突然の召喚
家族との一時を得て安らぎの眠りを覚えたのも束の間突如として襲ってきた、頭の中をぐちゃぐちゃにされたかのような不快感と全身をめぐる倦怠感に意識が微睡から浮上する。
まさか攻撃を受けたのか?まだ安全だと思っていた屋敷ですら、MAP起動中の僕に気が付かれることなく接近を許すような危険地帯と化していたのなら……僕は皆を守る事が出来なかったという事を意味している。
そこまで意識がはっきりしたところで、ゾッとする。視界が目で見える範囲しか、それも歪んだ状態でしか映していない。つまりMAPが機能していない。
この感覚は初めてではない。いつの間に支配された空間に囚われてしまったのか。
まだ目のピントが定まっていない中、目の前にあった何かが動きここで初めて人影であることに気がつく。これだけ近くにいるのに何もしてこないのは、僕に対して敵意はないのか?支配空間に引き込んだ存在だと思っていたが、違うのだろうか。
そこで違和感。人影があちこちボロボロと崩れているように見えたのだ。まさか、何もしてこなかったのは既に死んでいるからなのか?そう思った時には人影が一瞬の内に黒ずんで灰となって崩れ落ちる。なんとか気合いでピントを合わせ確認しようと顔を寄せるが、既に顔の半分以上を残して消えてしまっていた。
「あっ……待って!」
見るからに手遅れであるのに、そう言葉を紡いだ時には、既にそこには何もなくなってしまっていた。
僕はこの人のことを知らない筈なのに、最後に消えた目がとても懐かしいような愛おしいようなものに見えたのは、果たして気のせいなのだろうか。
「今の声……キルヴィ様もいるのですか?どこ、どこですか!」
これはスズちゃんの声だ!その声に後ろを振り向くと、まず目に入ったのは大きな砂時計で、その麓に手探りで僕のことを探しているのであろう強ばった顔のスズちゃんの姿が見て取れた。
「スズちゃん!」
呼びかけながらその姿を抱き締める。僕の言葉に彼女はとても安心したようだった。
「ああ、キルヴィ様!ごめんなさい、なんだか視界がぼやけてて……」
「大丈夫、ここにいるよ。視界は僕もだったけど暫くしたら治ったから」
知らない場所に能力もまともに使えずただ1人だと思ったら心細かったが、妻がいるのならば怖いものは何もない。声は聞こえないし見渡せる範囲にもいないが、ラタン姉はこの場にいるのだろうか?無事であれば良いのだけれど。
改めて周りを見渡す。この支配空間はどこかの建物の中のようだ。光源となる物はないのにぼんやりと明るいのは魔法が使われているのだろう。柱のように巨大な砂時計が部屋の中心にあり、そのほかには調度品も窓ない、殺風景な部屋。出入口と思われる大きな扉が一つあるが、逃さないぞと言わんばかりに押しても引いても開く気配がなかった。
「キルヴィ様、この部屋には私たち2人だけみたい」
「どうやらそうみたいだね。皆、無事だといいんだけど」
その時、先ほど触った時にはびくともしなかった扉がバタンと勢いよく開けられ息を切らせた女性が入ってきた。そして僕達の顔を見渡し「間に、合いませんでしたか……」と呟いた。見たところ敵意はなさそうなので質問を投げてみる。
「あなたは?いや、それよりもここはどこなのでしょうか?」
「私の事は……モニカとでもお呼び下さい。あなた方は召喚されてここに来た事になります」
召喚。あまり聞きなれない言葉だが確か魔法の力で何かを呼び出す時に使う言葉の筈だ。モニカと名乗った、どこか見知った気配のする彼女は話を続ける。
「信じて頂けないでしょうが、あまり時間がないので単刀直入にいいます。ここはあなた達のいた時間軸から少し先の、5年程未来の世界です」
ここが5年後の世界!?それが本当ならば、召喚というのは過去の人物すら呼び出せてしまうというのか。MAPが使えない以上、世界の何処に居るのかがわからないが同じ世界というだけで少し安心する。
「……思ったよりも動じていないようですね。てっきり驚いてパニックになるか、嘘だと決めつけて話も聞いていただけなくなるかと思ってましたが」
モニカさんは何かを我慢しているかのように目元がピクピクしている。
「ああいや、確かに驚いてますしいきなり言われたところでとても信じられる内容じゃないと思うんですけど。なんでだろう、貴女の言葉は信じたいって思っちゃいました」
スズちゃんがそう答える。僕の顔を見て「キルヴィ様もですよね?」と尋ねられ、その通りだと頷く。先程からモニカさんにはなぜか親近感を覚えて、よく知っている存在に思えて仕方がないのだ。
それに、たった5年先というのであればこちらが知っている知り合いに当たる可能性だってあるのだ。未来の僕達に会えればまず協力してくれるに違いないのだから。
モニカさんは僕達の後ろに置かれていた大きな砂時計の前にたった。
「時間がないと言いましたが、召喚、とりわけ時間超越する召喚というのは制限時間が設けられているのです。お二人はこの砂が落ちきった時、元の時間に戻る事ができます。ここで過ごした時間は向こうでは一瞬にもみたないでしょう」
「なんだか僕がよく知っている空間に思えるけど、事情はひとまず理解したよ。それで、僕達は何をすればいいの?」
MAPが使えない以上、できることは限られてくるが幸い手元には常備しているスクロールがある。スズちゃんと共同魔法を使うという手もあるし、ある程度の要件ならばこなせるだろうと意気込んでいると彼女は静かに首を振った。
「気持ちはありがたいですが、何もしなくても良いのです。いや、正しくはもう、何もできないと言いますでしょうか」
意味がわからなかった。何かを望んだからこそ僕達は呼び出された筈なのに、何もしなくていい、何もできないとはどういう意味なのかと僕とスズちゃんは困惑する。
「この大陸にはもう、国と呼べるものはありません。それどころか、町や村といったものすら」
彼女の口から出る言葉に頭の理解が追いつかない。自分は一体、何を聞かされているのか。
国がない?いや、町や村すら残っていないと言ったのか?そんな状態の場所で人は生きているのか?僕の疑問に答えようと彼女はさらに言葉を紡ぐ。
「ここはもう、何もかもが終わって死んでいく世界なのです」
そう告げる彼女は全てを諦めきった表情をしていた。




