二人きりの一夜と一枚の写真
毎度ありがとうございます。
ストーリーを進めるためにも、日常編をあと数回挟んで80話を区切りとし、次の章に行きたいと考えてます。
小屋を色々と手直しして少し疲れたので仮眠を取っているとラタン姉が追いついてきた。遠慮がちに声をかけてきたので開けてお出迎えをする。
ホッとした顔のラタン姉に僕の秘密の隠れ家にようこそというと、ラタン姉はちょっと困ったような顔になって曖昧な返事をした。むう、ラタン姉が初めてのお客さんだというのに思ったような反応じゃなくてちょっと複雑。ラタン姉なら良い出来だと褒めてくれると思ったんだけどなぁ。
そんなことを思っているとポツポツと雨が降ってくる。とりあえずラタン姉にも小屋に入ってもらうことにした。MAPが示す天気は、この雨は明日の朝までは降り続けるとのことだった。その事をラタン姉に伝える。
「それなら今夜はここで過ごしましょうか。春が近くなってきたとはいえ、まだ夜はすこぶる冷えるのでちょっと危ないのです」
続けてこの土壁、雨はしのげますよね?と尋ねてくる。どうやら雨で崩れたりしないか心配のようだ。安心してよラタン姉、待っている間に壁にも工夫を凝らしたから表面が陶器のように水を弾く性質になっているよ。更には暖も取れるように火をおこす魔法陣が1番奥に設けた暖炉の中に設置されている。
「いよいよもって、キルヴィにできないことがわからなくなりました」
説明してみせるとラタン姉はまた困ったような顔をしながら、僕の頭を撫でつつ笑う。僕なんてできないことだらけの気がするんだけどなぁ。
「キルヴィ、待たせてしまっていたボクが言うのもなんですが、明日の昼前にはなんとしてでも屋敷に戻りますです。書き置きがあると言っても、それでもアンジュは心配してると思いますしクロムやスズちゃんも気が気ではないと思うのです」
ラタン姉が語りかけてくる。その通りだ。明日は早く帰って、心配かけた事を謝らないと。そんな事を考える僕の顔を見て、ラタン姉はまた安心したような顔になる。
「さ、キルヴィ?寝ましょうなのです。火があると言ってもまだ寒いのです。久々に寄り添いあって寝ましょう?あの時のように」
そういってベッドに横になるラタン姉に続けて僕も横になった。……余談だけどこの小屋の中で唯一僕が納得できてないのは実はこのベッドだったりする。土魔法で作られる家具はかたいのだ。これだけは工夫してもどうしようもなく、申し訳程度の枯れ草を敷いてあるが、かたさが伝わってきて思わず身じろぎする。
「……キルヴィ、なんだか寝にくそうですね。ほら、ボクの腕を枕にすると良いのです」
自分もこのかたさを味わっているだろうに口に出さずに腕を伸ばしてくるラタン姉。これが話に聞く天使か。いや、ラタン姉だ。腕に頭を乗せると反対側の腕も伸びてきて抱きしめられる形となる。
「ふふふ、捕まえたのですー」
「わー、捕まっちゃったー」
2人でふざけあう。わー、きゃーとじゃれていたがふとラタン姉の声が真面目な話をするトーンになる。
「……なんだか屋敷を出る前よりもキルヴィが大人になったように感じちゃいましたが、悩んでいたことは解決できましたか?」
「……うん」
「それは良かったのです。もう本当に何も気負うことなく、キルヴィは歳相応に振る舞えるということです。明日の予定は決まっていますが、もっともっと生きていることを楽しみましょうね?そしていつか、昔約束したようにボクと旅をしましょう」
「うん!」
この1年半程の間に、やりたいことは山のようにできた。いまや僕の体を縛るものは何もない。いろんなことを知ろう。いろんなことを楽しもう。時には今回みたいに喧嘩もするだろう。でも、もう乗り越えていける。そんなことを考えながら僕は次第に意識を手放していくのであった。
屋敷に戻るとまず母さんに怒られた。そしてお帰りなさいと強く抱きしめられる。クロムやスズちゃんも泣きながら昨日のことを謝ってくる。3人とも目の下にクマができていた。寝るに寝れなかったのだろう。僕もまずは心配かけたことを謝り、改めてクロムと向きなおる。
お互いに、思ったことはちゃんと意見し、意見し合おう。その上で合わないのであれば喧嘩をしよう。
そうとり決め、仲直りをしたのだった。スズちゃんも自分は?といった感じだったので同じ条件になった。
春が来た。ツムジさんが何やら大型の箱のような珍しいものを持ってやって来る。カメラというものらしい。
なんでも、このレンズに写っているものを白黒ではあるものの、魔法で精巧な絵のように写真という紙に収める機械だという。せっかくだからと屋敷の前に皆を集める。ツムジさんはいまこの時を写真に収めたいとのことだった。
「はいはい、もっと寄って寄って!」
ツムジさんがいつになく活き活きとした声をかけてくる。椅子に腰掛けたアンジュ母さんを中心として、僕達は姿勢をとってみせる。
「撮るぞ撮るぞー!そら、顔が硬いぞ。笑って!」
カシャリ、と独特の音が聞こえる。
後にも先にも、当時の家族と呼べるもの全員で撮ったのは僕の手元にあるこの一枚だけであり、ラタン姉と楽しそうに笑っているアンジュ母さんが写っている貴重なものとなった。
後から、この時もっと皆で写真を撮っていればと何度思ったことか。