思い出
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中に入るとそこはきらびやかな内装を施したエントランスであった。立派なツボや綺麗な絵画などが飾ってある。ボケっと見ているとツムジさんが近づいてくる。
「あんまり好きではないんだけれど、商人という肩書きの上だと付き合いでこう言ったものがないと語り合えないからね……それにほとんどが屋敷にあったものを譲ってもらったものだし」
「人目につかないよか、こうして栄えてる家にあったほうがものも喜ぶもんだからね」
そう言いながら懐かしむようにその一つ一つを撫でるアンジュさん。価値のあるものを思うというより、ともに過ごした友のことを思っているかのような顔だった。そしてあるものに触れると手が止まる。そこにあったのは羽根の端がかけた小型の天使像だった。
「あ、それは……」
イブキさんが何かを言いかけたが、ナギさんに止められる。ツムジさんもヒカタさんも、そしてラタン姉も、アンジュさんが手にとったその像を黙ってじっと見つめていた。しんと静けさが部屋に落ち、アンジュさんが我に返る。
「ああ、ごめんねツムジ。これは、返してもらっても良いかい?どこかに無くしてしまったと思っていたんだよ」
「もちろんです。まさか譲っていただいていた物の中に混じっていたんですね」
許可を得て、一層大事そうにその欠けた像を抱きしめるアンジュさん。しんみりとした空気を変えたのはヒカタさんだった。パンパンと手を鳴らす。
「さて、皆さんお疲れでしょう?部屋を用意してますのでお休みくださいな。イブキちゃん、ナギちゃん、お客様を案内しなさい」
「「わかりましたー」」
2人に連れられて部屋に通される。クロムとスズちゃんと一緒に連れてこられた部屋は屋敷の自分に貸してもらっている部屋とよく似た構造だった。
「この部屋に来ると、はじめて連れてこられた時を思い出すよ」
すっかりおねむになってしまったスズちゃんを寝かしつけてクロムが語り始める。
「当時は使用人って言ったって、ピンとこなかったからね。てっきり奴隷のような扱いになると思ってツムジさん達に反抗的な態度をとったりもしたよ。それでも、諦めずに教え込んでくれた。……アンジュ様もそうだけど、ツムジさん家族にも、感謝しても仕切れないんだ」
奴隷。ラタン姉から教えてもらった内容としては、かつての自分の暮らしよりももっと酷い生活を送らざるを得ない人々もいるらしく、金銭でやり取りされ、他者から物のように扱われているのだという。戦争孤児やはぐれた子どもがよく奴隷として人さらいにあうと言うから、そう考えると自分もクロム達もなんと幸運であったことか。
「……ごめん、無駄な話だったかな?明日はラタンさんと一緒に買い物に行くんだったね。おやすみ、キルヴィ」
「無駄じゃないよ。僕も、変わらないから。おやすみクロム」
僕たちはまどろみに身を任せ、意識を手放したのであった。
◇
子ども達を部屋に連れて言った後、アンジュとボクにあてがわれた部屋にツムジとヒカタさんが集まる。ヒカタさんが軽くつまめるものを作って持ってきてくれた。ボクはそれを受け取る。
「ヒカタさん、ありがとうございます。ボク、お腹が空いていたのですよ」
「だからあなたはお腹減らないでしょうが……でも本当にありがとうございます」
僕の発言にすぐさまツッコミを入れてくるアンジュはもはや反射のレベルなのです。……美味しいものを食べたいと思うとお腹が空く感覚になるのは本当なのですが。それは置いておき、先ほどの像の話となる。
「この像はまだボクが屋敷で暮らしていた時に流れの商人から買ったものですよね。確か彫りが見事だからと珍しくアンジュがお母さんにおねだりをしていた記憶があります」
「そんなこと、よく覚えているね……私は手に入れた経緯なんか忘れてたよ。それよりも」
「わかってます、その後生まれたウル君にとっても、お気に入りの像でした。ボクが屋敷に戻った時はいつも抱えていたのを覚えています」
その言葉にアンジュは欠けた部分をいじりだす。元々はちゃんと作られたものであったそれは、何か強い衝撃で割れたように見える。ツムジが言葉を継ぐ。
「たまに町へ遊びに来る時も、ウル君は持ってきてなあ。あれを使って娘達のお人形遊びによく付き合ってくれたよ」
「……ここが欠けたのは坊やが8歳、イブキちゃんが6歳でナギちゃんが5歳の時だね。屋敷に家族連れてツムジが来た時だ。珍しく坊やが大泣きするもんでびっくりして駆けつけたら落ちた像と戸惑っているイブキちゃんが一緒にいてね。ナギちゃんは急に泣き出した坊やに驚いたのか一緒になって泣いてるし、あの時は大変だったよ」
ウル君が8歳ということは病気になる前だ。ボクが知っている限りウル君は9歳で発症し、一年経たずして亡くなっている。ちなみにウル君が生まれて、亡くなるまでの間は頻繁に屋敷に戻っていたが、ことごとくツムジには会えなかった。
「イブキちゃんが貸してって言ったらウル君は快く貸してくれたみたいなんですが、うっかり落としてしまったみたいで……ウル君が亡くなってからもう12年、ですか。あの子達も大きくなるわけです」
ヒカタさんはゆっくりと天を仰ぐ。
「亡くなってからは屋敷から出ることもしなくなってしまったが、そうかい、あの子達が大人になっているように、坊やが生きていればもう立派な大人か……それは、歳もとるわけだ。親として、見届けたかったねぇ」
そう言って、また手元の像をじっと見つめ始めるアンジュ。あるいはそれは、像を通してあの頃のウル君との会話をしているのかもしれなかった。
あの頃。
ボクが屋敷に在中して、ついでに命の灯火の魔法を覚えていたとするならば。少しでも延命することができたのかもしれない。
「有望な子が早くに亡くなるなんて、いたたまれなくなる。……イブキの奴は、ウル君が生きていればどんな大人になっただっただろうかと今でもたまにナギと話しているのを見かける。……あれは、ウル君に対して幼心に初恋を感じていたんじゃないかな」
「あら、女の子は生まれてすぐでも恋に生きるものですよ。初恋とは限りませんわ」
「そういうわけじゃない。……ただ、ウル君と娘が結ばれる可能性もあったのかなぁと感じただけだ」
未だに恋愛のれの字もないというのも親心に複雑なんだよ、とヒカタさんに告げるツムジ。……好きな人ができたと報告されたり、恋人を連れてきたら連れてきたでめんどくさい父親になるんだろうなぁと想像し、苦笑する。そして同じような表情のアンジュとヒカタさんの目と出合う。どうやら考えたことは皆同じらしい。女同士で静かに笑い合うとツムジはキョトンとしていた。
思い出話で夜はふけていったのだった。