決着!盗賊団
時間は少し遡り、ツムジさんが来た時点。
今回の盗賊が夜に襲撃を狙うだろうということはツムジさんの痕跡を探っているだろう時点の移動速度から見て取れたので全員に2時間ほどの仮眠を促す。仮眠が済んだらちょうど夕方だったので、軽めの夕食を済ませ段取りを決めておく。
「まずはボクが声をかけるのです」
はじめに声をあげたのは意外にもラタン姉だった。なんでも、透明化を使うことで相手に精霊の関係者がいない限りは自分の居場所が割れないから安全に声をかけれるのだと言った。これは確かにラタン姉にしかできないことなので、お願いしたほうがいいだろう。
「警告をしたとして、聞き入れようとしないだろう。どうするね?」
アンジュさんが聞くと
「そこは実力行使しかないのです。声をかけるのだって仮に人違いでした、なんてことがないようにするだけで、本性を現したなら報復が怖いので全部やっつけないとダメですよ」
こう答える。旅をした中で盗賊関係のことは色々と横目で眺めていたらしいので、もし警告で敵対する気を解かなければ一網打尽にしなければならないと言うのはラタン姉にとっての経験からの鉄則なのだろう。この時点で本迎撃作戦の指揮はラタン姉に任せられた。
「実力、となると僕かな」
僕が手をあげて発言するとラタン姉は頷く。
「そうですね、キルヴィの投石のコントロール力は並ではないのです。それに夜目が効き、跳弾っていう離れ業までできます。相手に気配察知や弓を持ったのがいたとしても場所を特定しきれないと思います」
「確認なんだけど、敵対した、と判断した時点で攻撃してもいいんだよね?」
「その判断で間違いないですが、なるべく戦意喪失に抑えてくださいよ?……まだあなたに人を殺すなんてこと、あんまり味わって欲しくないのです」
人を、殺す。
ラタン姉に言われてはじめて今回の件は今までの魔物相手に立ち振る舞っていたことと異なって、自分と同じような、ものを考える人間を殺す可能性があると知る。周囲を見渡すとみな不安げな表情でこちらを見ている。しばらくしん……と沈黙が支配したのち、ツムジさんが手をあげる。
「最悪殺す羽目になっても、最後には私が手を下します。年端のいかない子供を参加させることは大人として不甲斐ないが、キルヴィ君には直接手を汚させないから安心しなさい」
ツムジさんの顔を見る。その瞳は、覚悟を決めてるものだった。この中で大人の男が自分だけという責任感もあるのかもしれない。
「私とスズは戦力外か……冬ならば私の魔法で一気に無力化できたのにねぇ。雪のない中では私は無力だよ」
確かに、アンジュさんのあの雪魔法なら雪玉での囲い込みや生き埋めといった方法で一網打尽にできただろう。しかし季節は夏、雪は一欠片たりとも残っていなかった。そしてスズちゃんはこの会話に参加していない。仮眠のつもりが本当に寝てしまっていたため、起こすに起こせなかったのだ。この中で一番小さいゆえ仕方がない。
「アンジュはスズちゃんの近くにいてあげてください。起きた時に誰もいないと不安になりますし、万が一があってもアンジュなら落ち着いて対応できるでしょう?」
ラタン姉がそう判断を下す。
「あの、私はどうすれば良いですか?」
手をあげてクロムが指揮を仰ぐ。ラタン姉は顎に手をかけながらクロムにできそうなことを考える。
「クロム君は声変わり終えてますね。かといってツムジよりも若いから渋くもない。大人の声と遜色ないはずなのです……あなたにしかできないことをお願いします」
作戦はこうだ。屋敷へ近づいてきたら、ラタン姉が透明化状態で半開きにしておいた屋敷の扉から音を立てずに出ていく。この時点で透明化無効を持っているか持っていないか判別ができる。
そして声をかける。引き返すならよし、引き返さないのであれば挑発を混ぜ込みながら盗賊であるかどうか見極める。敵対するならこのタイミングだろう。その判断は僕に任せられた。全体を見通せる位置で、なるべく行動不能になるような部位に跳弾を含む投石を頼まれる。
ラタン姉のことが見えていないなら声の主を探すために灯をつけるだろう。しばらくしたらその灯全てを夜灯の精霊の力で消してみせるそうだ。闇に包まれた時に奇声をあげて逃げるそぶりをクロムにしてもらう。本作戦において敵全体をいち早く無力化させることができるのは得体のしれない恐怖だとラタン姉は断言してみせた。
ツムジは屋敷の中に入ってこられた時のために待機をしてもらう。なんだかんだこの森を行き来できる商人なのだ、弱いわけがない。
その采配を聞いてツムジは苦笑した。
「とてもチェスのルールを理解できないラタン姉とは思えない割り振りだなあ、本物か?」
「人はあの遊びの駒のように、決められた動きしかできないバカではありませんから」
本物ですよ、失礼な!と頬を膨らませて続けるラタン姉に軽くみんなで笑い合うのだった。
◇
「……けっ、蓋を開けてみればパンドラでしたってか?俺たちもここまでか」
あの後、恐怖に駆り立てられ戦意喪失、謎の声と正体不明の攻撃に一網打尽にされてしまったリーダーはそう呟いた。現在は下着のうえ、雁字搦めに縛り上げられてる。自分以外は口すらも塞がれている。
「巷で噂の盗賊団もこれで壊滅ですか……これで安心して帰れる。さっさと兵隊に引き渡してしまいましょうかね」
自分たちを縛り上げた壮年の男がそう呟く。結局自分たちの目の前に現れたのは屋敷から出てきたこの商人だけだった。謎の声の正体は未だにわからないが、今も近くにいるような、そんな気配がする。どうせなので目の前の男に聞いてみる。
「なあ、あんた……この屋敷は一体なんなんだ?さっきの声の主は何者なんだ!?」
おや?といった顔でこちらを見る男。そしてニヤリ、と背筋が凍るような笑みを浮かべる。
「声を聞いてしまったのですね……お気の毒に。この屋敷は私が以前使用人として勤めていた場所でしたが、私は聞いたことないのですが、その声が聞こえると噂されるようになってから死人が続出しまして。こうして廃れてしまったのですよ。私は時折こうして、慰霊に来ているのです」
その声にざわめく盗賊団。1人残らず聞いてしまっていたからだ。中には泣き出す者もいる。
「あなた達は処刑されるでしょうが、それより先に死んでしまうこともあるのでしょうかね?はてさて、長居をしては私も聞こえてしまうかもしれませんので、参りましょうか」
そういって馬車に詰め込まれる。逃れられない死が近づいてくることに盗賊団は絶望に包まれたのだった。
あ、あれ?戦闘はどこに…