ツムジ家の朝
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目がさめると見慣れぬ天井が迎えた。そうだった、昨日は町に到着してツムジさんの家に泊めてもらったんだったと徐々に覚醒してくる頭で思い出す。隣を見ると静かに寝息を立てているクロムとスズちゃんがいた。起こすのも悪いので静かにベットから降りようとした時だった。急速に近づいてくる存在があり、ドアが勢いよく開かれる。
「キルヴィ君はねってるっかなー!」
「スズちゃんは起きてるかなー!」
「「どっちでも美味しい!」」
そう言って騒がしく入ってきたのはツムジさんの娘であるイブキさんとナギさんだった。その反動でガバリと起きるクロムとスズちゃん。スズちゃんはすぐさま状況を把握し、僕の後ろに隠れる。
が、2人からしたらお得なセットになったように見えたようで、
「これはチャンスだよナギちゃん」
「そうだねイブキちゃん」
「「まとめてお持ち帰りだー!」」
「あら、何をしてるのかしら」
「「そりゃ何ってかわいがり、を……」」
後ろからかけられた声に抱きつこうとした姿勢のまま静止する2人。
「なにやら嫌な予感がするので振り向いてくれないかなナギちゃん」
「お姉ちゃんなんだからイブキちゃんが振り返ってくれないかな」
そうこうしているうちに声の持ち主から頭を鷲掴みにされる2人。
「あらあら、見てくれないのね……お母さん悲しいわ」
そこにいたのはおよそ笑っているとは感じることができないような微笑みを顔に貼り付けたヒカタさんであった。
「あの痛いです、これには訳がありましてお母さん!?」
「言葉と行動が一致してないように思えるんですけどお母さん!?」
2人はその手から離れようともがくが微塵も動くことができず、だんだんミシミシと骨の軋む鈍い音が聞こえてくる。そのまま廊下へと二人を引きずり出しながら、ヒカタさんは謝罪をした。
「ごめんなさいねキルヴィ君。起こしちゃったかしら?」
「い、いえ、僕は起きてましたので」
「僕はってことはクロム君達は寝てたのね、旅で疲れてるのに2人ともごめんなさい」
「いえ、こちらこそ主人よりも遅く起きてしまって……申し訳ございません」
「あらあら、もうここの使用人ではないでしょう?今の貴方達はお客様よ?それに今の主人であるアンジュ様はまだ寝てるので大丈夫ですよ」
そういって時計を指差すヒカタさん。……針が示すは5時前である。
「私はちょっとオハナシがあるからもう行くけれど、ゆっくりしていってくださいね」
パタンとドアが締められる。閉じられたドアの向こうからは2人の呻く声と引きずる音がする。
「油断した、忘れていたよお嬢様達の朝の早さを……」
「そうでした……久々の町に浮かれてスズも忘れてたのです」
起きたばかりだというのにすごい疲れた顔になるクロムとスズちゃん。ここに住んでいた時は早く起きなければあの2人の突撃抱きつきによって起こされていたという。そしてその度にヒカタさんがああやって引き離さなければずっとくっついたままになるというのだから恐ろしい。
「今ので完全に目が覚めたし、朝食の用意がまだならやってくるよ」
そういってクロムは早々に着替え出ていった。
「……キルヴィ様の力であれは察知できないの?」
スズちゃんは残ってそんなことを尋ねてくる。
「うーん、悪意があったり、敵対してたなら急接近を感じ取った時点で無意識でも気がつけるんだけど、あれは好意からだから味方判定だし、難しいかな……」
「そうなのですね……うう、あきらめます」
心の底から残念そうな表情をするスズちゃん。そんなに嫌であるならば、何か考えてあげた方がいいのかもしれない。ひとまずはもう一度寝る気にもならなかったので自分たちも着替えることにする。
コンコンコン
しばらくするとドアがノックされた。
「ボクです、ラタンなのです。みんな起きてますか?」
「どうぞ。起きてるよラタン姉」
返事をすると静かに入ってくるラタン姉。さっきのことを考えるとどうしても比較して苦笑する。最初は驚いたけどラタン様の方が全然いいの、とスズちゃんがぼやいたのを、不思議そうな顔で見るラタン姉なのであった。
「あはは、そんな話を聞くとツムジの小さい時を思い出します。受け継がれてるのですね」
食堂へ向かう途中、朝の顛末を話すとラタン姉はおかしそうにわらう。なんでも、幼い頃のツムジさんは誰よりも早く目覚めてアンジュとラタン姉の部屋まで突撃して抱きついてくるのが日課だったという。血は争えないということか。しかし
「今のツムジさんからは想像できないです」
スズちゃんの言う通りである。納得がいかないような顔の僕たちの頭をポンポンと叩きながら少し遠い目になるラタン姉。
「大人になるって、そういうことなのです」
食堂に着くと、まだ出て行ってから30分も経ってないというのに美味しそうな料理がすでに並んでいた。奥からツムジさんとクロムが出てくる。こちらに気づいて挨拶を交わす。
「おはよう。昨日に引き続き娘が迷惑をかけたみたいで、済まないね」
「おはようございます。いえ、お構いなく」
そう返事をかえすラタン姉の話を聞いた後だからだろうか、スズちゃんがツムジさんからすこし身を引いた。ツムジさんはすこし考え、ラタン姉を睨みつけた。
「なあ、ラタン姉?2人に対して余計なことを教えなかったか?」
それに対して、澄ました顔をしながら顔の前で大げさに手を振るラタン姉。
「いえ、なにも?ただ、ツムジの小さい頃の話を思い出しただけなのです」
「話してるんじゃないか!」
そこからギャーギャーといつものやりとりが始まる。なんのことかわからないクロムは頭にはてなを浮かべているし、スズちゃんは僕にビシッとくっついて遠い目をしたまま動かなくなるし、みんな朝から元気いっぱいすぎるなぁ、町に行くなら今日は晴れるかなぁと僕も現実逃避を始めるのであった。