加減
「あー、キルヴィが間に合ってよかったのです。あれ止めなかったら首から上が潰れたミートパイになっていた所でした」
流石に即死は治せません、とラタン姉が胸を撫で下ろした。盾を持っている事から、僕より遅れてではあるが自分も駆け寄ろうとしていたのであろう。でも昨日のメインがミートパイだったのにその例えを持ってくるのはやめて欲しい。
「あれ!?えっ!?ええと、ひとまずごめんなさいガトさんキルヴィさん!」
モーリーさんが慌てた様子で謝ってくる。僕の方が年下とはいえ、体格も身長も体重だってモーリーさんより上だ。にも関わらずガードしてなお軽々と吹っ飛ばされ、今も受けた手が痺れる程だとは、その威力の高さに驚かされる。
「怪我もしてないから大丈夫。ガトも無事かい?」
「あ、あァ……助かりました。しかし、俺が全力でやってもビクともしなかった旦那が吹っ飛ぶなんて、お見それいたしやした姐さん」
「姐さんって……信じてもらえないかもしれませんけど、全然そんなつもりじゃなかったんですよ!ほらだって、私通常形態ですよ!?」
確かにモーリーさんは通常形態だ。ずっと見ていたが蹴る瞬間に変化したわけでもない。にも関わらず先程の蹴りは今までの攻撃で恐らくトップの威力だったように思われた。
「頭で無理に理解していた技術に、漸く身体が追いついたって所ですかなぁ」
モーリーさんにとって格闘術の師でもあるセラーノさんが顎に手をかけ考え込みながらそう呟く。人間形態は普段とは違う姿ということもあって、常に負荷がかかっていたのだろう。それが枷であり、ブレーキの役割をしていたのだと思われる。しかし、姿を自由に変化できるようになった事でそれがとっぱらわれたのではというのがセラーノさんの見解であった。
「それじゃ、今あの形態になっても強さは変化しないんでしょうか?」
「いや、筋肉量の増減がある以上変化するとみて良いのでは?今あの姿に変わることはできますかな」
セラーノさんに言われ、モーリーさんは少し躊躇った様子を見せる。それからラタン姉に何か耳打ちをしてからわかりましたと返事をした。
途端、彼女の周りが暗闇となり見えなくなる。これはラタン姉の魔法だ。さっきの耳打ちはこれをお願いしたらしく、恐らく人前で変化するのは恥ずかしかったのだろう。着替えと同じ感覚なのかもしれない。
モーリーさんからもう大丈夫という合図がされ、闇が取り払われる。動きやすい身軽な服装だった事もあり、上半身は露出が多く、下半身は毛皮でムッチリといった、服の生地越しにボディラインがハッキリとした姿にやや視線のやり場に困る。やめろ、こんな時に以前のクロムの戯言が頭の中に来るんじゃない。
僕のそんなヤキモキをものともせず、セラーノさんは平然とした様子でモーリーさんに対して指示を出す。
「まず、ジャンプしてみましょうか」
「ジャンプですね、えいっ」
掛け声と共に高く上に打ち上げられるモーリーさん。驚いたのはここからで、今の跳躍は片足だけで行われたらしく、もう片方の足の力を解放する事で空中にも関わらず2段目のジャンプを行った事だ。こちらは流石に1段目よりも勢いはなかったものの、それでも普通の人のものよりも飛距離はあった。
軽く力を入れて地面を蹴り、跳び上がるのを想定していただけに流石に目を疑った。縮地を応用しなければ僕だって2段以上のジャンプはできない。
「つ、次は蹴りの威力を見てみましょうか。キルヴィさん、何か用意できますか?」
既に引き気味のセラーノさんに促され、設置魔法で適当に石像を作り上げる。なんとなく獅子っぽくさせたのはただの遊びだ。
「まずは軽めにいってくださいね」
念押しとばかりにそう言われていたのだが、モーリーさんの蹴りは石像の頭を半壊させる威力であった。
「あれ!?」
「モーリー、あなたもそれ制御できるまでキルヴィ同様暫く誰かと相稽古するのは禁止なのです」
「そんなご無体な!?これの調整を1人でやってると永遠に加減なんて身につかないかもですよ!?」
「死ぬ気で稽古するのはいい事ですが、ついうっかりで誰かに死なれても困るんですよ!せめてソフトタッチを覚えてくれないと受け止めきれるかボクでも不安なのです」
ガクリと項垂れるモーリーさん。ちょっと心配になるくらいこの人修行好きになっちゃったなぁ。
「あ、それなら僕なら大丈夫なんじゃ」
「もー!これ以上心配事を増やさないで下さいキルヴィ!」
妙案ではと意見をだすがとりつく島もなかった。プンプンと怒った様子になったラタン姉によってそのまま稽古は打ち切りにされる。後片付けを始めるとモーリーさんがおずおずと近寄ってきた。
「あの、さっきMAP機能が復活されていたようですけど。昼からの予定ってどうなりますかね?」
……ああ、僕の力が不調だから休みにしたらという前提が覆ったから心配していたのか。
「大丈夫ですよ。今更休みを取りやめになんかしませんから、安心してクロムと過ごして下さい。寧ろ働きすぎなくらいなので無理矢理にでも休ませて下さい」
「それは、ありがとうございます。2人の時間を過ごさせていただきますね」
あからさまにホッとした様子になり、準備がありますのでと僕に一礼をして彼女は使用人邸の方にと去っていった。
「さてガト、君の特訓は今日のところは切り上げるとして本題である畑予定地についてきてもらいたいんだけどもう大丈夫かい?」
畑予定地は屋敷からそんなに離れた場所ではないのでどのみち今日案内する予定だったが、力が戻った今善は急げだ。
彼は深く息を吐き「ああ旦那ァ、俺はもう大丈夫ですぜ」との言葉を聞いて、僕達はその場へと移動を開始したのだった。




