道草
いつもありがとうございますです!
「ラタン姉、集落に忘れ物したって言ってたけど……道の途中で引き返さないといけないほど重要なものだったのかな」
キルヴィは先に行っててくださいと言われたのであの日出会った丘に着き、今は1人ラタン姉を待ちつつ休憩しているところだ。とはいえ、日も暮れてきている。今から行っても着くのは夜になるだろう。
MAPでラタン姉を探ってみると既にこちらに戻りつつあることがわかった。それも、昔ここで出会った時のように半透明で表されていることからどうやら透明化をしているようだ。誰かに見つかりたくない、ということかもしれない。無理もないか、話をした母さんは別として、族長やその他の人に見つかったら何をされるかわかったものではない。
待ちながら考えるが、そういえばMAPがレベルアップしてから脅威度というか、強さが視認しやすくなったが、強さ的に自分と同等以上にみえるのは母さんとラタン姉くらいしかみていないな。強さの定義は個人のステータスによるものなのかどうかがまだわからないところだが、何しろデータが少ない。戦場にでも行けば情報が増えるが……当面は参加する予定もないし、機会があればでいいか。
……うーん、まだラタン姉はここに来るまで時間がかかりそうだ。ただ待つのも暇だし魔法の訓練でもしていようか。そう思い、持ってきていた魔法陣のかかれたスクロールと巻物を取り出す。作るだけ作ったけどなんだかんだで試したことがなかったのでちょうどいい機会だろう。
「まずは壁でも設置してみようかな」
土壁を封じた魔法陣に手を触れ、設置することを意識する。庭なら後のことも考えるべきだからできなかったが、ここは幸い外だし誰を機にするでもなくやることができる。
「展開!」
その言葉とともにスクロールから魔法陣が解き放たれ、足元に広がる。僕を中心として円状に土でできた防壁が迫り上がっていき、3つ数える間もなく完全に塞がれた。軽く叩いてみるが、まるで石のようにしっかりとした硬さを持ち、ちゃんと壁として機能しそうなものであった。
「方向性を持たせないで際限なくやってみたけど、こうなるのかぁ。指定や調節次第では魔法陣一個で一方にだけ分厚い壁も作れるのかな。あっこれ出入口……」
10メートル程の直径を持つ球状に展開された土の壁には出入口は存在していなかった。光も通さない完全密室である。とりあえずは生活魔法の火を灯し、明かりを確保する。
手持ちの魔法陣で解決できるなら描いた時にすでに魔力は支払われているため、魔力は使わないで良かったが、良さそうなものがなかった。仕方なく頭の中でMAP機能の障害物生成のインベントリの方を開く。このインベントリは、町にあるような基本的なものなら土魔法で代替え品を生成することができるのだ。もっとも、再現度も低く、べらぼうに消費が高いので効率は悪くあまり使いたいと思うものではないが。
「扉作製の魔法陣とかもあるのかなぁ……あればこれよりは絶対に便利だよね」
そう独り言を漏らしながら扉の生成を選択する。それだけで魔力を吸われる感覚になる。MAPで地図を初めて作った時も思ったが、あんまり好きな感覚ではない。
今度はちゃんと指向性を待たせるために設置する場所を設定する。そうしなければ目の前に扉の戸だけ出てきそうな気がしたからだ。すると、目の前の壁に石でできた無骨な扉が作られた。開けるとちゃんと外とつながっている。よかった、ここにきて開けた先に壁が残っていたらギャグになるところだった。
しかし、出入口が確保されある程度安全が見通せたとなるとこの障害物、というよりもこれは既に雨風もしのげるかまくらのようだった。いや、かまくらは溶けて無くなってしまうがこれは溶けないのだから、もう小屋といっても構わないだろう。この小屋は今の所、世界で僕だけが知っている秘密の隠れ家だった。
秘密の隠れ家……何故だろう、その言葉に僕の心はワクワクが止まらなくなった。心が踊り、もっと工夫したくなる。気がつけばインベントリを再びじっくりとみて回っていた。も、もう少しだけ遊ぶのはいいよね?
◇ラタンの視点◇
ふう、忘れ物を盗りにいってたら遅くなってしまったのです。先に行くようにいっておきましたがちゃんとキルヴィは屋敷まで帰ってくれてますかね?へんに道草をしてないといいのですが。……ボクが目を離したばっかりに屋敷に戻らず何処かに行ってしまってたらどうしましょう?
いやいや、ちゃんと帰ってくれてるはずです。キルヴィは良い子なのですから、きっと帰ってくれてるはずです。……もし何かに襲われてたらボクのせいですよね?
いやいやいや、キルヴィよりも強い生き物がこの森にいるとは思えませんのです。大人でも死んでしまうようなあの戦いを生き抜けたのですよ?そう簡単に死ぬわけがありません。……でも、あの子は好奇心が強いのです。好奇心の塊です。なまじ力も知恵もあるから、何か気になることがあったら障害物なんてなんのそのでフラッと何処かに行ってしまうこともあるかも知れません。もう戻ってこないかも?
「い、急がないといけませんです。屋敷に戻ってちゃんと帰っているか確認しないと」
不安がポンポンと湧き上がってきます。ああ、ボクはいったい何をしているんでしょうか!行きに言った通り、帰るまではあの子から目を離してはいけなかったのです!
……それでも、あの族長という存在をあのまま野放しにするのは心が許せなかったのです。もう煮えくりかえってました。あいつが諸悪の根源なのは明らかでした。第3の目を奪うことで奴の誇りはズタズタでしょう。その後のことはメ族に任せるのが1番なのです。あの有様の集落を見るに、他にうらみを買っていないはずはありませんから。
そうこうしているうちにいつかキルヴィと出会った丘が近くなってきました。あたりは既に暗く、もう夜といってもおかしくないです。
「ん、あれ?」
丘に違和感。昼前に通った時にはなかった何か丸いものができているようです。もしかして、キルヴィの仕業?先に戻るように言いましたがここで待ってたんでしょうか。
近くにいくにつれてそれが割と大きなものだと気がつきます。それは、かまくらに似た何かでした。といってもちゃんと透明度のあるガラスでできた窓や、石造りの扉があり、しっかりとした建物です。窓から微かに中の明かりが見えます。
「……キルヴィ?」
とりあえず、外から呼びかけることにしてみます。これを作ってみせたのが別の誰かかもしれないからです。こんな時、キルヴィだったなら中に誰がいるかというのがわかるのでしょう。本当に便利なスキルだと思います。
はたして、呼びかけに応じて石造りの扉は開かれました。そして中からはやっぱりというかキルヴィが出てきました。おそらく中で寝ていたのでしょう、少し服が皺くちゃになり、髪もところどころ跳ねてます。
ひとまずはどこか遠くに行ってないことに安心です。ボクの姿を見てキルヴィも安心したように見えました。
しかし、開かれた小屋の中を見てボクは驚きました。なんと、机やベッドなどがあるのです。いったいボクが来るまでにキルヴィがここで何をしてみせたのか、理解ができませんでした。そんなボクに対して、キルヴィは少し誇らしげに言います。
「僕の秘密の隠れ家にようこそ!」
キルヴィ、その言葉に対してどう反応して良いものか、お姉ちゃんちょっと困っちゃいますです。