兄妹の故郷
「あれ、おかえりなさいキルヴィ様。ラタン姉も、もっとゆっくりしてこればよかったのに……ってどうしたの?なんだか顔色が悪いけど」
自分が思っていたであろう時間よりも早く帰って来た事に戸惑いつつ出迎えてくれたスズちゃんは、僕達の顔を見てそうたずねてくる。僕はそんな彼女を抱きしめ、ラタン姉は近くにいた見習いの女子組へクロムを呼んでくるようにと告げた。
「キルヴィ様?本当に大丈夫ですか?」
少し体を離しがちに僕の顔を覗き、心配そうに尋ねる彼女に辛い事実を打ち明けるのは胸が苦しくなる。だが、知ってしまった僕には伝えなければならない義務があるだろう。
「スズちゃん、どうか落ち着いて聞いてほしい。君の生まれ育った村なんだけど、魔物の襲撃で冬を越せなかったようだ」
「まぁ。それは残念ですね、危険な魔物が付近にいるかもとグリムのメンバーにも通達しておいた方が良いかと」
僕の予想に反し、彼女の反応はどこかの天気を聞いたかのような非常に淡白なものであった。それに戸惑いつつも女子組に連れられてやって来たクロムへも村の有様を通達する。
「最寄りの村がなくなってしまったのは残念だ。私達の不在時に急な入り用の物があったとしても対応しにくくなってしまう」
「グリム内での定期便の話を考えると、中継地点も考えなくちゃいけなくなっちゃったね」
驚いた事にクロムもスズちゃん同様に困った、といった風ではあったがそんなにショックを受けた様子は見られなかった。どうしてそんなに平然としていられるのかというのが表情に出ていたのだろう、クロムがスズちゃんへと向き直り、スズが説明をしてあげた方がいいと促した。今の口調は、使用人としてではなく僕らの兄としてのクロムであった。
「キルヴィ様。確かに私とお兄ちゃんはあの村で産まれたし、両親のお墓もあるから大事な場所ではあるけれど。でも私達にとっての故郷はあっちじゃなくてこの屋敷だから」
「第一、キルヴィにだって身に覚えはあるだろう?君の出身はこの森のメ族の集落だけれども、そこはもう跡形もないという。それを君は自分の故郷がなくなったと思うかい?」
そう言われてしまうと言葉に詰まる。そうか、その感覚に近いのか。僕と彼らとでは追い出されたかどうかの違いこそあれど、境遇は近い物だったのだと今更ながらに気がつく。ふと思い出す事はあるし、懐かしむ事はあるけれども、心を寄せれる故郷はそことは違う場所、この屋敷に他ならないのだ。
「キルヴィ様に許可が貰えるなら、私達の両親のお墓をこちらに移してもいいかな?別に掘り起こしてくるって訳じゃなくて、形として」
スズちゃんにそう聞かれたので即座に許可を出す。4人で話し合い、母さんの墓の隣に建てようという事になった。
「それにしてもびっくりした、2人とも血相変えて帰ってくるんだもん。何か大変なことが……いや、村のことも確かに大変な事だったけど、起きたのかと思いました」
スズちゃんが少しホッとした様子でそう話すので、僕とラタン姉は顔を見合わせる。そうだ、これだけで終わりではなかったのだ。
まだ近くでどうしたものかと立ち往生していた見習いの子達にとりあえず下がっておいてと指示を出し人払いをする。聞かれたところで問題はないのだが、下手に混乱を招くような事はしたくない。
「思ったよりもさっきの話が影響ないようなので一安心しましたが、ボク達はまた厄介なものに目をつけられたみたいなのです」
そう前置きをしてラタン姉が2人に話しだす。先に伝えたのはツムジさんの状態についてだ。現在睡眠状態にあり、魔法の効果も遮断されてラタン姉をしても回復手段が見当もつかないという事を受け、2人は大いに動揺してみせた。特にスズちゃんはその状態に身に覚えがあったので、咄嗟に自分が持っている筈の冥府の書がちゃんと手元にあるかを確認している。そして少し考えて口を開く。
「多分ですけれど、どういう状態なのかは推測できると思います」
スズちゃん曰く、ツムジさんは現在自分という身体の内側へと閉じ込められているのだという。例としてあげられたのはウルとの戦いでも散々苦しめられた、空間支配の魔法だ。
「つまり、身体を一つの場と捉えているのか。あの時、スズちゃんが来るまでの戦いで魔法が通用しなかったり身体の自由が奪われていったりしたのと同じで」
そう考えれば辻褄は合った。となれば、空間支配の上書きでなんとかできそうなものだと希望が湧いたのだがスズちゃんは安堵するのはまだ早いとばかりに首を振る。
「空間支配の上書きをしたいのであれば、その空間中に自分もいなければいけなかった筈です。現状ツムジさんは外界から遮断されているような状態だというのであれば、私ではどうすればいいのか見当がつきません」
しょんぼりとしてみせた彼女に、それでも解決の糸口になりそうな情報だと感謝を述べ抱きしめる。
「でも、なんでツムジさんがそんな状態になったんだい?」
当然の疑問がクロムから飛び出す。そこで当代イレーナを名乗るフネイから現在の結婚状態の解消と自分の娘と結婚するようにとメッセンジャーが来ていた事、そのメッセンジャーを操る人形使いの存在を打ち明けてみた。
今までに見たことがない程の怒りの感情が両名から湧き上がったのはきっと仕方のない事なのだろう。




