春の思い出 前編
ここから80話までに1年を経過させていくつもりです。よろしくお願いします。
お花見に行きましょう?
春真っ盛りとなったある日、アンジュ母さんがいい事を思いついたと手を合わせてそんな事を言う。お花見とはなんのことだろうか。花なら今、そこら中に咲いているから見放題だと思うんだけどなぁ。
「お花見ですか、いい考えなのです!お花見といえば、いい場所があるのです」
ラタン姉がすごく乗り気になる。お花見とは場所が関係するのだろうか?
「おっ、場所があるなら後は任せてくれ。物の用意は俺がするとしよう。アンジュ様、家族連れてきてもいいですかね?」
その時丁度きていたツムジさんが任せてくれと胸を張り、ヒカタさん達を連れてきていいかを母さんに尋ねた。母さんは嬉しそうに頷く。
「もちろん。大勢で行った方が楽しいでしょう?」
「じゃ、日程を決めましょう!あんまり先に伸ばすと見頃は終わってしまうのです……ツムジ、いつくらいにできそうですか?」
ラタン姉が仕切り始める。その顔はいつになく真剣だ。楽しいことには全力で取り組むラタン姉らしい。ツムジさんは指を折りながら左斜め上を見て考え始める。
「1週間だ。1週間あれば必要なものの準備、会長としてしなきゃいけないこと、道中の危機管理をこなして戻ってこれる。キルヴィ君が一緒なら道中の安全確認があらかじめできるのでさらに1日は短縮できる。しかし、あまり大勢を連れて移動するとかえって時間がかかる。連れてくとしても、あともう一人だ。おっと、キルヴィ君は一緒に行ってもいいよって言ってくれるかい?」
皆の視線がこちらに集まる。なんだろう、お花見?っていう楽しい事をやろうと計画してたはずなのに、戦争やってた頃よりもすごい真剣味があるように感じてしまう。
「では僕も行きます。できるのはそれこそ道の状況確認だけで、向こうで手伝いとかはできないとは思いますけど」
「決まり、だな。じゃああと1人、ついて行きたいってのはいないか?」
ツムジさんがそう言ってぐるりと皆を見る。
「ボクは今回はちょっとパスなのです。アンジュと話したいこともあるし」
「そういうことだから、必然的に私も行けないね」
保護者2人はどうやら話したいことがあるということで今回は見送るらしい。
「スズは……ちょっと」
スズちゃんは目をそらしながらそう言う。うん、イブキさんとナギさんにほぼ単独で会うのが嫌なんだね。その気持ちは少しわかる。
「私は……でも行くと家事が」
クロムは、行くのは構わないらしいがそうなると屋敷での仕事をする人がいないので不安らしい。
「屋敷の事は気にしなくていいよ。あんたや、キルヴィ達が来る前は自分1人でも暮らしてたんだから。むしろ、行けるならついて行きなさいな」
母さんがクロムの背中を物理的にも軽く押しながらそう言う。
「アンジュ様……はい。それではよろしくお願いします。スズ、ちゃんと私がいなくても仕事はやるように」
「お兄ちゃんがいなくてもできるもん!お兄ちゃんこそ、キルヴィさま達の足を引っ張らないようにね」
クロムは「ああ」と短く答えスズちゃんの頭をテシテシ叩く。スズちゃんはきゃーお兄ちゃんがいじめるーと笑いながらラタン姉の後ろに隠れていった。
ツムジさんが頷く。
「それでは、身支度でき次第出発をするよ。男同士、今回の旅程は仲良くやって行こうじゃないか」
発言から30分後、僕達は用意を済ませ屋敷の前に集まっていた。用意されていたツムジさんの馬車に乗り込む。
「すごい力を持った英雄様に言う必要があるのかわかりませんが、気をつけるのですよ」
