畑の考察
「いやいやいや、いやいやいやいや!これ、間違いなく今植えたばかりのサブロマイズの芽ですぜ……どうなっとるんです!?」
ガトがそう呟き、また僕の仕業じゃないかと三人揃って僕の方を見てくるが、この件に関しては僕だってノータッチだ。
「植えた瞬間生えてくるのはやっぱり異常かい?」
自分で言っていてもおかしいのではと思うが、念のためガトに聞いてみる。
「そりゃ、そうでしょう。種子の状態ってのは植物にとっちゃ赤子がグースカ寝てるみたいなもんで、ここなら成長するのに大丈夫だって起きるのに時間をかけるもんですぜ」
あーそうなんだー、これだと産まれた途端に規律正しく行進始めたような感じになるんだろうか?なんて、現実逃避気味なことが頭によぎった。
「流石にこれ以上は成長しないみたいですね、どうせなら収穫までできたらよかったのですが」
少し残念そうにしながらラタン姉が言う。想像すると面白そうではあるが、ちょっと怖い。
「そんな成長が速え作物があったならこの世に飢えがなくなるだろうなァ……ま、夢のまた夢ですが」
自身も飢えの危機に立たされた身としては思うところもあるのだろう。ガトは天を仰ぎながらそう言った。
自然現象ではない急成長、という事象に心当たりがないわけではない。僕がお守りを触り、スズちゃんもまた自身の腰元にぶら下げている本へと指を這わせる。時間に干渉して成長をする時の魔法、僕達はまさにそれを体験してきたではないか。
彼らの力ならば高々数日分の成長を早めることなんて訳ないのだろう。だが、持ち主が切迫している場面でもなしわざわざ己の領分を越えて干渉してくる理由がないのもまた事実。現にお守りからは力を使った形跡は感じられなかった。スズちゃんも反応なしということは違うのだろう。となると別の可能性も考えうるのか?
「成長が早いのは良いことですけれど、こうなるといつ採れるか予想できないですね。というより元の種かも怪しいのでは」
本から指を離して、スズちゃんがそう言う。この環境に合わせての種の進化、または魔物化をしたならば確かに成長は早まるのかもしれない。だがそうだとしたらこのまま育てるのはなかなかリスキーな事になるだろう。毒性を持つ可能性だってあるし、魔物化ならば人を襲うかもしれない。そうなれば作物を育てるどころの話ではなくなる。
「まだ、様子見するしかねェですね。普段よりも気をつけにゃならんのは確かでしょうが諦めるにも早ェ」
そうだ、判断するには早いだろう。マイナスに捉えるばかりだったが寧ろ益になる事柄だってあり得るかもしれない。魔物化するのであれば生命力は確かなのだから、単純に生育が早いだけでなく量が増えるか数回収穫できる可能性だってあるのだ。
「ガト、悪いけど世話を頼めるかい?」
「もとよりその為に来たんでさァ」
判断を保留とし、まだ空いていた残りのスペースに一般的な種類の豆も植えたが、サブロマイズのように成長することはなかった。逆に、残っていたサブロマイズを植えたら同様に成長して見せたので、特定の種に影響する力が働いているのだろうと仮定が立ったところでこの日の畑仕事は終わったのであった。
中庭に戻ると、ガトは自主練をしたいと言ったのでその場で別れる。見習い達も今日の仕事見学は終えたようで、中庭にいたり食堂にいたりと重い思いに過ごしているようであった。そこで一旦MAP機能の使用を停止させる。
「キルヴィ様?どうしましたか、って聞くのは野暮でしたね。お気遣いありがとうございます」
首を振って視界を慣らしているとスズちゃんは察したらしくお礼を言ってくる。そんなお礼を言われるようなことではないが、言葉にするのは躊躇われたので頭を撫でて誤魔化すことにしたのだが。
「あれが、ここのめいぶつのあたまなでなでだよー」
「へー、名物になるくらいなのか」
「所構わずだなんて、キルヴィ様、大胆です」
手持ち無沙汰だったらしいアンちゃんに連れられて、同じく暇になった見習い組にガッツリと見られる。注目を浴びたことで僕も恥ずかしく感じてきたがそれ以上にスズちゃんには思えたようで、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。
「アンー?ちょっとボクとお話ししましょう?」
当事者が動けないでいると、見かねたのか笑顔のままラタン姉が一歩前に進む。
「ら、ラタンちゃん?どうしたのー?」
というアンちゃんの問いには応えずに頭に手を置いて逃げられないようにすると、今度は見習いの子達の方に顔を向ける。終始笑顔のままで。
「ほらほら、他の子達もちょーっと無粋なのですよー?わかったら、回れ右しましょう、ね?」
有無を言わせぬとはこの事だろう。そそくさと散っていった子達には目もくれずにアンちゃんへと向き直ったラタン姉の顔は恐ろしいものを感じさせた。
「アンー?ちょーっと最近オイタが過ぎませんかー?反省したんじゃなかったんでしたっけー?」
「ちょ、ちょっとしたしょうかいだったのに!?に、にげられないの!」
その後、屋敷には聞きなれた悲鳴が一つあがったのであった。




