イベリ王国戦 6 それぞれの夜
なんと今回で50話なんですね…皆様いつもありがとうございます!
夜だというのに眠ることができない。
日中は町が大変だからと必死だったから気にならなかったが、僕はまた人を殺してしまったのだ。それも、昨日のように間接的ではなく、僕が放った投石で、何人もを。
最後に見た死体の山と、もう動かないあの門番のお兄さん達の虚ろな目を思い出すだけで吐き気がこみ上げ、すでに胃の中に何も残っていないのに嘔吐する。そんな様子の僕を、ラタン姉は静かに寄り添って背中をさすってくれていた。そして、落ち着いたらよく冷やした果汁水を差し出してくれる。
だけど辛くて飲みたくはなかった。
「キルヴィ、飲むのです。飲んだらまたもどして苦しむかもしれませんが、このままでは死んでしまうのです」
それでもラタン姉は強引に飲ませてきた。口に入ってきたそれは、甘くて冷たかった。その後は容器を受け取り自分で飲む事にする。
「ゆっくり休んでもらいたいところですが、現状戦えるものが少なくてそうも言えないのです。でも、キルヴィは1人じゃありません。ボクにできる事はなんでも言ってくださいね?」
「うん、ありがとう。じゃあ、嫌かもしれないけどいつもみたいに抱きしめていてほしいな……」
「そんなの、お安い御用なのですよ」
ぎゅっと抱きしめてくれる。温かい。生きている人間の温もりのなんと心地よい事だろうか。少し意識が飛びかける。
「……このまま、少し眠りなさい。ずっと気を張り詰め過ぎなのです」
その言葉を耳に、ついに意識は暗転したのだった。
◇
「帰ってきたぜ!」
血と土と汗で汚れた格好になりながら、将軍は上機嫌に陣に戻ってきた。
「帰ってきたぜ、じゃありませんよ将軍!確かに兵達と共に行くのは許可しましたが、あろうことか最前線に立つ人がいますか!危険なことはするなと申したでしょうが!」
「おう、目の前にいるだろ?」
まるで悪びれた様子ではなくニカッと笑ってそう言ってのける将軍。思わず大きなため息が出てしまった。
「悪かったって……でも、大きく前進しただろう?」
そうだ。将軍はあの門を突破してみせた。今日中に町を攻略することこそできなかったが、そのことで兵士達の士気も大いに上がった。
「しかし、壺一個ぶんの火薬で簡単に吹き飛ぶとは……閃光の強い奴にしても、まるで警戒してなかった。奴ら、爆弾を知らないのかね?」
「鉄砲と違って、使った後に残らないですからね……戦場を知らぬ者には伝わってなかったのかと」
「なるほどな。なら爆弾を使う部隊編成しますかね」
いいことを考えたというマドール将軍に私は呆れたという風にこう返す。
「お戯れを。そんなことをすれば持ってきた火薬がなくなっちゃいますよ」
「いけると思うんだけどなぁ〜。あ、敵にすごい奴がいたぞ」
何気ない口調で言うが、それは重要なことだと思う。
「……交戦したのですか?」
「もちろんだ。他の邪魔があったとはいえ、仕留めきれなかった。それどころか防戦しかしてないかも知れないな!」
なぜそんな嬉しそうに言うのか理解に苦しむが、そんなすごい相手なら情報が少しでもほしい。どんな相手だったのか尋ねる。
「ガキだ、しかもすげえチビ。あとは……青い髪してたのと投石がすごいってことくらいしか覚えてねえな。そいつがまたおかしいのよ。ガキのいる方向とは違う方向からも石が飛んでくるんだぜ?」
よくわからない説明だった。小さい子供がマドール将軍を防戦一方にさせた?はたしてそんな人間がいるのだろうか。
「なんて言ったかな……そう、キルヴィ!いいか、そのガキだけは見つけても俺に相手させろよ?」
そんな危険なことは許可したくなかった。数であとは押せば倒せるのだ。そのことを進言すると将軍は途端に不機嫌になり、疲れたから寝ると言い残して去っていってしまった。……マドール将軍は時々すごく子供っぽくなるので本当に困ったものだった。
