回復魔法
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「……おいおい、まだだんまり状態なのかよラタン姉。いい加減教えてくれよ」
無言で先を行くボクに対してしびれを切らせたのか、少し苛立った声でツムジがそう尋ねて来る。まだ部屋にはついていないがここならキルヴィたちに聞かれなくても済むだろうか。……聡いあの子達のことなので不安がある。
「あの場で話せる内容ではないというのはわかってるはずなのですツムジ。詳しくはボクの部屋で話したいのです」
「そうだけどさ……よし、部屋についたな。教えてくれるんだよな?」
さっと部屋の扉を開けて中に入るよう促す。そしてついて来てないことを確認してからふぅ、と一息をつく。
「まず、ツムジ。魔道書を見つけて来てくれてありがとうございます。ここに書かれていた魔法を使えば確かにアンジュの病は治すことができると思います」
その言葉にアンジュもツムジも顔色が明るくなる。が、ボクはこう続けなければならない。
「ただし、同時にリスクもデカすぎることがわかりました。成功するか失敗するかの確率の話ではなく、根本的な代償の話なのです」
「代償……それはいったいなんなんだい?」
不安さが一抹混じった顔になったアンジュがそう尋ねて来る。
「この回復魔法の名前は『命の灯火』というのです。これを使えばどんな傷、病であろうともたちまち回復してしまう素晴らしい魔法なのです。しかも驚いたことに火属性に中級クラスの実力があれば使える」
「おいおいすごい魔法じゃないか。……いやまて、ならなんで」
ツムジが割って入ろうとするがそれを止めながら続ける。知ってしまったボクが続けねばならない。
「……そんな魔法がなぜ民間の医者や治療師に対して失伝しているのか。それは代償に対象者の寿命を使う魔法だからなのです」
寿命を使う魔法。それ自体は魔法の中では珍しいものではなく、強力な魔法であるならばよくある話だ。ゆえに寿命の短い種族では長寿の種族に対して根本的な差がある。だが、これはあくまで使用者の寿命を使う魔法の話だ。魔法の対象者の寿命を使う魔法は聞いた覚えがない。
「それは……いや、しかし割合としてはどれくらい失われるとかわからないのか?」
「この魔道書の作者さんは各種族ごとに人体実験を繰り返していたみたいですね。わかりますよ。でも、割合とかの話じゃないみたいなのです。ある意味回復魔法としては失敗だからこそ、失伝しているのですから」
「もったいぶらずに聞かせておくれよラタン」
「一律2年。それがかけられた後の人族の寿命です。軽い怪我を治した者から、重い病を治した者まで何不自由ない生活を与えた条件下73件で判断された内容です。大怪我を他でしない限りは病にもかかりません。きっかり2年で死んだとされているのです」
「2年……それじゃかけたところであまり意味はないじゃないか!俺は、アンジュ様に少しでも長生きしていただきたいというのに!クソッ」
ダンッと強く足をふみ鳴らし床を睨みつけるツムジ。気持ちはわかる。が、この魔法に意味は間違いなくある。
「痛みは、消えてなくなるんだよねラタン?」
アンジュは静かにそう尋ねた。
「間違いなく消えてなくなります。この魔道書の作者も半身を失うほどの怪我をした自分を対象に使ったらしいのです。半身は蘇生、痛みは怪我をしたことを忘れるくらい感じなかったそうです」
「そうかい。……ちなみに重ねがけはできないんだね?」
「それも試したみたいですが、余計に寿命を縮める結果になった、とのことでした」
「そうかい」
ふうっ、と天を仰ぐアンジュ。その顔が晴れやかに見えたのは間違いではないだろう。ボクはこの後アンジュが何を言うかがわかる。
「迷うことはないさね。その魔法を私にかけておくれよラタン」
一言一句考えていたことと同じ内容でアンジュはそう言う。ツムジは認めたくないようで必死にアンジュの肩を掴んで説得を試みようとしだした。
「アンジュ様!早まらないでください「ツムジ」他に、他に方法があるはずなんです!だから「ツムジ」そう決断を急がずに「ツムジ!」」
アンジュの強い呼びかけにツムジは口をつぐんだ。アンジュはツムジを抱きしめ、諭すように優しく語りかける。
「私は長く生きたよツムジ。子よりも、愛する人よりも、罪深く長く生きてしまった。それなのにあと2年もいただけるなんて素晴らしいことなんだよ?……それにね、ほんとのことを言うとこの痛みという苦しみから早く逃れたいのさ」
「ですがっ……ですがっ!」
「外に出てからも良く支えてくれましたツムジ。あと2年ばかり生きることになりそうですが、それでも助けていただけますか?」
「……命に代えましても」
男泣きをしながらツムジは答える。命はダメよと苦笑しながら、ツムジから離れこちらを向くアンジュ。
「ラタン、ありがとう。優しいあなたの事だから私の気持ちも、ツムジの気持ちもわかって、すごく苦しみ抜いた上での提案だったのでしょう?」
「ボクは、無力なのです。回復魔法を自分で構築できればこんな魔法に頼らなくてもいいのに」
「あら?素敵な魔法よこれは。だって名前が『命の灯火』なのでしょう?あなたから送られる魔法としてこれほどわかりやすいものはないわ……私はあなたに助けられてばかりね」
それにね、と続けるアンジュ。
「あなたは夜灯の精だもの、旅に憧れるに決まっているのにいつ終わるかわからない私の寿命につきあわせようとしてしまったこの間の話、あの後で後悔していたわ。これでちゃんと期限が決めることができて、良かった……」
ああ。
なぜこんなにもアンジュは人のことを気にかけてくれるのだろうか。寿命の事など別にいくらでも付き合うというのに。生きてさえいてくれればボクはそれで満足なのに。
そんな考えをよそにアンジュはいいことを思いついたと手を叩く。
「そうだ。痛みも不自由さも感じなくなるなら、近いうちにみんなで町にいきましょう?私も久しぶりに外の世界を見てみたいのよ。ツムジ、馬車の手配をお願いできるかしら?」
「わかりました。……秋の初めには行けるよう手配します」
「お願いね……さて、ラタン。魔法を」
かけたくない。こんな魔法を知らなければ良かったという思いが浮かんでくる。でも、友の苦しみを早く解放したい気持ちが強くなり、ついにはその魔法が放たれることになった。
「体が軽い……久々だよ、こんなに清々しいのは。ありがとう、2人とも」
晴れやかなアンジュと対照的にボクたちの顔は優れないままであった。