イベリ王国戦 3 静かな夜
いつもありがとうございます!本日も頑張らせていただきます。
夜。今夜は赤い方が満月だ。青い月はまだ見えない。僕は何かがあったらすぐ分かるように見張りを願い出たのだった。子供であるからとラドンさんはあまり乗り気ではなかったが、夜襲の可能性を示唆すると渋々頷いた。
「もー、あれが失敗したのになんだって引いてくれないんですかねー」
一緒に見張りをしてくれているラタン姉は外壁に頬杖をつきながら敵陣がある方向にそう愚痴る。
「こちとらまだ町に来て2日目ですよ!いいですかキルヴィ、あなたはまだ町の良さを全然理解できてないのです!それを教えてあげようと思った矢先にこれなのです、キルヴィ、もっと怒っていいのですよ!」
いや、そう言われても困るんだけどなぁと思いつつ、適当に相槌を返す。僕的には買い物だけでも十分楽しかったのだが。
「ツムジに事前に教えてもらって、旅行の前の夜に必死にどう回ろうか考えて夜更かししたくらいなのに、この町のグルメを1つも堪能できてないのにこの騒ぎで全部閉店です……うらめしや」
「行き着く先はそこなんだ!?というかあの夜そんなことしてたんだね……」
本気で恨めしいと思っている顔になっている。食い物の恨みは恐ろしいとはこのことか。もっともラタン姉の場合は生きるためというより趣味が堪能できないだけの恨み言であるが。
「前みたいにあの灯を消せれば戦意が喪失するかもよ?」
遠く、敵陣ではここからも確認できる灯があった。盗賊との戦いの時のように火を消せば少なくとも慌てるだろう。
「できればいいんですけどねー、あれはあれで正しく使われていると判定されてて、あの状態では近くに来ないとできないんですよ。あと、誰かが別の夜灯の加護持ってますねー、なおさら下手に弄れないのです」
あの技は色々と制約があるらしい。相手には精霊の加護を持っている人がいるらしいから透明化しても見つかる可能性があり、迂闊に近づけないとのことだ。
「キルヴィは寝ててもいいのですよ?あなたはまだ子供なのです。背が伸びないのですよー?」
「それはやだなぁ、スズちゃんはまた背が伸びてたし……」
そうはいうが、まだ寝る気にはならなかった。というより、あることに気がついてしまい寝るに寝れないのだ。……恐らくはラタン姉は気づいていてそばにいてくれている。
僕は今日、人を殺してしまった。
何がランスボアと同じだ。
同じなものか、あれは人だ。
僕と同じで飲み食いもするし考えも持っていただろう。国に家族だっていたかもしれない。それを、僕は殺したのだ。あの規模だ、1人2人ではないだろう。あの時は興奮していたが、時間が経ち冷静になるとすごい罪悪感が襲ってくる。盗賊の時ラタン姉が危惧していたこととはこれのことだったのかもしれない。深くため息を吐くと、ラタン姉が後ろから抱きしめて来た。
「……やらなければこちらがやられていたのです。少なくとも今日、たくさんの町の人を救っているのですよ?キルヴィは偉いのです」
……やっぱり、お見通しであったか。相変わらずラタン姉は優しい。
その時MAPに数人の敵性反応が近づいてくるのが映った。どうやら門を狙うのではなく、人の少ないであろう側面を目指しているようだった。すぐさま周りに伝える。近くにいた兵士のおじさんがフッと笑いながら手で応えてくれた。
「相手の動きが手に取るようにわかるなんて、相手は災難なこった。坊主はまるで千里眼持ちだな」
去り際、こう言われる。
「千里眼とは遠くを見渡すことができるレア度が高い、目のスキルのことなのですよ。キルヴィの場合あながち間違いではありませんね」
なるほど、そんなスキルがあるのか。確かにMAPに似ているかもしれなかった。案外同じスキルなのかもしれない。
「そういえばキルヴィ、昼間に買ってた魔道具の無限巻物、どうするつもりなのですか?」
ラタン姉が思い出したかのように尋ねてくる。言われて持っているか確認をし、腰に刺さっているのを手に取る。
「これ?これに僕用の地図を作ろうかなって。MAP機能を写すのに無限に紙を引き出せるこれはいいと思ってね」
そう言いながら巻物を広げる。無限の名の通り、引っ張った分だけ広がっていく。
「キルヴィにはスキルがあるんだから不要なんじゃないですか?」
「いや、頭の中に確かにあるけど形に残したいって気持ちが……おかしいかな?」
「んー、お姉ちゃん的にはいいとは思いますが、地図を描く気ですか?今やるのは控えたほうがいいとボクは思います」
「へ?確かに描こうとしてたけど、なんで?」
「いや、描くのはいいんです。この町について描かなければ……昼に売ってしまった後なのが少し痛いですね。買い戻しができればいいのですが」
「だから、なんでさ」
地図を描くことを止めてくるラタン姉、それどころかせっかく売ることができた地図すらも買い戻しを考えていることに少し悲しい気持ちになる。まずいことでもあるのだろうか?
「キルヴィ?あなたの描く地図は新しく、そして情報が多いのです。それこそ長らく住んでいた人が唸るくらいに正確なのです。もしですよ?仮定の話です。相手の手に渡ってしまったとするならば、どうなりますか?」
言われて気づく。地図を取られればこの町の弱い箇所がバレてしまうかもしれない。渡っていないとしても不穏分子だ。
「……ツムジさんに頼んで、回収できないか尋ねてみるよ」
「その必要はないよ、もう済んださ」
服に手を突っ込みながらツムジさんが外壁に登ってくる。
「町の地図を売った相手は武器屋の兄ちゃんが全部覚えてくれていた。戦争と聞いてあいつ、すぐに回収に回ってくれていたんだ。今度あったらお礼をしないとな」
そう言って町の地図を渡してくるツムジさん。……よかった、売った数全てある。ありがとう、武器屋のお兄さん。今度は何か買えるようにします。そこに迎撃に出ていた兵士さんが戻ってくる。
「問題なく対処できたぜ。やっこさんの武器も回収できた。……こんなの役に立つのかねぇ?」
「危ない危ない!暴発したらどうする!」
奪った銃をあちこち振り回しながら、兵士の人は苦笑いする。その様子にツムジさんは大慌てだ。
「しかし、これが銃か。噂で判断していたが実物は初めて見た。いくつかあるなら1つ買い取りたいのだが、どうだろうか?」
ツムジさんは物珍しそうにその銃と呼ばれる棒を眺めながらいうが、兵士さんは困ったようにぽりぽりと首をかいた。
「いやぁ、そればっかりは俺の判断で出来ねえや。ラドンさんに聞いてくれないかね?」
「……ごもっとも。そうするよ」
その兵士さんとツムジさんはラドンさんを探しに壁を降りていく。
こうして特にこれといった動きもなく、開戦初日の夜はふけていったのであった。