アムストル名物
「人参ケーキは外せないですかね。最近は戦争も落ち着いたこともあり甘味はどこにでも需要がありますから」
「なるほどー、ではとりあえず常設メニューとしてはこれでいくとしましょう」
トトさんの言葉に同意を示すようにロイさんは大きく頷く。トトさんが上から戻ってきたあと、キッチンにいたロイさんに紹介したら同じ食の道をいく者同士ということもありすぐに意気投合した。今は店のメニューを2人で決めている最中だ。
「待ちきれませんねぇ、今浮かんでいたのはそろそろ出来上がるでしょうかキルヴィ」
話を横から聞いていたのだろう、メニューの品々を思い浮かべて思わず唾を飲んでいる僕の妻。
「いや、今作るとは言ってないよラタン姉」
「そんな!?」と驚いて見るからにしょぼんとしたラタン姉を見て、2人は苦笑しながらそれなら簡単なやつならば今から作るよと言ってくれた。
「そういえばトトさん、料理以外にも何か売上に繋がりそうな物って知りませんか?」
支度に入ったトトさんの背中にそう問いかける。流通の多かったアムストル出身の彼ならば何か良案を持っている可能性はある。それにかけて問いかけてみたのだ。
「うんー?あー、確かに今だとキルヴィさんからの支出ばかりで赤字だし、収入を増やしておきたいところだね。そうだねー、螺鈿細工とか興味あるかな?」
トトさんが現状をすぐに把握してそう言うと、一緒に聞いていたヨッカさんが目を輝かせる。
「螺鈿細工!アムストル名物ですね。有名ですし身入りも良いと聞きます。ただ腕を問われる職人技とも聞いてますが、トトさんはできるのでしょうか?」
「俺自身も一応触った事はあるけども、知ってる限りアムストル一番の腕を持つ人が身近にいるよー」
身近に?アムストル出身組でいうならトトさんの他はニニさんとモーリーさん、それからグミさんの女性陣3人だ。該当しそうなといえば小物を作って売っていたらしいモーリーさんになりそうだが……それだと周りが放っておかなくてただの一般市民、町娘としてはいられなかっただろう。
「もしかして、グミさん?」
「そうだよー。アムストルの代表としての仕事の傍ら、職人としても活動していたんだ。作品数自体は少なかったけれど、彼女はサイズ問わず作品を作り、アムストルの収益に充てていたよ」
そう言われて思い浮かんだのは、かつてのアムストル侵攻の時。逃げた先の町人達の凶行でセラーノさんやカシスさんはスパイと疑われて拷問されていたが、グミさんに対する扱いは同情心からか明らかに緩い扱いをされていたことだ。
今の情報をもとに考えれば、あれはただ単に同情からくるものではなく、逃げた先での自分達の食い扶持を残すための行為だったのではないだろうか。
アムストル一番の職人だというのであれば本人の意思とは別に商品価値はある。その職人の手を傷つけては価値が下がってしまうから拷問を行わなかっただけにすぎないのではないか。
なにせグミさんに取って代わってまとめ役をしていた筈の元執事山羊のライカンスは、ドゥーチェ軍に接収された時にライカンスではない仲間を簡単に見殺しにした奴であった。そんな奴が同情心だけでグミさんを放っておくだろうか。
「キルヴィ。それはもう、済んだことです」
こわい顔をしているとラタン姉に言われてハッとする。既に彼らには手を下したのに、今更僕がその事に再度怒りを覚えてももうどうしようもないのだ。
「まぁ、その予想は少なからず間違いじゃないだろうけどもね。真相はもう土の中だし何よりグミさんも過去だと割り切った。考えたところで仕方のない事だよー」
本題を忘れそうになってしまったが大事なのは今を紡ぐ事だ。かぶりを振って思考を切り替える。
「あー、そもそもなんだが。螺鈿細工って何だ?」
僕達の様子から口を挟めなかったが、それでも気になったらしいロイさんが質問してくる。僕もそういえばなんとなーくキラキラした細工だったなというくらいしか理解していなかったので、材料の確保のためにも聞いておきたい情報であった。
「んー、ザックリと説明すると貝殻を使った装飾かな。貝殻の内側って何もしてなくても綺麗だよね?」
そう言われても、僕はこれまで特に気にした事がないからかパッと浮かんでこない。ロイさんもこれまで貝自体にあまり縁がなかったらしく、貝ってそういうものなのか?とミカさんに聞いていた。
「そっか、スフェンは海から離れているし貝って食用としてもあまり馴染みがないのかー。この辺の食性についてもやっぱりもっとリサーチしないとね。ヨッカさんサポートお願いします」
新たな気づきもあったようで、トトさんがヨッカさんにそうお願いする。それから少し考えて、僕に聞いてくる。
「あの森には淡水性の貝って居たかなー?」
「ジャンボターボっていう貝の魔物は森の中の湖で割と見ますし、ちゃんと探った事はないですが魔物がいるなら元となった貝も居ると思います」
ゴツゴツした貝殻を持つ巻貝に似た魔物だ。その見た目から鈍重に見えるが、見た目に反して水中での動きは素早く、勢いよく回転しながら硬い殻を使って突っ込んでくる厄介な魔物である。生息しているのが水中なので魔弾も使えず、数回倒した事はあっても食べた事はない。
「聞いておいてなんだけど、あの森本当になんでもいるね……多分その魔物も元の奴も食べれると思うよー。今度捕まえてみて、グミさんに使えるか見てもらうと良いよ」
そう言うと、彼は話しながら作っていた料理を完成させて僕達の前に音を立てないようにとそっと置いてくれたのであった。




