僕達の畑へ
「さあ、ここが畑にしようとしてる場所だよ」
そう言って振り向くと、ガトは「はぁ」と気のない返事をし、ついてきた妻達も首を捻って考え込んでいる。
「いや旦那ァ、これ建物じゃないですか。畑にゃとても見えんですがね。この上にでもやるつもりですかい?」
「いや、上はガラス張りだったのでそれは違うと思いますよガト。今日塔から降りる時、なーんかいつの間にか離れがありますねと思っていたのです」
実は塔を作る時、ついでに屋敷の周りをあれこれしておいたのだが、詳細を話したのはあの日塔にいたクロムとセラーノさんだけだったりする。因みにこの建物のアイディア自体はセラーノさんに聞いた話からだ。
そこで思案に耽っていたスズちゃんがハッと顔をあげた。
「ガラスの屋根……光を通す。あっ、これもしかして温室ですか!確かこんなような建物があるって本で読んだ事があります、冬知らずの畑の話!」
おっ、流石は勉強家。今は技術者がいなくなってしまい廃れてしまったらしい、ドゥーチェに昔あったっていう温室の事を知っているなんて。その通りと頷いてみせると、彼女はエヘヘとはにかんでみせる。
技術自体は使用人邸の地下の冷蔵室の応用である。一定の温度に保てるよう調整を施したが、こちらは無理に冷やさないでいい分向こうよりも簡単であった。問題は光である。
温度を一定化するにはある程度密閉させることが必要になるので屋根をつけなければならなかったが、普通の屋根では日の光を遮ることになる。蝋燭やランプの光で良いのであればそれでも問題はなかったのだが、セラーノさんが言うには残念ながらそれでは植物の生育はうまくいかなかったらしい。
そこで用いたのがガラスである。スズちゃんと作った経験があるためか、使用魔力のコストは比較的高いものの、設置魔法で用意することができる。これを屋根にする事で日の光を遮る事なく植物を育成できるのではと考えたのだ。
「魔物や害獣がどうこう言ってたんでてっきり野ざらしかと思ってやした」
「一応屋敷の敷地外だからね。僕がいる時や、建物に入ってしまえば安全性は保証できるけど、それでも建物間で魔物に遭遇する確率はないわけではないし」
外と聞いて、ラタン姉が首を傾げる。
「それなら地続きにすれば良かったのではないですか?」
しごくもっともな疑問だ。だがそうしなかったのには訳がある。
「また変に敷地判定受けて、アンちゃんに身体をまさぐられたとか言われたくなかったしねぇ」
その言葉にうっ、と心当たりのある2人が言葉に詰まる。場所が畑なのもよくなくて、忘れた頃に種を蒔かれたなんて言われた日にはとてもとても……なんていう、ちょっとひねくれた理由だが僕にとっては大事な訳である。
そんな話は置いておいて、扉を開けて温室の中へと案内する。春先の外気と比べると少しあったかい、けれど汗ばむ程ではない程々な空気に包まれてガトは目を瞬かせた。次いでかがみ込み、足元の土を救って眺める。
「程々に具合の良い腐葉土ですぜ、こりゃあ。それにこの温度なら生育に問題ねえ。光もまァ、こんだけさしてりゃ大丈夫でさァね」
「そうかい?それならよかった。君の作物的には広さもこれで問題ないかな」
「やや狭い気もしますが時期問わずできるってんなら問題ねェと思いますぜ。でもまァ、土は数回おきに変えれるのが理想ですがね」
そう言いながら、ガトはゴソゴソと懐から何かを取り出した。手を開いて見せてもらうと、程よく乾燥している黄色や白、茶色、黒といった色とりどりのそれが、ガトの作物の種子のようであった。彼はそれを一粒ずつ、ある程度の間隔をあけて植えていく。
「ほー、結構いろんなやつがあるのですね。それで何種類あるのです?」
「いや、今蒔いてるのでできるのは色みは違うが全部同じサブロマイズっつう作物ですぜ」
作物の名前を聞いてもピンとこない。精霊の知識で一般常識を知っていて、なおかつ食べ物に目がないラタン姉。勉強家で読書によって多分野において知識を持っているスズちゃんでも、反応は芳しくなかった。
「それは聞いたことがないからどんなものなのか今から楽しみだな。蒔いて、大体どれくらいでできるものなんだい?」
「そうですなァ、今が春の始めとして、夏の始め頃には取れると思いやすが。モノは豆みたいなやつでさ。乾燥させて臼にかければ小麦粉の代わりにつかえたりしますぜ」
説明を聞く分にはやっぱり万能なものに聞こえるのだが、何故他の農家から変わり種扱いされているのかどうにも腑に落ちない。ラタン姉はというと、また未知の味を想像してか口の端が緩んでいる様子だった。
「へー、ガトさん私もちょっと聞きたいんだけど、芽吹く時の葉っぱって一枚なのかな?」
何故か真顔のスズちゃんが指さした先には、若々しい緑の葉っぱが一本、伸びていた。よくよく見るとその近くにも同じように一本の葉がいくつも等間隔に芽吹いていた。
「あァそうです、そうです。発芽の条件満たして数日もすりゃアちょうどそんな具合に芽吹きやすって……はァ?」
スズちゃんの言葉に頷いてから違和感に気がついたのだろう、ガトはそれを食い入るように二度見したのであった。




