頼れる大人
「そうかそうか、いつか現存のイレーナ家にも挨拶しに行きたいと思っていたけれど、まさかそんな傲慢な貴族体質だとはね」
顔を歪めつつ、クロムは手を握りしめたり開いたりを繰り返しながら語気を強める。
「なんの権限があってキルヴィ様の活躍を奪い、私たちとの結婚を解消しようなんて思っているのですかね。それも、会ったこともないのに自分の娘と結婚させようだなんて」
一方でスズちゃんの顔からは表情が消え落ち、言葉の合間合間にユルセナイと呟く事で怒りを露わにしていた。その圧はクロムをも上回り、僕ですら背筋がゾクリとするほどである。
「アンジュ様が特別優しかっただけで、やはり名家だなんだと言うような貴族には反吐が出る。収穫祭なんか待たずに今すぐ叩き潰してしまわないかい?」
今すぐにでもイレーナ本家へ殴り込みにいかんと言わんばかりの2人をラタン姉と共に抑えつつ、これまでとは違い力で解決しようとすると不利になる状況であり、一筋縄ではいかないという事も追加で説明する。そこまでの怒りの感情を持ってくれた事には、口にこそ出さなかったが皆で同じ認識を持てているのだと、場違いの感情ではあるのだがなぜだか嬉しかった。
「リゲルさんの助言に従うならば仲間に頼れとの事でしたね。でも、私もお兄ちゃんもこんな戦い方があるなんて今知ったくらいだからキルヴィ様の力になれないのかな」
少し冷静になり、ちょっと顔色が悪くなってきたスズちゃんが弱気とも取れる発言をする。怒りで一時なりを潜めていた体調不良の揺り戻しがきているのだろう、そっと支えてあげる。
「ありがとうございます。とりあえず、まだ時間があるというのであれば今日のところはお疲れでしょうし少し早いですが夕飯としましょうか?」
その提案に賛成し、場所を食堂へと移して食事を取ることにした。スズちゃんが見習い女子組と共に作ってくれた料理は僕の好物ばかりが並んでおり、スズちゃんは勿論の事、彼女達も呼んで感謝と労いの言葉をかけると恥ずかしそうにはにかんだ。
外での問題もしがらみも忘れての、ひとときの安らぎの時間。そこへ残りのメンバー、セラーノさん達も食堂へとやって来た。
「良い匂いにつられて来てみればキルヴィさんのおかえりでしたか。よければ今日の出来事を教えて下さいな」
「ええ勿論。ではグリムの方から話しますね」
これから話をするのに僕達だけが食事中というのもどうかと思ったので、クロムに頼んで軽食を振舞ってもらう。
まず話したのは螺鈿細工をグリムとしての特産品にしたいという物だ。アムストル出身のモーリーさんはすぐに良い案だと思いますと相槌を打ったが、肝心のグミさんはというと腕を組んで難しい顔になる。そしてしばらく考え込んだ後に口を開いた。
「材料となる物が確保できるのであればやる事自体はやぶさかではありませんが、はたして売れるかと言われるとわかりませんね。アムストルの場合はネームバリューがあった訳で」
グミさんの言葉にセラーノさんも頷く。「螺鈿細工だから売れた」というのと、「アムストルの螺鈿細工だから売れた」というのでは売上はやはりだいぶ違うらしい。アムストル近郊の集落でも同じような細工の販売は行なっていたようだったが、材料が同じでもより上質だと思われていたのはアムストル産のものだったそうだ。
「それにしてもジャンボターボ、ですか。久しく貝料理を食べてないですし、明日にでも採りに行ってみますかね」
セラーノさんが珍しく食欲を前に出した発言をする。「あまり無理はしないで下さいね」と言いつつグミさんもソワソワしている所を見るに、よほど楽しみにしているのだろう。
「で、それだけじゃないだろう?」
そんな2人の一方で、カシスさんはというと僕の心情を見透かすような目をしながら身を乗り出してくる。それはまるでオスロと対面しているかのような錯覚を覚える程であった。
「グリムの方からと言ったね。とするならば別の話題になるようなものがある訳だ。加えて帰って来た時間だ。せっかく2人きりで、それも新婚なのにも関わらずこんな時間に帰ってくるだろうか?そこから推察するに悪い話の部類だろう。君の性格だ、対処可能な事であればサクッと切り替えてそのまま楽しむ筈なのにそれもない。ならば対処もできないような、とびきりの物であると私は思うがね」
周りに気を配れるという事は観察眼に優れているという事だ。オスロのような心聞がなくとも、彼女は僕の性格と行動からそこまで読み取ったらしい。妻達やクロムの顔を見回してからこれを話すと巻き込んでしまう、と前置きをする。
「君の問題は一連托生の身であるグリムの私達もどうせ巻き込まれる。ならば否が応でも覚悟は決めねばならないからね。さ、話してほしい」
スズちゃんやクロムに説明した順番で話をする。最寄りの村がなくなったと聞いて見習い組はざわめいたが、大人組は割と聞く話だと平然と聞いていた。ツムジさんの状態については知らない顔ではないので悲しげになったが、イレーナ本家からの通達の話で合点がいったといった顔になる。
「先手を取られた上に情報封鎖されている、と。お家騒動として序盤から結構手の内を見せてくるんですね相手は」
何かを思い返しているようにセラーノさんは遠い目をしながらそう言ったのであった。




