人形遊び
色を失った世界の中、彼は気にかける様子もなく僕の方へと歩みを寄せてくる。リゲルさんの空間支配の結界の中で、僕だけが意識を持っての対面が許されていた。
「本来であれば一度手助けすれば代替わりまで出番がないだろうところ。彼女の分を含めるならば既に二度も力を貸してしまっている現状、あまり過分に干渉するものではないとは分かってはいるのだが……今の君に少しばかりのアドバイスをしてもいいだけの余力はあるようだ」
そう言いながら手元へと目線を送る。その手の中には砕けてはいるものの、今尚怪しげに輝いてみせる魔結晶があった。あれはもしや、現実世界では残らなかったウルの物だろうか?細工とはこのことだったのだろうか。その割にはウルは出てきそうもなかったが。
「アミス様からようやく解放され手土産を片手にようやく指輪に戻ってこれたと思えば、我が友が好んで使っていた技の気配を感じるとは思わなんだ。あやつめ何が後継者はいないだ、しっかり受け継がれとるではないか」
彼は女性を一瞥した後何かを懐かしむように遠くを眺め、そうしてから僕の顔をじっと見つめた。
「どういう事ですか、彼女は敵対しているわけでもないのになぜ引き入れようとしたのが悪手になるのですか?」
僕の疑問に彼はやれやれとでもいいたげに首を振った。まるで僕が何もわかっていないと呆れたようであった。
「私の時代にも心聞や鑑定、気配察知の術はあったにも関わらず、裏切りやクーデターは起きた。心すら読める監視ができる人材がいるのにも関わらず、だぞ?なぜそんなことができたのかといえば、看破殺しの術があるからだ」
看破殺しの術?鑑定や気配察知のような一般に出回っているようなスキルならともかく、心聞のような使用者が限定的で対策の取りにくいはずのものでも通用しないとはにわかには信じがたかった。
「それがあるのだよ。というよりもそれに近いものを君はよく知っている筈だが?」
そう問われて考える。敵意があったとしても感じ取れない?そんな事、これまであっただろうか。リゲルさんが僕が知っていると言うのであれば、ここ最近に起きた事の可能性が高い。
オスロは手強い相手ではあったが、敵対していた時と再開した時とではそもそも状況が違う。部下を殺された事を実は恨んでいたという心を押し殺して相対してきたかも知れないが、圧倒できる実力差を持つ彼が僕にそうするメリットが見当たらない。
となると、ウル関連になるだろうか。アンデットだから気配が読めないというのももちろんあるが、性格も掴みどころがない存在であった。この間の別空間での再会で少し理解できた気がしたものの、まだわからないことの方が多いだろう。そうだ、ウルといえば忘れられないのがーー
「ようやく思い至ったようだな。そう、あの商人の娘……イブキといったか。あの娘は途中からアンデットだったかも知れないが、その前の段階はあった。死者の書に誓い、立場的にはとうに敵対していたであろう時期でさえその気配は読めなかったのではないか?」
そうだ。アムストルからスフェンに帰ってくるまでの短いとはいえない期間、イブキさんはまだ味方としての生体反応があったにも関わらず、僕にその本心を隠し通していた事になる。これは確かに看破殺しと言えるのだろう。
「彼女もそれに似たものだと言うのですか?」
「似たもの、というよりかはこちらの方が本元だろうな。イブキのは下手な猿真似か、それとも偶然似通ったのか。厄介度でいえばこちらの方が上だろうがね」
厄介。彼女はまだ味方として捉えていない状態だが、内心が敵だったとしてこうしてリゲルさんに止められていなかったらどうなっていただろうか。害あるものを内包してしまえば油断したり立て直したいタイミングが来た時に思いもよらない悲劇を生みかねない。
「我が友も愛用した、看破殺しの術のその一系統。それこそが、その女にかかっている人形化の術だ。その女自身はただ生活をしている普通の人間として振る舞うだろう。感情を持ち合わせて怒ったりもするし泣きも笑いもしてみせる……だが、そんなものはあらかじめ仕組まれた反応をしているだけに過ぎない」
そして彼は彼女の首筋を見るようにと指差す。それに従い見てみると、クロムが使う糸よりもさらに細いものが数本ピンと張っているのがチラリと見えた。どこまで続いているのかと辿ろうとしたが、何もない中空で突然消えているようであった。
「使用人が糸で自分の妻の動きをサポートして見せたことがあっただろう?それに加えて遠距離でも操作できるような空間支配の応用、とでもいうべきか。この女は操り人形であり、健気なメッセンジャーを演じている斥候役だ」
姿を見せる事なくこちらを探ることができるというのか。しかし、こうして顔が割れてしまえば問題ないだろう。そう思っているとリゲルさんが首をさらに振る。
「何を勘違いしておる?斥候役をさせるのに操れるのがこやつ1人だけなわけがなかろう。我が友は片手で100人は操ってみせたぞ」
その言葉に今度こそ背筋がゾクリとする。はたして見えていないこの敵はどれだけの数を操ることができるのか、既に身内にいるのではないかという猜疑心が生まれてくる。そこに畳み掛けるようにリゲルさんは僕へと告げるのだ。
「彼女を敵だと大義名分もなしに消してしまえば、お前のここでの信用なんざ簡単に消えてしまうだろうな。この女だけでなく、イレーナ家もそうだ。この先はお得意の力では解決しにくい事ばかりだ。さあ、どうするねキルヴィよ」




