モニカという少女
「どちらで呼んだ方がいいかな、答えることができるならでいいけれど、すぐにトワだと名乗らなかったのにも理由があるんだろうし」
元々僕達は彼女の話を信じて受け入れながら聞いていたが、「私はあなた達の娘のトワである」と先に名を明かせば間違いなく協力的になる。それなのにモニカと名乗った理由を訪ねる。
ただし多くの古い魔法のように、召喚に際し名や身分を明かしてはいけないのような制約がある場合もある。だから言えなければそれでもいいとしたのだ。
「どちらで呼ばれても大丈夫なのですが、今の私はモニカとして過ごしていますのでそう呼んでいただけると助かります」
彼女は少し逡巡したのちに赤く腫らした目でそう答える。どうやら召喚に関しての制約ではないらしい。
「どうしてか聞いても?」
「私のような精霊だと名前を知られるというのは影響が大きく、支配されることもあるからです。最悪命令されるがままになりかねません。鑑定よけのために偽装スキルでも名前を変えているんです」
本名がトワとバレても大丈夫なように、偽装名に加えてミドルネームも僕達から授かったらしい。名前の全てを知られるほど、支配される可能性が高くなるそうだ。そういえば初めてラタン姉に会った時も名前を軽々しく明かさないよう言われたっけ。
改めて見ると彼女の行動、所作には僕のよく知る妻達の面影が垣間見えた。彼女の容姿を見ると背はスズちゃん並みに高く、髪や目の色こそ紫がかった色をしているが、ラタン姉が大人びた時のような顔立ちをしている。
「じゃあモニカちゃんと呼ばせてもらいますね。うん、やっぱり顔立ちとか振る舞い方がラタン姉やキルヴィ様に良く似てます」
スズちゃんも似たような事を思ったらしい。そう言いながら彼女の涙を拭い、頬へと手を当てる。その手を愛おしそうにモニカは包み込んだ。
「それでスズちゃん、どう思っている?」
「ここの私が私達をわざわざ呼んだのはモニカちゃんと話をさせるだけじゃなく、キルヴィ様がフネイに負けた世界がどうなるかを知らせたかったためかと」
「僕とラタン姉がこの場にいないという事は、もう死んでるか囚われているのだろうか」
スズちゃんにこの世界のスズちゃんの代弁をしてもらう。分岐点、僕達が呼ばれるのはこのタイミングでなければいけなかったのだろう。モニカからここまでの経緯を聞いて僕達のやるべき事を改めなければならない。
「流石の推察です……お父さんやスズさんとあの人がちゃんと会話できていれば、この世界も終わらずに済んだかもしれませんね」
自分に聞かずとも考えを言い合う僕とスズちゃんを見て、少し遠くを見つめながらモニカは気になる内容をこぼした。僕へはお父さん呼びをするのに相変わらずスズちゃんの事をお母さん呼びしないことと、会話ができていなかったとはどういう事かとすぐに話に加わるように促す。
「お父さんはそのまま私の父ですが、スズさんの事をお母さんと呼んでいいものか考えてしまいまして。そう呼んでも、良いのでしょうか?」
「当たり前だよ、モニカちゃん!お腹こそ痛めてないけれど私だってあなたの実の母親だって考え、て?」
お母さんと呼んでいいかに躊躇いを感じているモニカへ違和感。僕達の元にいたトワはちゃんとスズちゃんの事を親だと認識をしていたはずだ。何故今更になってそんな事を確認してくる?
「こちらのスズさんは私にとって母のような存在でした。実の母であるラタンやお父さんの代わりにいつも近くで愛情を注いでくれました」
「そう、そういう事なんだね。ここの私は育ての親ではあったけれど、本当の親ではなかった」
スズちゃんはそう言ってまた一筋の涙をこぼした。思い出されるのはトワが精霊石としてラタン姉から生まれた時。あの時ラタン姉は僕達に内緒でリリーさんへと相談しに行って、悩んだ末に子供ができたのだと僕達に打ち明けてくれた。
だが、こちらのラタン姉は僕達に打ち明けなかったのだとしたら?あの時ラタン姉が言っていた半年間親の誰かが魔力を注げば魂が宿るという話を信じるのであれば、隠し通せなくはない。
「知っての通り、私はラタンからの魔力だけで肉体を得ました。そして、お父さんとスズさんが結婚した後、自分達の娘であると私をお父さんへと託してあの女は行方をくらませたのです」
話を進めようとするモニカだったが2人で待てをかける。一つ掛け違えたボタンがその後に大きくズレを生むように、知っているはずの内容がこうも違ってくるとは。
今の話からすると僕はラタン姉と結婚をしなかった……子供ができたと僕達に打ち明けられなかったラタン姉ならば、寿命だとかの線引きをしてしまったと考えた方が辻褄が合いそうだ。
で、僕にモニカを預けて行方をくらませたと。かつて母さんが結婚した時みたいに新婚の邪魔をしてはいけないと思ったのだろうか。
「ボクが臆病だから2人の愛を信じきれなかった、とあの女は失踪前にスズさんに謝って行きました……その言葉が2人への呪いになるとも知らずに」
この世界の僕とスズちゃんは失踪を発覚した時グリムメンバーの力も借りて必死になってラタン姉の事を探したらしい。そこに冬明けのグリム内乱やフネイとのやりとりが重なってきて家族はヘトヘトだったそうだ。
フネイとの対談直前。なんとか首都にいたラタン姉を見つけて安堵し僕もスズちゃんも気を緩めてしまったらしい。既に名前と魔力糸で支配されていたラタン姉を人質にとられ、降参をして支配されることを受け入れた形になったのだという。
その後はフネイの指示でリリーさんのような国内の敵対派閥を刈り取り、グリムを率いて各国に多方面同時侵攻を起こし、全国統一を目論んだ。休みなく戦へ駆り出す無理な運用で多くのグリムメンバーが死ぬことになったそうだ。
そうしてあと一歩でルベストによる統一がなされようとした時、僕の理性が限界を迎え支配から解き放たれたらしい。高笑いをしながら手当たり次第無差別に破壊を始め、あっという間にフネイが陣取っていたルベストの首都は消し飛んだのだという。
破壊の手は止まる事を知らず、空は常に黒い雲で覆われ全てを氷で包んでしまうかの如く吹雪が吹き荒れる世界へと変えてしまったらしい。
どうにかして止めなければと、生き残った人は立ち上がり、しかし敵わずに死んでいく。スズちゃんと共にモニカも狂った僕を正気に戻そうと立ち向かったらしい。しかし、壊れてしまった心には家族からの言葉は届かず、もはや打つ手なしかと思われた。
「ごめんなさい、あの時のボクにもっと勇気があったなら」
透明化をしていたのか突然現れたラタン姉はそう言って、狂った僕をランタンで殴りつけたのだそうだ。それまでどんな攻撃もそれ以上の力で叩き潰していたにも関わらず僕はそれを避けずに喰らい、割れて出てきた炎で焼け死んだそうだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
その後、うわごとのように僕の亡骸に謝り続けるラタン姉の身体からも炎が噴き出して、その炎が消えた頃にはスズちゃんとモニカの他に静寂しか残らなかったそうだ。
「あの愚かな女のせいで、私は家族もこれから生きる世界も失いました。いくら実母とはいえ、恨まずにはいられません」
ここまでの経緯を話してくれたモニカの言葉に、僕とスズちゃんはすぐには何も言えなかった。




