ガトへの稽古
「だっ、だったら旦那ァ!俺がその強さに値しないってんなら!俺に稽古つけてくれねェですか!俺も強くなりてェんです、頼んますぜ!」
ガトがガバリとしゃがみ込みつつ頼んでくる。初見の時の自分の強さを信じて疑わないとすっかり印象が変わってしまったなと思いつつ、毒気のない純粋に強さを求める姿勢に好感を覚える。
「ガト、その意気込みは買うがキルヴィ様はまだ調子を取り戻せてない。まだ本決定でもないんだからそこまで慌てなくともいいだろうに」
「クロム、僕は構わないよ。あの力がない時からこの森で過ごせたくらいなんだ、かえって力量がしっかりと見極められるかもしれない」
すかさずガトに待ったをかけたクロムを抑えながらそう答える。ガトには悪いけど、一対一においては相手が騎士くらいの実力でもない限りMAP機能が使えないからといって負けるような鍛え方はしていない。
クロムはやる気の僕と待ってましたとばかりに顔をあげたガトに呆れたように一つ溜息をつく。
「せめて食事を終わらせて、それから庭で行って下さい。木剣など用意しておきますから。……忘れられているようですが、トトさんへの返事をお願いします」
その言葉に内心「しまった!」とトトさんの方へと振り返ると、未だ困ったように眉を下げているトトさん達がいた。
「えっ、あっ!ごめんなさいトトさん!出向、僕からもよろしくお願いします」
「あはは、うん。これからお願いします、キルヴィさん」
トトさんとの話が決まったところで、はやる気持ちで急ぎ食事の残りをかき込むとラタン姉から「食事を粗末にしない!」と叱られる。いや、前に自分だってやってた癖に!
ぐっ、見習い組の子達に情けない所を見せてしまった。クロムがすかさず「アレは真似をしないように」と言い聞かせているのが心に刺さる。
そんなこんなで食事を終え、準備に行ったクロム達の代わりにスズちゃんが食器を回収し洗いに向かったのを申し訳ないと思いつつも、自身も庭へと向かう。クロムがガトに対し、こんなもので良いかと確認しながら木剣をこしらえて待っていた。
「手ずから作ってくれるたァ有り難ェです兄貴、こりゃ良い具合だ」
「ああ、これくらい別に構わないさ。どのみちハドソン達の分も作るつもりだったからね」
そんなやりとりを他の見習いから少し離れて顔を寄せ合ってハドソン君とインベルちゃんが見ていた。コソコソと何か話してる。
「ね、ねぇハド。クロムさんの手元見てた?丸太を抱えてきたと思ったらいつの間にか木剣になってたんだけど」
「い、いや。見えなかった。見習いじゃなくなったらあのレベルを求められるのかな俺達」
そんな掛け合いが聞こえてきた。2人でふるふると震えている。仲良いな君達。いや、僕達みたいに武器を自前で拵えれるようになれば色々と便利だけど多分使用人に誰もそこまで求めてないからね。
「キルヴィ様、準備が整いました。そちらの武器は……」
「ああ、じゃあそこの枝でいいや」
見るからに加工もしてない、細い枝を選んだ事に見習い達は不安を覚えたようだったが、以前に僕達から手痛い目にあったガトはあからさまに警戒してみせた。その警戒心はよく覚えておいた方がいい。
そのタイミングでスズちゃんが庭に到着した。ここに来るまでに喧伝したのだろうか、後ろにはセラーノさんやモーリーさん達がついてきていた。最近調節が身についてきたのか、今日の姿は出会った時のように全体的にウサギ気味だ。
「稽古ですかクロムさん?予定にはなかったと思いますけど」
「ああモーリー、予定はいつだって面白い方へ変わるものさ。昼からはお休みに変わったしね」
近づいてきたモーリーさんへそう言いながらクロムが塔の鍵を見せると、モーリーさんのうさ耳がピンッと伸びた。落ち着きがなく、ソワソワ、パタパタと動かしている。もう答えは聞かなくてもわかる様であった。
「さーて、はじめますですよー。何かあっても回復は任せてくれれば良いですので、ガトは全力でぶつかると良いのです」
あ、審判役はラタン姉がやってくれるのか。間延びした声から、すぐ終わるだろうしとやる気のなさが伺える。
「では、はじめ!」
開始の掛け声と共に飛び込んでくるガト、大上段の構えか。剣の軌道を目で追うが、やはり戦闘スタイルはそう簡単に変えられはしないみたいだ。枝をゆっくりと、ただまっすぐ前に突き出す。
動きとしてはたったそれだけの事なのに、ガトの剣の軌道はあるべき道から逸れて、喉元に枝の先が当たっている展開になっているのだ。刺さったのだろう、僅かに血が滲んでいる。
設置魔法をうまく使う上で欠かせないのは相手の行動を読むことだ。前もって相手の来るところに置いておけば、それだけで今のように後から動いても先手を取ることができる。威力においても相手の勢いを利用しているので、簡単に破壊力を上げられるのだ。
「そこまでなのです。ほらガト、回復するから早くこっちにくるのですよ」
告げられる終了の言葉に、枝を下ろすとその場でガトは膝をついた。ドッと汗をかきハッハッ、と短く弾んでいる呼吸にしょうがないなぁといった様子でラタン姉が寄ってきて回復している。
「さて、今のをどう見る?」
「正面力押しのロックベアならまだ相性は良いでしょうが、機動力のある首刈兎やランスボアには遅れをとりそうですね」
「ランスボアも単体ならいけなくはないかもしれないですが、首刈兎には取られて終わりですかね。同じ熊型でも、オーガベアは即撤退しないと」
クロムとラタン姉がそれぞれ感想を言ってくれる。評価としてはやはりまだ森を自由に行き来できないだろうというものになった。
「い、いやいや!今どうしてガト、さんが負けたのですか?キルヴィ様が何をしたのか見えませんでしたが、魔法ですか!?」
「いや、インベル。キルヴィ様は持ってる枝を前にやっただけだったよ」
目の前で起きたことが理解できてなかったのだろう、インベルちゃんが声をあげるとそれを嗜めるようにハドソン君が発言する。意外にも見極める目が備わってるのかもしれない。重畳、重畳。
「それよりも今の一手でそんなに分析できるなんて、どんな人達なんだ……」
汗をかきながら呟いているけど、君なら経験を積めばそのうちわかるようになるさ、ハドソン君。
「さぁ。まだやるんだろう、ガト?君の準備ができたなら続きをやろう!」
僕の言葉にガトがこちらへと向き直る。まだしっかりとやる気が残っている。これならば近いうちにでも実力を身につけることもできるかもしれないなと感じたのであった。




