僕では敵わない
いつもありがとうございます!本日もよろしくお願いします
さて、あの集落に行くと心に決めたがどう出るべきか。扉の前には依然としてクロムがいるようだった。ドアの前に座り込んでいるようだった。スズちゃんもその近くにいる。
2人はどうしようどうしようと言っていて、まるでさっきまで喧嘩していたことを忘れているようだった。ちゃんと仲直りできているなら良かったが……今は顔を合わせたくない。
となると、扉から離れるまで待つか、別の場所から抜けるかだ。幸いというか、この部屋には大きな窓がある。ここから出るのは容易なことだろう。……流石に無言で姿を消せば母さんやラタン姉に心配かけてしまうだろうから書き置きだけ置いていこう。僕は一筆残すと、音を立てぬように静かに窓を開け外に出る。
「どこに、行くというのですか」
出た先にはラタン姉が腕を組んで待ち構えていた。そのいつものハツラツとした様子を見せない顔を見るに、廊下に出た時と違いすでに事の経緯は知っているようであった。
「ちょっと森に頭を冷やしに行くんだ。戻って来る気はあるから、心配しないで」
「それならば、ついて行くのです。今のあなたを1人にするとそのまま何処かに行ってしまいそうなのです」
「いや、ラタン姉お願い。1人にして欲しい」
「ダメです」
「そこをなんと「ダメです」……はい」
はぁ、こうなっているラタン姉には僕では敵わない。しかたなく同行を許可するしかなかった。ラタン姉はついてくる以上の妨げをする事なく、他に気づかれる事がないよう静かに森まで出た。そこにきてようやく顔の力を緩め腕が僕に伸び、ラタン姉は僕を抱きしめる。少し苦しいが、振りほどく気は起きなかった。
「ふう、もういいですかね……キルヴィ?聡いあなたのことです。クロムが悪気があってあんなことを言ったわけでも、またその後心から謝っていることも理解していると思います」
それは、部屋にこもってベッドに横になった時に頭では理解していた。していたが、それでも確かに落ち込んだ気持ちと、心に遣る瀬無さが残るのだ。
「キルヴィ、そういう時は溜め込むのではダメなのです。今回だったらクロムに向き合って喧嘩をすればいいのです……といっても、キルヴィは生い立ち的にも今の暮らし的にも喧嘩に慣れてないですからね。それはこれから学んでいきましょうね?」
優しく頭を撫でられる。ラタン姉的には、喧嘩は悪いことではないのか。そのまま仲違いをしてしまうのではないか。そんな気持ちを察してラタン姉は続ける。
「ボクやアンジュ、ツムジだって子供の頃から何度も喧嘩してきたんですよ?むしろ今まで一度も喧嘩をしてないキルヴィ達に驚いていたのです。キルヴィはもっと、わがままになっていいのです」
何度も喧嘩をしていても、今みたいに長い付き合いを続けられているという実例がこんなに身近にいたのだ。そうか、喧嘩をしてもいいのか。ちゃんと向き合う事の方が大事なんだ。帰ったらクロムと、スズちゃんとちゃんと向き合おう。向き合って、喧嘩になるならそれを受け入れ、乗り越えよう。
「ところで、森に来ましたけど何処まで行くつもりなのですか?頭を冷やすなら、この辺りでもいいんじゃないのですか?」
いつか見た覚えのある小高い丘の上でラタン姉が顔を覗き込んでそう尋ねてくる。そういえば、頭を冷やすと言ったきり何処まで行くかは伝えていなかった。
「ちょっと里帰りにね」
軽くそう答えるとウンウンと頷くラタン姉。
「へぇ、里帰り……里帰り!?何考えているんですかキルヴィ、追われているかもって言っていたじゃないですか!」
すぐに僕の言った内容を理解したのかこちらを驚いた様子で見返して来た。
「なんか、記憶にあるよりもずっと数が少なくなっているし前の僕ならいざ知らず、僕より強い人がいないみたいだからちょっと気になってね」
「自分より強いかどうかわかるので……ああ、例のスキルの新しい機能でしたっけ?全く、MAP機能とは底知れずのスキルですね」
僕自身もこのスキルがどんなものなのか、未だに理解できずにいた。成長するのは僕の経験量と知識が要因だと知っているが、どうして手に入れることができたのかすらわからない。なにせ手に入れた時のことを思い返すと暗くて先が見えずに不便だと感じたのがきっかけだったからだ。わからぬことばかりで謎が多いが、いずれにせよ頼もしいスキルであるためこれからも頼ることになるだろう。
「それでも、危ないことを黙ってしようとしていたことはダメなのです。えいえい」
そう言いながらグリグリと拳を作り頭に押し付けてくる。伝えるための書き置きを残したのだが、それより先に見つかってしまったことが原因だが、抱きしめられているので逃げ場がない。
「キルヴィはボクが見守ると決めたのです。だから、苦しいことを打ち明けてくれなかったり勝手に何処かに行ってしまうなんてされたらお姉ちゃんは悲しいのです」
うん、うん。やはり僕はラタン姉には敵わないのだ。戦争を終え、甘えてもいいと思ったのに、また僕は無自覚に遠慮をしていたのかも知れなかった。
「ごめんなさい。今度からは打ち明けるよ」
「そうしてくださいね。ところで、集落に行ってどうするのですか?」
「それは、わからない。ただケジメをつけたいなって思っただけだから……」
集落まではまだ少しかかる。その間にどうしたいかを考えたいと思った。