馬車に揺られて
「んー!快晴なのです!」
ベルスト暦581年10月初頭。残暑も落ち着いて来て過ごしやすい季節になった。ついでに言うと僕が7歳になり、さらに言うならばメの血族の集落から追放されて一年が経つ。
「キルヴィ、こっちに座るのです」
今、僕達は馬車に揺られている。アンジュさんはいつもよりも少し派手だが動きやすい服を着て、クロムとスズちゃんは使用人らしい地味だがしっかりとした生地の服装を来ている。僕は、まあなんと言うかお坊ちゃん風だとクロムは笑っていた。ツムジさんはいつもの格好をして御者台でこの馬車を操っている。
「むう、来ないならこうするのです。ぎゅー」
声をかけられていたのに対して無反応でいたらラタン姉に抱き寄せられた。今日のラタン姉はすごくテンションが高く、馬車の中でも特に落ち着きがない。ちなみにラタン姉は初めてあった時と同じ格好で、懐かしい。
1年。たった1年の付き合いだと言うのに僕はラタン姉から人の温もり、住む場所、親のように見守ってくれる存在、知識、友人とこんなにも多くのものを与えてもらっている。ぎゅっと抱きしめ返してありがとうと小さく呟く。
「んへへ、なんだかわからないですけどどういたしましてなのですよ……ぐう」
さっきまであんなにはしゃいでいたせいか、笑顔のまま突然眠りだすラタン姉。昨日も夜遅くまで何かしていたらしいので疲れていたのだろうか。しかし抱きつく力はどこかに行ってしまわないようにと言わんばかりに緩まない。お手上げである。助けを求めるように同乗者に顔を向けるが、暖かい笑みで返された。やはり、お手上げである。されるがままにしていよう。
動けないしやることがないのでMAP機能に意識を寄せてみる。移動速度が早いからかガンガン情報が流れ込んで来ている。今走っているのは草原だが、近くの地形は山あり谷ありと起伏に富んだ地形らしい。森では見なかった名前の魔物の情報もちらほらとあるので飽きない。少しすると進行方向に人の名前が多く集まっている場所が現れた。ツムジさんが声をかけてくる。
「クロム、スズ。もうすぐでお前たちの生まれ育った村に着く。今日はそこで泊まる予定だよ」
その言葉にクロムとスズちゃんは馬車から身を乗り出す。しばらくすると肉眼でも見える範囲に来たらしい。途端に嬉しそうにする2人。……生まれ故郷というのはそんなにも嬉しくなるものなのだろうか。僕にとっては少し理解ができなかった。
こうして村に到着すると、2人は寄りたい場所があるといって少しの間自由にしていいかアンジュさんにお願いしていた。アンジュさんはそれを承諾する。途端に馬車から駆けていく。村に着いたのでさすがにラタン姉にも起きてもらう事にしたが、なかなか起きてくれなかった。再度アンジュさんとツムジさんに助けを求める。今度はやれやれといった感じで動いてくれた。
「いいかいキルヴィ、この子はねあることをするとすぐに飛び起きるんだよ」
そう言いながら、ラタン姉が入浴時以外は肌身離さずいつも身につけているランタンに手を伸ばすアンジュさん。その手が触れたか触れてないかのところでラタン姉はガバッと起き上がり、いつになく敵意をむき出しにした顔となりながら僕ごとランタンを抱えて後ろへとあとずさった。ランタンを触ったのがアンジュと知り、安堵した顔になる。しかし、すぐ不機嫌そうな顔にころっと変わった。
「もー、アンジュでしたか……ランタンには触らないでくださいと言ってるでしょうに」
「村に着いたのにあんたがいつまでも起きなくてキルヴィが迷惑してたからね。この通りランタンに触ろうとすると怒るんだよ」
どう、どう、とラタン姉をなだめながら起こし方をレクチャーしてくれるアンジュさんだが、起こすたびにあんな風になると考えたら恐ろしいものである。
「ところでツムジ、花屋はあるかい?……普通の」
「普通のとか変なことを言わんでくださいアンジュ様。キルヴィ君にゃまだ伝わりませんて。それならそこの角の店がそうです」
「そうかい。なら、1束……いや2束買うとしましょうかね」
そう言いながら花屋で適当に見繕ってもらうアンジュ様。……この花屋が普通なのだとして普通じゃない花屋ってなんなのだろうか?ラタン姉に尋ねてみようと顔を上げるとさっと顔をそらされた。回り込んでもそらされるのでツムジさんにターゲットをかえてみた。同じようにそらされた。解せない。
「買って来たよ……何やってるんだいあんたたち」
気がつけば変な感じに体を反らしながら必死に顔を反らしている2人の姿があった。流石に人目についてるのに自分たちの姿が滑稽なのだと気がついたのか、居住まいを直す2人。
「そんなことしてないで、ツムジ案内をしておくれ。あの子達が願い出てまで行きそうな場所なんて、そういうことだろう?」
「……ああ、やっぱり。その花はそのために買われたのですか」
納得がいったとばかりに頷くツムジさん。話が見えない。2人の居場所と何か関係のあることなのだろうか。首をかしげる僕に対してラタン姉はそっか、わからないですよねと呟いた。