本当の相手
「手の内を見せている?情報封鎖されているのに?」
セラーノさんの言葉に疑問が浮かぶ。この状況を聞いてどうしてそう思ったのだろうか。普通は逆ではないのか。
「そうですね、順を追って説明しましょうか。キルヴィさん、あなたは今の相手を誰として見ていますか?」
逆にそう尋ねられる。それは勿論僕にメッセンジャーを送り出してきたフネイ・イレーナだ。人形使いの存在も懸念しなければならないだろうが、主体となるのはフネイに違いないだろう。
「フネイ、ひいてはイレーナ本家だと。なるほど、仕掛けてきているのはそこなので間違いではありません。しかしですよ、そもそもキルヴィさんの話はいったいどこからイレーナ家に伝わったのでしょうか?」
フネイとは勿論会った事がないとして、彼は手紙でなんと言っていただろうか。僕がほうぼうでイレーナの名前を語っている、としていた筈だ。そこに思い至り、ラタン姉が首を傾げる。
「キルヴィ、あなたがイレーナ姓で名乗ったのってそんなに数ありましたっけ?」
はっきりと覚えている訳ではない。しかし記憶が確かであるならばオスロと対面した時に名乗ったくらいではなかったか?それ以外の場面では基本的にキルヴィとしてしか名乗っていなかった、と思う。オスロがイレーナ本家に確認する理由もないので、ほうぼうで名乗っているのを伝え聞いたと言うのは誤りだ。
「それだとなんで相手はキルヴィ様の事をイレーナって知っているのでしょう?おかしいじゃないですか」
スズちゃんも首を傾げる。名乗っていない以上、アンジュ母さんと関連した情報を持っていないのであれば僕の事をイレーナと知る由はない。加えて養子であり、分家筋であるという情報も相手は持っていた訳で。その情報を持っていたのはここにいる顔を除くとツムジさん一家ともう1人。
「つまり、リリーさんが敵となると?」
味方であると信じていた名前をあげる。誰かに否定してほしい気持ちから口に出したが、驚くほどストンと腑に落ちてしまった自分がいた。
「主体性があるかといえば否でしょうが、限りなく。少なくとも華撃隊の中にも人形使いの手はあるでしょうね。しかしながらまだそれでも本質には辿り着いてませんよ」
つまり、リリーさんか華撃隊の持っていた情報から、僕がイレーナとして活動していると相手は勘違いをしていたのだ。
これを加味すると、フネイの行動は勘違いしているこの誰かとのやりとりから行ったように思われる。
リリーさんや華撃隊が情報源だとしても、名家を自称するフネイに指示する間柄とは思えない。フネイに行動させる立場の何かが間に挟まっている筈だ。セラーノさんはそれが相手の本質なのだと、そう言いたいのだ。
「でも、そんな立場の者が本当にいるのでしょうか?王がいる国であればまだしも、この国にはいませんし」
「考え方を柔らかくしましょう、相手が個人である必要はないんです。相手は今まさに違うだろうと言ったこの国そのものだと思いますよ。ルベスト共和国があなたの力を値踏みし、引き込もうとしているんですよ」
思っていなかった所に規模のでかい話をされて面食らってしまう。個人がだとか、どこかの団体が、というレベルではない。
「だけど、僕を引き込んだとしてそれってどれだけ意味があるのさ。リリーさんと正面から戦ったとしても負けるくらいの力しかないんだよ?」
僕の発言に、その場の全員から呆れられたような視線が集まった。
「あなたそれ、本気で言ってますか?自分の価値を理解していないにも程があると思いますが」
「まぁまぁ、常識知らずなのがキルヴィさんですから」
グミさんがため息混じりにそう尋ね、セラーノさんがそれを嗜める。いや、これは本当に嗜めているのだろうか?
「この国の中将で戦力的にも5本指に入るような人とまともにやり合おうってのがまずおかしいですからね?一般人ならば正規軍所属の兵士ですら相手にしたくはないんですから」
「え、兵士?でも軍隊としてくるのならともかく兵士単体とかは弱いでしょ?」
ほらこれだ、と言わんばかりの様子で天を仰ぐが、少なくとも見習い組やガト、それから非戦闘員であるグミさん以外のここにいるメンツならば脅威でもないと思うのだが。
「少し前の段階でパパ直属の騎士団相手に個人で対面しておいて勝ててる時点でとびきりやばいのだが。ドゥーチェに至っては将軍諸共やっている訳だしな」
騎士団か、あれは確かに強い相手だった。ドゥーチェは……ガーランドの強さからしてもあちらが弱すぎただけだろう。少し話が逸れてきているとセラーノさんに修正される。
「ただ、このイレーナ家の強引な引き込みはそのフネイ何某が先走った結果のものにも思えますがね。国も止める機会はあったでしょうにそのまま野放しなところを見ると、従うならそれはそれで良しとでも思ってるのでしょう」
穏便に済ませたいのであれば、正式に国からメッセンジャーがたてられて属さないかの打診をされてもおかしくない場面だという。個人的な意見ですがだいぶ見くびられてますよ、と付け加えるセラーノさん。彼がここまで意見を前に出してくるのは珍しい事であった。
「まるで見てきたみたいに言うんだな、セラーノ」
「えぇまぁ。在野の能力高い存在というのは手に入れたい反面、不穏分子でもありますからね。私自身、ドゥーチェ放浪時代に帝国から何度も打診は受けましたよ。時には武力を伴ってましたがね」
こちらの都合を全く気にしないで押しかけてくる様はしつこくてとてもめんどくさかったという。その話からするとセラーノさんってもしかしてドゥーチェと因縁深い関係だったりしたのだろうか。結構長い間共に暮らしてきたが、彼の謎もまた多い。
「この件で自論に確信が持てました。キルヴィさん、あなたが決断を迫られた時にどんな選択をするかはお任せしますが、私にその選択を見守らせてほしい。私が正式に、あなたの下に支える事を許していただきたい」
そういうなり、セラーノさんは僕へと忠誠を捧げるように臣下の礼の格好をとったのであった。




