぶのだろうか?
「ゴミひとつない真っ白な砂浜だねぇ!」
母さんがその場所を見てそう感嘆の声を漏らす。なるほど、こう言う地形は砂浜というのか。勉強になる。そのまま踏み出そうとしたらナギさんに止められた。
「おっと、慌てなくても砂浜は逃げませんよ?そのままの格好で行ったら服が塩と砂だらけになって、帰り道ザリザリと嫌な感覚を味わうことになっちゃいます」
なるほど、それは嫌だな。
「そこで、水着に着替えるというわけです。使われている素材は乾きやすくて、砂も叩けばすぐ落ちるものですからね。さ、町で選んでもらった水着にあの影で着替えましょう?」
そういうことかと納得し、ナギさんに連れられ影に行こうとしたらラタン姉がブロックした。
「何をするんですかラタンさん!着替えようとしただけですよ」
「わざわざあっちまで行かなくてもいいのです。キルヴィー、ここで着替えていいのですよー」
「なんと大胆な!あなたが神か!」
ころっと意見を変えるナギさん。ここで着替えるのはいいけど姉妹がすごいこっちをみてる。それはもう目が飛び出るんじゃないかってみてくる。なにこれこわい。
そんな時、僕の視界を黒いモヤが覆った。手元は見えるが一寸先は闇で見えない。ラタン姉の声が聞こえる。
「ボクの魔法なのです。さっさと着替えちゃいましょう」
「そんな、ラタンさんご無体な!神は死んだのか……」
「ああ?」
「ハイ、スミマセン」
闇の向こうでそんなやりとりが聞こえる。……うん、さっさと着替えたほうがよさそうだ。服をガバリと脱いで水着を履いた。短パンみたいなやつだった。
闇が晴れると、みんな着替え終えていた。クロムは僕と同じタイプのものだ。というより男物はデザインのタイプがこれかブーメランと呼ばれる際どいものしかないのでほぼ一択だった。
ラタン姉はクロシェ系のビキニの上にラッシュガードと言われるタイプのを着ていたし、母さんはパレオ型だ。スズちゃんはワンピースタイプの一体型のを着ていた。それぞれ似合っている。
姉妹はというとイブキさんはモノキニと呼ばれる露出が比較的少ないもので、ナギさんはマイクロビキニという反対に際どい格好だった。なんで僕がこんなに水着の名称を並べているかって?隣でナギさんが早口で良し悪しを逐一解説をしているからだ。本職ヤバい。
「キルヴィさまー!一緒に砂のお城作りましょー!」
先に走っていったスズちゃんに呼ばれる。適度に濡らしながら砂を固めてお城の形にするのか……ふむ。やるからにはこだわりたいものだ。
20分後、僕とスズちゃんでこの砂浜に立派な城を築くことに成功した。僕が土魔法と水魔法である程度の形を魔法で整えた後にスズちゃんが表面を乾燥させ、固めるために火の魔法を使う。するとどうだろう、熱せられたところは部分的にだが赤色し、ガラス質になるではないか。そのことを知った僕とスズちゃんはテンションが上がり……ガラス製の、本当に人が入れる城、というかサイズ的には砦を立ててしまった。
高さ約3メートル、階段と見張り台がつき、うっすらと緑色をしたガラスで僅かに光を通すそれは、夏の日差しを反射しキラキラと光る。そしてMAPにも地形として反映されている。スズちゃんも僕も大満足だ。思わずハイタッチをする。
姉妹はすごく驚いていたが屋敷組の皆はいつものことか、みたいな顔をしていた。慣れとはこわいものである。
「キルヴィ、泳ぎましょう!」
ラタン姉が海水をパシャパシャとさせながら誘ってくるので、僕も海へと入る。泳ぎか……小さな川くらいしか泳いだことがないからちょっとこわい。
「あ、もしかしてこわいですか?ボク割と泳げるので溺れても助けることできますし、安心してくださいなのです」
察してくれたのかラタン姉はそう言ってくれた。それは助かる。ザバンと勢いよく入水した。うへ、塩辛い。
バチャバチャと音をたてて泳ぐ。足の指先に意識を向けて水魔法を使うと素早く泳げるということもわかった。
ふと砂浜を見る。母さんはスズちゃんと一緒に貝殻を拾っているようだった。クロムは姉妹2人に追いかけられている。すごくのどかな光景だ。去年起きた戦争を振り返りながら、今のような幸せな日々が続くことを望む。