変化と亀裂
いつもありがとうございます
春も近づく冬の朝。いつもと同じように食事をとるため、屋敷の皆と食堂で顔を合わせるが、違和感を覚える。いつもと同じ顔ぶれなのに何かが違う感じがする。
まずは目の前にいる母さん。母さんはいつも通り、身だしなみをしっかり整えてきている。今日の服装も落ち着いた色合いのもので揃えていた。母さん呼びをするようになってから甘えることに抵抗がなくなったので、今の格好はすごく心が安らぐものだった。うん、母さんじゃない。
その隣にいるクロムとスズちゃんは……あれ、いつもだったらくっついているはずなのに今日はお互い少し離れている。そういえば部屋を出る前に少し騒がしかったように思えるが、喧嘩でもしたのだろうか。いつもが仲良いだけに少し心配だから、あとでそれぞれに話を聞いてみよう。とりあえず、保留。
ラタン姉はいつも通り……あれ、いつも通り?
「おや、ラタン。少し背が伸びたんじゃないかい?」
「ほえ?」
母さんがそんな事を言う。当の本人は何のことか全くわかってない感じの気の抜けた返事を返した。
「あっほんとだ、なんかラタンお姉ちゃんちょっと大人っぽくなったー!すごーい!」
続いてスズちゃんもそんな事を言う。背が伸びて、少し大人っぽくなった?本当かラタン姉をよく見てみる。確かに少し目の位置が遠くなった気がする。顔つきも心なしか変わっているように見え、少し落ち着いた印象を受けた。今まで12歳くらいだったのが今は14歳くらい、といったところだろうか。
「た、確かに今朝服を着替えた時にこの辺りが少し窮屈に感じましたが……え、ボクの体成長したんですか?」
すこしぴっちりしていた服の胸のあたりをグイグイと引っ張ってみせるラタン姉に対し、それまで特に何も言わずにラタン姉を眺めていたクロムがとっさに顔をそらした。いったいどうしたというのか。
「これ、はしたないよラタン。でも今までこれといって成長しなかったって言うのにここにきて突発的に成長するなんて、やっぱり精霊は不思議だねぇ」
「初めての体験でしたが、いきなり今までの服が着れなくなるなんてちょっと不便なのです」
確かに僕達と違い、体がゆっくりと成長するわけではなく、いきなり成長してしまったのでは着れる服がなくなってしまうだろう。今回はそこまで差のない成長差だが、これが一気に大人になってしまうようなことも、精霊はあり得ると言うのが本で得た知識だった。
「あとで服を持っておいで。いくつか合わせればツムジが来るまでの間は持たせることができると思うよ」
「お願いしますです、アンジュ……気にしだしたら止まらないのです。あの、できれば胸当ての布だけでも早めに欲しいのです」
すこしモジモジとしながらラタン姉はそういう。僕には何のことかわからないが、母さんはすぐに察したようだった。手触りのいい、細長い布を引っ張り出す。
「ああ、はいはい。ひとまずこれでもつけてきなさいな。もちろん人目につかないところでするんだよ」
「助かりますです」
その布を受け取り、いそいそと廊下に出て行くラタン姉。クロムがそれを目で追い、スズちゃんが不機嫌そうにそんなクロムの足を踏みつける。おおう、きっかけはよくわからないがついに水面下の争いじゃなくなった。
「何するんだ、スズ!人を足蹴にして!」
「ラタンお姉ちゃんをみるお兄ちゃんの目がなんか変だったんだもん!まるでイブキさんみたい!」
「イブキさんって……ひどいじゃないか!」
何だか口論が始まったと同時にイブキさんが乏しめられ始めた。いや、うん……言わんとすることがわかってしまうあたり、イブキさんやナギさんの業は深い。流石はスズちゃんの中でワースト1位を飾っているだけのことはある。
「これこれ、喧嘩かい?2人ともいい加減にしないかい。キルヴィも、止めに入りなさいな」
「うん。クロムも、スズちゃんも落ち着いて」
「兄弟というものをちゃんと知らないキルヴィに何がわかるっていうのさ!」
その言葉は鋭く、無防備であった僕の心に深く突き刺さる。クロムは言ってすぐにしまったという顔になるが、ちょっと、気にしている余裕はなかった。席を立ち、ドアに手をかける。
「母さんごめん、ご飯食べる気にならないから僕部屋に戻るよ」
返事はまたなかった。通路に出ると、ラタン姉が服を正しながら何事かとこちらを見てきた。その前を何も言わずに通り過ぎる。通り過ぎる瞬間見えたその顔は、とても悲しそうな顔だった。
「キルヴィ様すみません!ちょっと頭に血が上ってて」
クロムが追いすがって来る。振り返る気は無いがきっと青い顔をしているのだろう。声こそかけてこないものの、スズちゃんも追いかけてきているようだった。
「いいよ、僕が悪かった。確かに、僕に口を出す権利はなかった」
足を止めずに、そう告げる。言っていて胸が痛くなる。世界の色彩が欠けて見える。早く自分の部屋に辿り着きたい。あと扉1つ分という距離がとても長く感じた。
やっと辿り着き、すぐさま滑り込んで鍵をかける。気が抜けたのかドアに背を預けて崩れ落ちてしまう。そのドアが勢いよくドンドンと叩かれる。聞こえて来るのは謝罪の声。
ちょっとうるさい。これでは落ち着けない。力を振り絞り、ベッドに辿りつくなり毛布を深くかぶる。謝罪は途中から泣いたような声に変わり、ついにはドアを叩く手を止めすすり泣く声のみが聞こえる。
僕はいったい、何が変われたというのか。この一年と少しで変わることができたと思っていたが、得たものは何があったというのか。母さんと、ラタン姉との出会いは必然だったと思えるがあの2人は違う。
「兄弟、か」
少なくとも僕はクロムのこともスズちゃんのことも、兄弟同然だと思ってきていた。でも、それは所詮独りよがりだったのだろう。ダメだ、気分がさらに落ち込む。
兄弟といえば、血の繋がりがある本当の兄は今頃次期族長として甘やかされているだろうな。……そういえば、MAPが示す範囲に集落があったところまで映るようになっていたことに気がつく。ここって案外近い場所だったのだな。そう思い、意識を向けて見た。
「なんだ、これ」
集落にいる人数が、記憶にあるよりもずっと少なくなっている。そして脅威度がわかるようになって気がついたことであったが、そのどれもが自分よりもはるかに格下であると表されていた。……けじめをつけるのに一度、訪れてみるのもいいかもしれないな。