実力の差
ガトとやりあうこと数度。流石に同じパターンの攻撃法だけではなく色々と手を変えて挑んできてくれたが、その全てを打ち払う。
5度目が終わった頃には息があがってきたようなので休憩を挟むことにした。現在クロム達使用人組は次の仕事に向かい、他のギャラリーもまばらになっている。
「くっ、旦那に一太刀浴びせるどころかその場から動かすことすらできないとは」
どうやらこれまでの打ち合いで、僕が踏み込む事はあれど一歩も初期位置から動いていない事にガトはショックを受けていたようだ。……流石に待ち型だけでは稽古にならないか。
「よし、じゃあ次は僕が先手になろう。攻撃に転じなくても良いから、とりあえず防ぐ事を考えて」
ようは勝てなくとも、自分が死なないで対象を守れれば良いのだ。それが囮であろうと時間さえ稼げるならば、最悪は屋敷の誰かが駆けつけれる、かもしれない。だとするなら僕が先行して動いた方が余程訓練になるだろう。
「あの、キルヴィ?あなた先手で力の加減ってできるのです?即死でないなら治せるとはいえ、流石にぐちゃぐちゃになったら難しいんですからね」
ラタン姉からそんなことを言われるが、失敬な。いくら僕だからといってその辺は見極めれるだろう。しかしその言葉はガトの顔を真っ青にさせるのには十分な効果があったようだった。
「まあまあ、まずは一手確かめてみましょうよ」
スズちゃんからの言葉で、恐る恐るといった感じで震えながらも構えるガト。そんなに怯えてる状態でまともに受けれるかは心配ではあるが、命のやり取りの場でそんな事は考えてられないはずだ。
特に声もかけず、一足で間合いを詰める。まだ目が追いついてなく、隙があったのですかさず足払いをかけ、転倒させる。人であれ魔物であれ、有利に事を進めたいのであれば先ず相手の機動力を削ぐのは基本だ。
転倒した事で体勢も崩れているので、急所ががら空きとなる。そこに木の枝を刺そうとした所でガトが寝そべったままで体を捻って蹴りに転じてきたので後ろに跳ぶ。無理に立ち上がろうとしないでその姿勢のままで攻撃に転じるのはなかなか高得点だ。立ち上がる動作は隙が大きいのだ。その身体の大きさを活かして間合いをとった事で、少なくともその時間を稼ぐことができた。
ジッとこちらの一挙一動を見逃さないようにガトは睨んでくる。試しに先程同様に間合いを詰めようとしたら、少し遅いものの後ろに下がって詰めさせない動きをするようになった。見えている以上、迂闊に足払いはできないだろう。
だが、見ていることができなくなったら?すかさず足元の地面を強く蹴り上げる。土煙を立てつつ幾つもの土塊がガトへと襲いかかる。「そんなのありですかい!?」と聞こえたが、敵ならば止まってはくれないだろう。一瞬視界を奪えればそれで間合いは詰められる。正面からくるのか、それとも左右どちらかに移動してからくるのかわからねば、闇雲に後ろに下がる事もできないのだ。さあ、どうする?
ガトがとったのは正面への前進であった。あえて自分から間合いを詰める動きをする事で、こちらの虚を突こうとしたのだろう。だが、土煙に突っ込んだので視界は奪われた状態になっている。それに僕は既に正面には居ない。一矢報いる賭けに出てみたのだろうが、大外れであった。
隙だらけになったガトの左側から枝を刺突する。柔らかいはずの細い枝なのに脇腹に深く突き刺さった。更に右側からは地面を蹴った時に回収し、投げた小石が跳弾スキルで飛んできて、身体を強かに打ちつける。骨の折れる嫌な音がした。
「ストップ、ストップー!やり過ぎなのです!」
すかさず待ったをかけるラタン姉。すぐにスズちゃんとともに治療に移った。ごめんガト、確かにやり過ぎだ。まさか枝が刺さるなんて思ってなかった。跳弾にしても威力を抑えた筈だったのであって打身かなと思っていたのに、明らかにヤバい音が聞こえた。
「言わんこっちゃないのです!最初の足払いの時点で止めるべきでした!脚にヒビ、肋骨3本、内臓に達する刺し傷とまごう事なき重傷なのです!」
「だ、大丈夫かな?」
「大丈夫なようにボク達が回復役やってるんでしょうが、取り乱さないで下さいキルヴィ!」
叱られてしまった。ガトの方に目をやると脂汗をかきながら「昨日よりマシでさァ」と強がってくれるが、昨日に引き続きメンバーを重傷にしてしまったと余計落ち込んでしまう。
うーん、でも僕だとやりすぎるならばどうしたものか。短期間で鍛え上げるならばこの森の事をよく知っている僕が教えるのが1番効率が良いのだが。
そう考えていると回復処置を終えたラタン姉から肩を叩かれた。
「あーもう、そんな考え込まなくともボク達も協力しますよ。色んなパターンを経験する方が、程よく経験積めると思いますです」
ラタン姉からの申し出。この場に残っているのはラタン姉の他、スズちゃん、モーリーさん、セラーノさんとそれからトトさんだ。全員頷いているという事は、協力してくれるというのか。実力的には全員申し分ない。
「ここにいる女性陣だけでも森を歩けるんですかい」
身体を起こしたガトがそう尋ねてくる。
「ああうん、魔法とか込みなら鼻歌交じりにいって帰ってこれるね」
散策と称して出かけていったはずなのに、帰ってくる時には大抵何かしらお土産をその手に持って帰ってくるのがここの女性陣だ。それができないのは屋敷ではグミさんくらいだろうか。
「……覚悟していたとはいえ、改めて聞かされると落ち込みますぜ、それ」
「だ、大丈夫ですよ!私でも1日の特訓で強くなる事ができたんですから!」
ここでの訓練ではなかったとはいえ、実際に1日で見違えるようになったモーリーさんの言葉。だが説得力を感じたのは、以前からの彼女を知っている僕達だけなのであった。




