緊張感
総合評価ポイント100超えました!ありがとうございます!ここから幼少期における最後の戦闘に場面は移っていきます。人が死んでいくことになるのでご注意ください。
前回の盗賊なんて比較にならないほどの敵意。その全てが鑑定によると人の名前をしていた。その数おおよそ3000。
今まで感じたことのないあまりの圧迫感に言葉が出ない。呼吸の仕方も忘れてしまい、息ができなくなる。
「ーー」
「ーー!」
突然顔色が悪くなり、立ち止まってしまった僕を見てラタン姉とスズちゃんが心配そうにこちらを覗き込んでいる。何かを言っているようなのに、早く何かを叩いているようなうるさい音で聞き取れない。ああ、これはもしかして自分の心臓の音なのだろうか。
うるさい。景色が色彩を欠いてくる。
うるさい。喉がカラカラだ。
このことを早く伝えねばならないのに意識が遠のきかける。すでに立っているのか座っているのかもわからなくなっていた。
ふわりとした感覚。
「――ルヴィ!キルヴィ!」
その感覚の後、色も音も意識も徐々に戻ってくる。僕はどうやら今座り込んでいるようだった。顔を上げるとスズちゃんの泣いた顔があった。そして震えながら抱きついているラタン姉。
「ご、ごめん2人とも。もう立てるから」
「うっく、キルヴィ様ほんとに、大丈夫なの?」
「もう、心配したのですよキルヴィ!突然死にそうな顔になるんですから!お姉ちゃんに心配かけないでください」
「心配してくれてありがとう。……ごめん、でも大変なんだ!」
「ど、どうしたんですか。キルヴィ、少し怖いのです」
「MAPに敵性の反応が出てるんだ。全部人の名前で数はおおよそ3000。西からゆっくりとだけど、ここを目指して進んでる」
その言葉に顔色が変わるラタン姉。
「西から、3000ですか……数こそ一軍ほどと少ないですが、このルベスト人民共和国と戦争しているイベリ王国軍かもしれません」
戦争している相手国の軍。穏やかではない響きを持った言葉だ。ラタン姉はまだ把握しきれてない顔をしたスズちゃんを背負い上げる。
「キルヴィ、走れますか?今は一刻を争います。ツムジの家まで急ぎますよ!」
いつものふざけた調子はなりを潜めひたすら駆ける、駆ける、駆け抜ける。そして到着するなり扉をぶち破る勢いで開けたのであった。
「な、なんだぁ!?カチコミ!?……ってラタン姉達か。ふざけ、てるわけじゃないな。一体どうしたんだ」
扉の先にいたツムジさんは目を白黒させながらこちらを確認する。そして僕達の姿を確認すると少し呆れた顔になった。しかし、様子がただならないと感じ、すぐに事情を尋ねてくる。ラタン姉は肩で息をしながら、背負っていたスズちゃんを先におろし、話す。
「ツムジ。落ち着いてよく聞いてください。キルヴィのMAP機能に、西からこの町に向かう3000もの敵性の人間が観測されました。恐らくはイベリ王国軍の尖兵です。この町は、スフェンは、すぐにでも戦場となります」
この町が戦場となると聞き、ツムジさんの血の気が引いた顔となる。
「な……!?本当なのかキルヴィ君!速度は、距離は、陣形は、どんな名前の奴がいるのかはわかるかい!?」
「ばか!落ち着くのですツムジ!」
僕の肩を掴んで、前後に揺さぶりながら尋ねてきた。苦しい。慌ててラタン姉が引き剥がしにかかる。離されても荒々しく息を吐きながら、こちらをじっと見つめるツムジさんからは必死さが感じ取れた。
「速度はすごく遅いです。距離は最大範囲から少し内側に入ったところだから、6キロ以上。ジンケイ?というのはわかりません。台形の広い方をこちらに向けてる感じ、と言えばいいのですか?名前も多すぎてどれを拾えばいいかわからないです」
落ち着きながら、1つ1つ答えていく。その様子に我に返ったのか、こちらに謝罪をするツムジさん。
「いや、すまない。取り乱した。そうか、6キロか……猶予は1時間はあるだろうか。台形……横陣の派生か?いや、両サイドが騎兵なら先行して形が崩れてるだけか?違うな、そんな統率のない軍なら脅威ではない。であるならば鶴翼、その中心を厚くした形といったところか?……ああ、これは確かに一大事だ。ヒカタ、イブキ、ナギ!アンジュ様とクロム君が近くにいるなら連れてこっちに来なさい!」
ツムジさんの大声によって何事かと家族たちが集まってくる。ツムジさんは先ほどの情報を皆に説明し、共有させる。
「イベリ王国からこの町までいくつか町があるはずだけど……この様子じゃまずいね。落ちてると見ていいだろう。軍は何をしてるんだか」
状況を聞いたアンジュさんはそう呟く。そして首を振る。
「いや、今は目の前のことだね。ツムジ、使える人脈はすべて使い、多くの人にこの侵攻を伝えなさい。物見や伝令の兵に繋がりがあるならなおさらだ」
「わかりました。ヒカタ、イブキとナギと一緒に商会の仲間に当たってくれ。俺はひとまず門番と常駐の軍に連絡をする」
それぞれが頷き、家を後にする。それを見届け、アンジュ様はラタン姉に向き直る。
「ラタン、こんな時はこの後どんなふうに動けばいい?旅をして得た経験と知識を貸しておくれ」
「前回と違って軍ですからね……脅かしなどは効かないでしょう。国から軍が派遣されるまで籠城戦となるかと。この家のだけでも備蓄を確認しましょう」
「わかった。……ラタン、あなたはここでこの子達と一緒にいなさい。この後どうなるかわからないのだから少しでも休憩して」
ついていこうとしたラタン姉をアンジュさんは押しとどめてそう告げる。肩で息をするのは落ち着いたみたいだが、汗をすごくかいている。アンジュさんを見、こちらを見、ラタン姉はふうと空を仰ぎながら息を吐く。
「わかりましたです。それではお願いします」
「任せておくれ、ここはもともと家だったんだ。勝手なら覚えているものさね」
そう言ってアンジュさんは奥に行く。残されたのは子供組とラタン姉だ。……よく見るとクロムが震えている。戦争というワードが良くなかったのだろう。クロムもスズちゃんも戦争でお父さんを亡くしている。そんなクロムの手をそっと握りながらラタン姉は優しい声を出す。
「今回は大人に任せるといいのです。前回みたいに少人数でもないので、子供が無理をする場面ではないのですよ」
「あ……いえ、その。はい」
しどろもどろで言葉が出てこないといった様子だ。ラタン姉が続ける。
「怖いのですよね?ボクも怖いのです。慣れるものでもありません。経験なんかしない方がいいくらいです。いっそ逃げてしまいたいくらいに。……でも、外に逃げるよりもこの町の方がまだ安全なのです。倒す、殺す必要はないのです。追い返せることができればそれでいい、ね?まだ簡単に感じますでしょ?」
どこにいても命の保証などないのだ。ならばまだ町に残った方が戦える、とラタン姉は言う。クロムはあー、とかうー、とか言っていたがしばらくして覚悟を決めたのか、自分も戦うと決意したのであった。