これからのことに想いを馳せて
アンちゃんをこっぴどく叱った(途中から母さんに対しての愚痴が混ざっていたが)後、ラタン姉は溜まっていた鬱積も解消したのか憑き物が落ちた顔になり、僕へと微笑みかけてくる。少し怖い。
とりあえずスズちゃん同様によしよししてみると、彼女も少し照れ臭そうな顔になったので、その間にスズちゃんに目配せして涙目のアンちゃんを連れていってもらう事にした。
「えへへ、気を遣わせちゃいました。でも、久しぶりのキルヴィとの2人きりなのです」
そうだった、彼女はこと甘えることに関して不器用なのである。蔑ろにしていたつもりではないが、結婚してからスズちゃんと2人きりになる事はあってもラタン姉と2人きりになることは果たしてあっただろうか?
「ごめんね、気が利かない……その、夫で」
頭を撫でるのを続けながら、反省気味に少し俯く。自身から夫というのにいくばくかの恥ずかしさも感じながらであった。そんな僕に身体をもたれかけさせ、顔を埋めるラタン姉。両手を彼女の背へと回し、顔を下げると束ねた髪が鼻元に当たり、くすぐったい。
「いいのです、そんなちょっぴり気の利かない事を含めてボクが好きなキルヴィなのですから」
周りに人はいないが僕にだけ届くくらいの声の大きさでぽそり、と彼女は呟く。身体の奥からポカポカという、これまでのただ相手の熱を求めたいという激しい欲求ではない優しい感覚が広がっていくのがわかった。暫く無言での抱擁の後、彼女は名残惜しそうな顔をしながらも自分から僕の腕を離れた。そして、表情を一転させ笑顔を作りながら、振り返る。
「さて、と!そこの物陰で見ているスズと、オマケでアンも。ボクだけの時間を作ってくれてありがとうございますのです」
「バレてましたか」「オマケってー」
屋敷の陰からアンちゃんを抱きかかえながらちょっぴりバツの悪そうな顔で出てきたスズちゃん。アンちゃんはさっきまで泣いていた顔はどこへやら、オマケ扱いにぶーたれた顔で不貞腐れていた。
「明日はグリムの初仕事ですし、メンバーがグリムハウスに馴染めているかの確認もあるのです。見習いの子達も見学を終えたことでどんどん仕事が回されるでしょう。わかってます?これからが大変ですよ、あなた」
それは確かに大変になっていくだろうなぁ。僕がスフェンのグリムハウスに行っている間は屋敷の様子がわからなくなるし、逆にこちらでこもっていても向こうがわからなくなる。組織としての規模が拡大したのはいいことかもしれないが、どうしても見えない部分が出てくるのだ。
信用を置ける家族組や幹部組がいるので、1人で全部見て回るものではないというのはずっと言われてきたことだが、そこは人よりも視界が広い僕だから、なるべく自分で目を届かせたいという欲がでてしまう。MAPのレベルが上がってくれれば叶いそうな願いなんだけれどなぁ。
それかほぼノータイムで行える連絡手段があればこのもどかしさもなくなるだろうに。オスロが置いていった、遠距離でも会話ができるブローチみたいな魔具がもっと普及していればこんな思いもしないですむんだけれど。
無い物ねだりをしていても仕方がない。手持ちのカードの増える予定がないのなら、今の手の内を上手く使う他ないのだ。とりあえず屋敷とハウス間の連絡手段は通常は馬車、もしくは僕がいる時は僕が橋渡しをすれば良い。
物資についても、こちらの生産の目処がつくまではスフェンで仕入れて馬車での輸送で問題ないだろう。どちらにせよ暫くの間は屋敷とハウスを何回も往復する事になる。物資面に関してはその間にある程度貯め置きしていけばいいだろう。
メンバーの平時の仕事と手当も考えをまとめておかなくては。今はまだ支払えるお金を持っているが、あれも無限ではない。残っている内に軌道に載せなくては組織が破綻してしまうのは時間の問題となる。
仕事のできる、できないは人間だから当然あるとして、彼らの今あるやる気をいつまで維持できるかだ。慣れと油断でいつかやる気がなくなったとして、だからといってすぐに追い出す姿勢はできるならしたくはない。なんとか持続可能な体制に持っていかなければ。その為にはーー
「ほら、また1人で抱え込むつもりなのです」
ぽすっ、と背伸びしたラタン姉の手を頭に置かれ、そのまま撫でられる。あぁ、考えに熱中してて黙り込んでしまっていたか。この辺の運用は僕が経営者だとしても1人で考えるだけでは限界があるだろう。手が空いてるならこの辺りを経験していたグミさん達にも頼ろう。
ひとまず今考えてた事を妻達にも共有すると、確かにそれがいいだろうということになった。そこでふと思った事があったので、ちらとスズちゃんを見てから口に出す。一瞬だったからか気がついてなさそうだった。
「あ、そうだ。明日の行きは転移で行くつもりだけどさ、帰りは立ち寄りたい場所があるんだ。ちょっとまわり道になるけど良いかな?」
「ボク達は別に構いませんよ。でも私用でなら明日行く他の子達にもそれは伝えておいてくださいなのです」
「わかった。じゃあ、そろそろ明日の為にも僕達の支度を始めようか?」
「そうですね。私的にも、向こうにも着替えの1着くらいは置いておきたいですし……明日から忙しいのなら、手早く済ませて残り時間くらいはゆったりしましょうか」
スズちゃんの言葉に頷き、僕達は自室へと向かったのであった。




