とある集落の結末
次投稿予定の話とちょっと時間が前後するかもしれません。
私は偉大なるアードナー、その中でも特に尊大なメ族の族長だ。長く厳しい冬も終わり、もうすぐ春が来る。今年の冬は散々であった。
冬が来る前に出ていったものの親に当たるやつらや、体の弱いものには食料はあまり分配しなかった。役立たずが残ろうとも今後も役にたたぬのだ、当然のことである。それだけでは気が収まらなかったので家の屋根が脆くなるように細工をしておいた。そしたら雪の次の日には崩れ落ちていた。まあ、中にいたなら助かるまいよ。
逆に若い家族には十分に暮らせるほどの食料を渡してやった。今後の村の貴重な労働力なのだ、飼い慣らすためにもこの冬だけはちゃんと乗り越えてもらわねば困る。
狩人たちがいなくなったために食料はそれでも余った。食料の余剰は財力となる。族長たる私の取り分で問題ないはずだ。
この集落ではメ族たる証、第三の目の大きさとその美しさこそが当人の価値を決めるのだ。当然族長たる私の目も透き通ったもので大きいし、妻の目も高貴な紫色であり美しい。そして我が子ジーニアはそんな特徴を受け継ぎ、大きくて美しい、紅い立派な目を持っている。
そんな中目を持たぬあの出来損ないの存在だけが我が家族の恥であったのは、語るまでもないだろう。先ほど外に出た時に妻があれに対しても母性を感じ、旅人に会ったら声をかけてくださいといっていたことは、少し意外だった。あれがいた時は、私と同じように疎んでいるものだと感じていたのだが。
でも、そうか。妻のせいで出来損ないは出来損ないになったのやもしれぬな。でなければ今頃は良い狩の腕を持った、立派な目を持つ私の血族にふさわしい子供がいたに違いない。我が妻ながらなんとも罪深き女よ。これは、仕置きをしなければいけないか?……いやいや、時効だろう。だが、集落の人口を増やすには産めよ増やせよだ。新しく子をなしてもらうとしよう。……罰として他の男に襲わせるのもいいかもしれないな。いや、それならいっそ私が若い奴に手を出すかーー
「ん?」
後ろで何か動いた気がして振り返る。しかし何もないし、誰もいない。なんだ気のせいか。そう思った時、視界が暗い闇に包まれる。慌てて声を上げようとしたが、何かで口を塞がれ声が出せない。そのまま押し倒される。
「いやはや、大きな忘れ物をしたのです」
暗闇の中、頭上から聞きなれない声がする。これが下手人の声か、その声は女でまだ幼さを感じさせる。偉大なる私にこんなことをするとは、許されざることだ。これが解けたら知る限りの屈辱を味あわせてやる。
「しかし、見れば見るほどゲスい顔をしているのです。流石は悪の根源といったところですね。こいつさえいなければあの子は苦しむことはなかったのかもしれません」
チャキリ、となにか金属を構えたような音が聞こえる。何をするつもりだ、まさか私を殺すつもりか?そんなことをすればこの集落にとって大きな損失となるぞ!そんな気持ちを察してか、声の主は小馬鹿にしたような感じで続けた。
「ああ、安心して下さい。あの子のよしみで仕方がないですが、命まではとりませんよ。本当は取りたいですが、あなたごときの命では足りませんし」
冷たい!なんだ?額に何か当たっているぞ?そして何かを顔に被せられる……嫌な予感がする。おい、まさかーー
「なのであなたにとって最も屈辱的な事を味わってもらうことで、ボクは手打ちにしようかと思います」
直後、凄まじい痛みが額を襲う。頭骨に張り付いているものを無理やり剥がされていくような痛みだ。いや、実際剥がされているのだ。私の大事な第三の目が!やめろと絶叫したいが、塞がれているので声が出せない。
「ボクは回復魔法も少なからず使えるのです。……お前にはこんなつまらない事で死んで欲しくないのです」