ラタン姉が茶化しながら言う。旅をする以上、絶対的な安全なんかないのでいつ何が起こるかはわからないものだ。慢心せず、十分に気をつけよう。
「母さん、ラタン姉、スズちゃん。行ってきます」
「それでは行ってまいります」
そう声をかけると皆笑顔で手を振って返してくれた。僕とクロムも返す。
「出発だぁ!はいどぅ!」
ツムジさんの掛け声とともに馬は進み、ガラガラと車輪が音を立て馬車は走り出した。ある程度進んだところでツムジさんが声をかけてくる。
「しかし、この面子でだけでの行動、っていうのも珍しいな。そういえばクロム、この間渡したカメラはどうだい?うまく使っているか?」
あの写真を撮った後、ツムジさんはカメラの使い方を僕達に教えてくれた。そして、多分1番使う機会があるんじゃないかとクロムに渡したのだった。
「はい、あれから皆を撮って、景色も撮ってと楽しませてもらっています」
「そいつは結構。今度のお花見も使ってくれるとありがたい」
そこからは時折雑談を挟むものの、道中の様子を逐一伝えていく旅路だった。今回は村を通らず、野営で進むルートを取るとのことで、それではと僕の即席小屋の魔法をお披露目する機会ができた。2人ともポカンと口を開けて出来上がった小屋を見る。
「なんというかズルいなぁ……俺がもう少し若く、家族や仕事がなければキルヴィ君と一緒にこのまま旅に出たいくらいだ」
出来上がった小屋を触りながらツムジさんはそう言ったのであった。
そんなこんなで1日目は終わり、道中特に襲われることもなく、馬をよく走らせたことから2日目の昼を少し過ぎた頃には町に着くことができた。
「皆、お花見だ!」
家のドアを開け、開口一番にそう言ったツムジさんに対し家仕事をしていたヒカタさん達は首をかしげたのだった。そして、続けて入ってくる僕達にイブキさんとナギさんが反応をする。
「あっ、キルヴィ君とクロム!私に会いにきてくれたんだ!」
「何を言っているんですかナギ、私に会いにきたに決まってるでしょう」
「違うよ!」
「違います」
姉妹の言い合いが始まる。うん、違うよ。両方とも違うよ。むしろスズちゃんは避けたいと思ったレベルで違う……いや、僕もクロムもスズちゃんも、別にこの姉妹のことを嫌いってわけではないんだけどなんというか苦手意識がある。
ダンッ!と机を叩く音が聞こえ騒いでいた姉妹が静かになる。
「あなた?いきなりお花見って言われてもわからないわ?説明して下さいな」
「あ、ああ」
音のした方にはのほほんとした表情のヒカタさんがいた。相変わらずこの家族を仕切ることができるのはこの人しかいないと思える出来事だった。ツムジさんが説明を始める。
「皆でお花見!お出かけ!」
「……あの屋敷にいくのも久しぶりです」
珍しく姉妹2人の反応には差があった。ナギさんは思った通りにはしゃいだが、イブキさんは遠い目になる。服の裾をキュッと掴んで、何かを思い出してるかのようだった。
「あらあら、それでは急いで抱えてる仕事をこなさないといけませんね」
ヒカタさんがそう言うと、姉妹は私たちも手伝うと言い、家族で書類を囲んで机に向かい、急ピッチの仕事が始まったのだった。目が真剣すぎて入り込む隙がない。
「……台所を借ります。私が食事を作りますね」
クロムがそう呼びかけるとツムジさんが一瞬だけ顔を上げる。
「ああ、すまないがそうしてくれると助かる」
そしてすぐに作業に戻る。チラリと書かれてる書類をみたが、家族全員手の動きが早いのに字は丁寧だ。ちょっと凄い。
「キルヴィ、ここにいても邪魔になると思う。台所に行こう」
確かに段々と鬼気迫る様子になってきたので、近くにいるだけでも気が散りかねない。それならクロムの手伝いでもしようかな。




