Dear…
すっかり話し込んでいたこともあって、砂時計がしめす残り時間はあと僅かとなっていた。
「どうか、このことがきっかけとなりあなた達のトワが私にならなくても良い世界を描いてください。それが私が今持っている唯一の願いです」
刻一刻と迫る残り時間を悟り、モニカは足掻くこともなくただこちらへと頭を下げてお願いをしてきた。
その姿を見て思う。彼女は精霊だ。死にゆくこの世界において、人間以上の寿命を持つというのは、こちらのスズちゃんが願ったように長く生きていてほしいという親心こそあれど、生き地獄を味合わせることになってしまうのではないか?二人で行い寿命を共に迎えて死ねた方が幸せだったのではないか?
……とてつもなく苦しい葛藤の末、こちらのスズちゃんは僕らなら何とかできる可能性をみて、彼女の寿命を消費しないことを選び、解決策を委ねたのではないだろうか。
「僕は君のことだって救いたい!手を伸ばしてくれ、トワ!共に行こう!」
その事に気がつくのが遅れたものの、諦めたくない僕の言葉と共に伸ばされた手に向かい、反射的に手を伸ばしてくれたモニカ。それを逃すまいとスズちゃんも共に掴もうと僕へと寄り添う。掴めたとて、何の保証にもならないが、触れ合う事で何かしら奇跡が起こると信じて、伸ばされた手と手が重なるのを願った。
ーーだが、無情にも。
先ほどまで確かに触れられた筈の手は光の粒子を纏ってすり抜けてしまう。あるはずの感覚がなく一瞬呆気に取られたような顔を見せたが、すぐにまた諦めているような、悟ったような顔でこちらへと微笑みかけるモニカと裏腹に、一気に血の気が引き脂汗が滲んできたのを自分で感じる。
「スズちゃん、空間支配の上書きで一時的にでもこの部屋を支配はできないかな!?」
頼みの綱となりそうなMAPは今使えない。となれば、経験を糧に探るしかない。僕が感じている、この部屋にある空間支配されているような感覚を信じてスズちゃんに振ってみるが、彼女は首を振る。
「……ごめんなさい、キルヴィ様。この召喚において私達はあくまで招かれたものであって、この部屋が特殊な状態というよりも私達が一時的に元の世界から切り取られてきたから行動制限があるって認識のが正しいみたい」
「くっ、ダメか。部屋ができないのなら、僕の体をほんの少しだけでもいい!顕現させ直してほしい」
難易度が未知数である以上、自分でも無茶苦茶な事を言っている自覚はある。
「個人を構成している空間なんて、それこそ複雑すぎてアミス様しかできないであろう代物です!書を使えばできるかもしれませんが今は対価だって用意できません。こちらの私が命を賭けたとしてもこれだけしかできなかった意味を考えて下さい」
スズちゃんは静かに、だが語気は強くこちらへと返してくる。アミスというのはスズちゃんに空間支配を教えた冥府の書にいるという境界の魔女か。確かに冥府の書を使えば召喚をし直す事はできるのだろう。逆に向こうに戻った後にモニカを呼ぶ手だってある。
だが、呼べたとしても結局こちらへ返してしまうのでは意味がない。それどころか、対価のことを考えるのであればさらに悲惨な未来もあり得てしまう。人数で割れば良いと言ってもその条件すらその場にならねばわかりかねるのだ。
したとて、対価を支払う以上意味がないことをできない。スズちゃんは僕よりも冷静であり、合理的な判断を下した。触れないとわかっても、抱きしめるようにモニカのいるところに構える。お互いに忘れないようにと顔を見つめ合わせる二人につい苛立ちを覚えて歩き回ってしまう。
「ダメだダメだ!僕はいやなんだ!二人ともどうかそんなすぐに諦めないでくれ、どうにかできないか試すから」
自分が感情的に紡いだ言葉が、どうしようもなく空虚で情けなく震えた声に聞こえる。これまでに経験した窮地のように手を尽くしたいのに、今までとは違いこの場面において、MAPも機能しない自分には何もできないというのが直感的にわかってしまったのだ。
いや、少し違う。
僕はこの感覚をこれより前に経験している。怖い夢や幻影としてだが僕は未来を見た事がある。いや、はたしてあれは本当に幻影だったのか?
「私のことはもう良いよ。お父さんとお母さんと話せて、救われたんだ。間違いなく今幸せなんだから」
思考がまとまらない中、モニカに心配そうな声に意識が向く。こちらの僕は彼女を通じて記憶を託すと言った。僕はそれはさっきの話だと思っていたが、こちらのスズちゃんの考え同様に真意が他にあるかもしれない。
「キルヴィ様、モニカちゃんの記憶にいるこちらでのあなたはいつも辛そうな雰囲気だって感じませんでしたか?あなたまでそうしてしまうのですか?」
だめだ。時間切れをひしひしと感じる。スズちゃんの言葉に僕も足を止めてその場へといき、モニカの顔をじっと目に焼き付ける。そしてせめてもと精一杯の笑顔に努める。
「ありがとうモニカ。例えこの世界が記録に残らなくとも、僕は君を記憶するから。忘れないように努めるから」
「何だか変な顔だよ、お父さん。うん、忘れちゃダメだよ。忘れたりなんかしたら、化けて出るから」
少し茶化したような言葉を最後に、視界が真っ黒に覆われる。時間が来たようであった。
……化けて出てくれるなら僕はいくらでも君を忘れよう。
さようなら、モニカ。僕の、娘よ。
次に目を開けたとき、僕達は隣同士ベッドに横たわっていて、自分たちの時代の見慣れた天井を目にした。部屋は、あまりにも静かだった。まるで時の流れさえ、ふたりの帰還をためらっているかのように。
スズちゃんはベッドの端へと座り、両手を見つめていた。あの世界でその手は彼女の顔を何度も触れていたのに。温もりを確かに伝え合っていた——はずだった。けれどその温もりは、今はもうどこにもなかった。
「キルヴィ様、今のは夢じゃ……なかったよね?」
夢ではないのがわかっているのに、スズちゃんは尋ねてきた。僕は答えられなかった。声を出せば、さっきまで起きたすべてが壊れてしまう気がしたからだ。ただ涙が頬を伝っていく。
ああ、夢じゃない。彼女に誓って、僕らは記憶に留めないといけない。