気絶してしまえれば楽なのだが、どういうわけだか気絶もできない。気が狂いそうになるがそれも許されなかった。そして、一際強い痛みの後に喪失感。
「やっと取れたのです。額の割には余り血は出なかったみたいですね。……回復魔法もよし。それでは、これで忘れ物はなくなりましたので、お暇させていただきます」
痛みが消え、視界が戻る。慌てて起き上がり周りを見渡すがいつも通りの私の部屋だ。耳を立てても遠ざかっていく音すらしない。……もしかして、ただの悪夢を見ていたのか?そう思い額を触り……あるべきものがないことに気がつく。
「わた、私の目が!?誰か、誰かいないか!」
一大事だ、皆に聞こえるように大きな声で叫ぶ。真っ先に駆けつけてきたのは妻だった。目をこするジーニアを連れて何事かといった感じだ。
「おお!お前、私の目が、第三の目がぁ!」
「あなた!いったい何があったのですか!どうして第三の目が無くなっているのですか!」
「賊だ!賊に入り込まれて無理やり奪われてしまった!先ほどの声、思い出したぞ!昼間の旅人に違いない!おのれ、取り返してやる」
遅れてこの集落の構成員がなんだなんだとやってくる。心なしか皆痩せこけているように見えるが、そんなことに気をかけている場合ではない。
「族長様!……ひっ、第三の目がねえ!」
「遅いぞお前達!賊だ!まだ遠くに行っていないだろう!行って、捕らえてこい!」
そう怒鳴り立てる。
その声に、従う者はいなかった。ヒソヒソと、妻を巻き込んで話し込み始める。ええい、グズグズと!早くせねば取り返せるものも取り返せなくなる!
「何をしている!早く探すのだ!族長たる私の命令が聞こえんのか!」
話し合いが終わったのか、皆がこちらを見る。その目は今まで見たことのない目だった。
「……なぁ族長様よ?」
皆を代表するかのように、男が話しかけてくる。確かこいつは妻の弟だったはずだ。つまりは義弟なのだが、いつも私にへこへこしているくせに今日はなんだか強気に思えた。
「今のあんたは俺達メ族の中でどんな立場なのか、わかってるのか?……いや、わかってないわな」
その声には嘲りの感情が含まれている。
「俺達の価値は第三の目だと、そう言っていたのはあんただよな?いや、価値観自体は先祖代々伝わっているからまぁいい。実力がない、まともな政策はしない、その上わがままであり、実の子であろうと集落の要の狩人だろうと容赦なく切り捨てる冷酷さを持っている。今まではそれでも掟だと仕方なく従ってきたが……第三の目がない今のお前の言葉に誰が耳を貸すと思う?」
……?
こいつは、何を言っている?
目がなくとも、私は、族長だぞ?
周りを見渡す。皆、こいつと同じ目をしている。妻もその中にいる。我が子ジーニアだけが興味なさげにしていた。そして、ジーニア以外の面々が私を囲むようににじり寄ってくる。
「この冬にしたってそうだ。お前、年配者や弱っている人のところに食料をちゃんと分配しなかった挙句、住んでる家に何か細工を仕掛けて回っただろ。人々は若い衆や俺達が匿ったが、大切な家が崩れ悲しんでいたよ。その上、与えられた食料では厳しかった。年配者の何人かはあとは託すと言って、飢えて死んだよ。姉さんが隙をみて時折食糧を持って回っていたんだぞ」
そんなことは聞いてないぞ、勝手なことをしていたのかと怒鳴ろうとしたが、言える雰囲気ではなかった。寄ってくるのに耐えきれなく後退するが、壁まで追い詰められる。
「やめろ、何をするつもりだ。悪かった!よくわからんが私が悪かった!ほら、謝ったぞ!なぜ許さんのだ!やめ、やめろ!」
「皆!散々痛めつけたあとこいつを追い出せ!永久追放だ!俺達に、族長は必要ない!」
哀れな悲鳴が次第に夜になりつつある森に木霊したのだった。
途中で出てきたのはいったい何姉なのか…
皆様いつもありがとうございます!これでメ族の人々はしばらく登場しません。