帰路
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ツムジさんが朝市から食料を用意し、いよいよスフェンの町を出る日となった。思えば、たった10日ほどだというのに怒涛の毎日を送る日々だったと思う。
現在は門の前。滞在中の半分はここで過ごしたと言っても過言ではないくらいに見慣れたここは、援軍が来たおかげですっかり元の状態に戻っていた。
「まだ居てもいいんだよ?」
「なんならここで暮らしてもいいんだよ?」
見送りに来てくれたイブキさんとナギさんが僕の手を取りながらそんなことを言ってくる。その申し出はありがたかったけれど、毎朝のことを考えると体がいくつあっても足りないだろう。スズちゃんなんか僕の後ろでものすごい勢いで首を横に振っているし。
すっと2人の後ろから音もなく近づいてくるヒカタさん。それだけでイブキさん達は小さく声をあげ、僕から離れた。ヒカタさんはいつもの笑顔ではなく、笑顔は笑顔でも優しい眼差しで僕を見つめていた。
「2人とも、困らせちゃダメでしょ?アンジュ様の屋敷だって、人がいない状態で長い間開けてたらどうなるかわからないんだから……キルヴィ君。今回はきてくれてありがとうね。貴方がいなかったら今頃この町はどうなっていたか……本当に、ありがとう。またいつでも来ていいからね?ツムジさんについて町に来ることもできるんだから」
感謝の言葉が僕に向けられている。それだけで僕の胸はポカポカと温まるようであった。いつでも来ていいと言ってもらえることも、もともと居場所を持たなかった僕にとってはとても嬉しい言葉であった。ヒカタさんは名残惜しそうに僕と、クロムやスズちゃんをギュッと抱きしめる。
姉妹が「やってること一緒なのにお母さんだけずるい!」とか言っていたが、スズちゃんは全然違うと呟いてショックを受けていた。なんというか2人のは包容力のような何かが足りないのだ。余計な物が溢れている気もするが。
ツムジさんが御者台で僕達が馬車に乗り込むのを待っている。母さんとラタン姉はすでに乗り込んでいた。クロムと協力してスズちゃんを馬車に乗せ、自分達も続く。皆がちゃんと乗り込んだのを確認してツムジさんは門をくぐったのであった。
門番の人を見かけてふと、町に来た時の門番のお兄さんの優しい顔が思い出された。でも、当然のことながら今日の門番はあの人ではなかった。もうあの顔を見ることが叶わないが、多分僕はここを通るたびにあのお兄さんの顔を思い出すこととなるのだろう。
スフェンの町が遠ざかっていく。僕達がいなくてもあの町はいつも通り朝が来て昼になり、夜を迎えていくのだろう。また来年、今度は気軽に遊びに来れたなら、その時はもっとちゃんと見て回りたい。
途中で一泊するために行きに通った村を訪れる。ここは戦火に巻き込まれていなかったようで、クロムもスズちゃんもほっとしていた。泊まる前に皆とクロムの両親の墓参りを行う。行きの時にはわからなかったものの、戦争を経験し、見知った人を失った今なら亡くなった人を思う気持ちが少しは理解できた。
朝になり、村を出る。しばらくすれば見知った森に差し掛かった。それから魔物も何も出ることなく屋敷までたどり着く。久しぶりの我が家はすごく懐かしく、気分が落ち着くのを感じた。自分の部屋に戻り、横になるとすぐに意識が遠のいていった。知らず知らずのうちに疲れを溜め込んでいたのだろう。
こうして僕の、波乱万丈の1回目の遠出は終わったのだった。
◇マドール視点◇
足取り重く、本国にたどり着く。数日経ったことですでに視界は回復している。
兵達には解散を命じ、自分は休むことなくすぐに謁見を申請する。許可はすぐに降りた。
謁見の間に通されると王座に座った13代イベリ国王とその隣には政治を司る大臣、我ら軍を司る総大将、その他大勢の文官が控えていた。片膝を折り、頭を下げて忠義を示す臣下の礼の姿勢をとる。大将軍から声がかかった。
「マドールよ、此度の東伐非常に大儀であった。して、どこまで進むことができた?当初の目的地は抑えれたのか?」
「はっ。お預かりした兵と銃などの兵器により現在の国境から東へ4つ分の主要な町は即座に落とすことは叶いました」
「おお、それは」
「流石はマドール将軍ですな」
「これで一気に有利となるな」
文官が騒ぎ出す。殿中であるのに勝手な行動をしているため大臣がすぐにギロリと睨みを入れ黙らせた。大将軍が口を開く。
「当作戦の目標であった5つ目の町、スフェンは落とせたのか?見た所、傷だらけのようだが、本隊とでも交戦したのか?」
背中を冷たいものが伝う。それでも、報告をしないわけにはいかない。
「結論から言いますと、スフェンを落とすことは叶いませんでした。それどころか預けていただいた兵も兵器もその多くを失ってしまう失態をしてしまいました。面目次第もございません」
「本隊とは?」
「いえ、交戦しておりません。ですが、攻めきれなかったのです、すぐに援軍が送られて来ているでしょう。落とした町を取り返しに進んでいるものかと」
「なんと、それは」
「マドール将軍、どういうことですかな」
「その費用は高くつきますぞ」
またも文官が騒ぎ出す。今度は大将軍の威圧によりすぐに静まり返る。次は大臣が口を開く
「そうか……ともあれご苦労であった。賞罰は追って知らせる故、まずはその体を癒すがよい」
大臣の言葉に深く礼をして、その場を後にしようとした。
「またれよ」
後ろから声がかかる。振り返ると王が立ち上がりこちらに歩いてくるのが見えた。慌てて臣下の礼に戻る。王は俺の肩に手をそっとおくと次の瞬間勢いよく引き倒してきた。何が起きたのかわからなくなる。
「罰は下した。王命においてマドール将軍及びその配下にこれ以上の罰を与えることは許さぬ。町を落としたことへの報償を用意せよ。遺族に対する保証もしっかりと行うように……よいか、大臣、大将軍?」
「「はっ」」
どうやら王は俺の失態を今の引き倒しで許してくれたらしかった。どんな罰をもと覚悟していたためにその情けに思わず涙がでる。ばっと顔をあげてお礼をするために王の顔を見る。
目が、あってしまった。
王の目の中には暗い、ひたすら暗い何かが潜んでいた。まるで飲み込まれてしまうかのような闇が広がっている。その闇が手を伸ばし俺の心を蝕もうとしてくる。伝わってくるのはツギハナイゾという言葉。王は決して俺のことを許してなんかいないと悟った。1分だろうか、それとも1時間だろうか。もしかしたら数時間そうしていたのかというほどの体感時間だった。
「マドール将軍、次こそは頑張ってくれ。期待している」
そういって王は背中を向け王座まで戻っていった。礼をして、俺は逃げるように城から出る。今日は家で身体を休めるとしても、明日からは死に物狂いで強化していかねばならないと頭の中で警鐘が鳴り響いているのであった。