明日こそはあの町を我らがイベリ王国のものにしてみせたいところだ。
◇
キルヴィ達のいる場所から少し離れた、外壁の上。そこに2つの影があった。
「こんなところに呼び出して……どうしたんですか?何か心配事でも……」
「あ、いや……そのな」
1つは本屋のお姉さんのものであった。そして、もう1つは夕方お姉さんが治療してみせた、あの兵士のものだ。お姉さんの質問に対してしどろもどろになっている。
「さ、さっきはありがとよ。おかげで吹き飛んじまってた指も、惚れこの通りもとに戻ったよ」
そういって、お姉さんの目の前で指をひらひらさせてみせる兵士。お姉さんは顔を近づけるとその指をはしっと掴み、しっかりと治っているかを確認した。そして満足そうに頷く。その間中兵士がカッチカチに緊張していたのだが、お姉さんは全く気がつかなかったのであった。
「ちゃんと治っているみたいで良かったです。あの、そのお礼でしたか?」
先ほどのしどろもどろしていた様子とどう繋がるのだろうか、と少し困ったような顔になりながらお姉さんは兵士に尋ねる。
「いやいやいや、それもあるが違う。これは、本当にありがとう。また、武器を握ることができる」
そういってわきわきとまた指を動かす兵士。その様子を静かに見守りながらお姉さんは心配の声をかけた。
「守っていただいている身であれなのですが、あまり無理はしないで下さいね?家族の方も心配されるでしょうし」
「あー、俺は独り身だし、親ももう居ねえんだ……」
お姉さんはその言葉にしまった、と言う顔になる。その顔に気がついて兵士は太い手をお姉さんの目の前でブンブンと交差させて気にすることじゃないとジェスチャーをしてみせる。
「俺みたいなやつなんていくらでもいるさ、気にしないどくれ。で、だ。呼び出したのは、ほ、ほかでもねぇ……」
最後の方が言いよどんでいるのが気になりながらも、お姉さんは続きを促す。兵士はしばらく目を泳がせていたが、覚悟を決めたのかきっ、とお姉さんをまっすぐと見つめる。
「なんちゅーか……俺、回復してもらった時にお前に惚れちまったんだ!俺とつきあってくれんか!?」
「……?えっ」
その言葉をしばらく理解できないでいたが、理解したら今度はお姉さんが固まる番だった。
「いや、今は戦争だ。そんなことをやってる場合じゃないって言うのはわかってるんだ……だが、逆に言えば戦争だからこそこの命いつ失うかもわからんから言いたいことは言っておきたかったんだ。……突然だし、俺みたいな男じゃ迷惑だよな。すまねえ、忘れてくれ」
黙ってしまったお姉さんの様子から、自分の告白が失敗したものと判断した兵士は少し肩を落としながらお姉さんに背を向け、立ち去ろうと歩き出した。
はしっ
後ろから治療された指が掴まれる。
「ま、まだ私は何も言ってないですよ。言い逃げはズルいと思います!……すみません、今まで告白されたことがなくて戸惑っちゃいました」
顔を赤くしたお姉さんがそこにはいた。
「……そりゃ周りの見る目がないな。あんたはこんなに綺麗で、チビが戦場に出ることに心を痛めるほど優しいと言うのに」
振り向いてお姉さんの顔を見ながら言ったのは兵士の本音であった。対してお姉さんは恥ずかしくなったのか目を合わせられずにいる。
「あ、あはは……普段はその、人があまり入らない本屋をやってまして……客寄せのために少し恥ずかしい格好をしたりしていたので仕方がないのかも」
「本屋で恥ずかしい格好を!?」
驚いた顔になった兵士をみて自分の日常がやっぱりおかしいんだろうなと感じながらブンブンと顔をふり、お姉さんは話を戻す。
「そ、それは置いといて!……お受けいたします。ですから!どうか、死なないで下さいね?」
1人置いていかれるのは嫌ですよ、とお姉さんは付け足す。
兵士の歓喜の声が夜の町に響いたのであった。