スカウト成功
「一介の商人の意見としては有り得ないとしか言えない破格の待遇なんですが正気ですか?裏とかないですよね?」
とは、グリムのメンバーに加入してからの事を説明し終えた所でお姉さんから言われた言葉である。商家だったヨッカさんも「普通そう思うよねー」と同意しているところを見るに、一般的なものでないのは確からしい。
「そうする事で得るメリット……人材確保くらいしか浮かばないけど、育成もかな。なかなか抜けれないようにしてるようだし召し抱える気満々だね。それにしてもやりすぎ感は否めないけどさ」
うっ。前から時々思っていたけれど、お姉さん……ミカさんは学もあるし結構頭がキレるらしい。初対面の時の娼婦のような格好が嘘みたいである。いや、あれも作戦だったっけ。
「うん、でも。魅力的なのは間違いなく、例え裏があったとしてもこの街を思ってのことだろうし。あの日、大軍を前に恐れずに立った君を信じたいな。貴方、良いかしら?」
家計も助かるし、と少しだけ茶目っ気を出すと元兵士のおじさんは「無理をしない範囲なら」と苦笑しながらも頷く。
「で、どんな仕事が有るのかしら?お菓子作りはできなくはないけれど、子守りもしながらってなると。腕としてもこの人……ロイさんの方が上よ」
「おとーしゃのおかしすきー!」
ミカさんの言葉を肯定するように、2人の子であるタマキは笑顔でそう答える。それを見て癒されたのかヨッカさんが溶けたような顔になった。
「仕事が必ずしも飲食でなくてはダメというわけではないです。まだできたばかりなので設備管理とか、治療士とか色々と決めなくてはならないですし」
そう言ってハウスの見取り図を広げるスズちゃん。見取り図の、メンバーの為の部屋を見ながら「これで1人一部屋とか宿泣かせね」と呟くミカさんだったが、治療室の名前を見ると視線が留まる。
「治療士の為の仕事場、随分と広いのね」
「ええ、今はまだベッドだけしかありませんけど広さは大事ですからね」
狭い所に押し込めて良い事はないのだ。すぐ治るならば長く留まる事もないが、長期療養が必要ならば話は変わってくる。狭いと治療し辛いし、気が滅入ってしまっては当人も治りにくいだろう。
今でも忘れない。スフェンが戦火に飲まれ、呻き声と悲観の声が轟くあの夜の事を。僕が初めて人を殺した日の事を。
あの時を思い出して感じたのだ、回復に専念してくれる人材がいれば死者は少なくて済むと。スズちゃんとラタン姉も回復は得意では有るが、僕と共に行動していることの方が多い。後方支援としての存在が欲しかったのだ。
その点、ミカさんならば以前の戦時経験も相待って任せられる。
「治療士なら、忙しくない時なら子守りしながらでも出来るかも。それでいいかしら?」
「ええ、よろしくお願いします」
「わかったわ。さーて、名残惜しいけども本屋さん稼業はこれでもって廃業ね。売上げもあの絵本のまとめ買い以降なかったのだから、潮時だったのかも」
ほんの少しだけ、悲しみを込めたようにミカさんは呟いた。絵本のまとめ買いというとスズちゃんのあれか。当たればでかいものの収入源としてはあまり機能してなかったようだった。
「あ、でしたらグリムとして買い取らせて貰えばいいんじゃないですかキルヴィ様。魔導書とかありましたし、そうでないものも共有資産としていいと思いますよ」
スズちゃんの発言。内容としては屋敷にあった物とダブっているが比較的新しい見た目をしており、更に識字率が上がったグリムにとっての共有資産としたら人材育成に有効であるのは間違いないと言える物だった。
「それはいい考えだ。お姉さん、全部買い取るよ」
即断即決。それに対してミカさん達は一
瞬何を言っているのかわからないという表情になる。その後一拍遅れてミカさんが慌てだす。
「い、いやいやいや確かに売り手に困っては居たけど買うってなったら相当な金額になるよ!?いくらお世話になるからって値引きできる物でもないんだよ!?」
「スズちゃん」「はい、こちらでいかがでしょう」
スズちゃんに持ってもらっていた荷物の中から皮袋を取り出す。今回の給料支払いの為に多めに持ってきておいてよかった。それをミカさんに手渡すと、想定してなかった重さだったのかよろめいたので慌てて支える。
「あー、ミカちゃん。キルヴィさん達ね、多分スフェンにおいてツムジさんの次に資産持ってるよ」
「えっ、お金持ちだとは思っていたけれどこれツムジさん関わってないお金なの!?」
「一枚取って見てみて。貴女ならわかると思うけどルベスト街貨よ」
ヨッカさんの言葉に慌てて袋から金貨をつまみ出す。一通り眺め、袋の中身にも目をザッと通すとミカさんは冷や汗と共にため息をついた。自身も気になったのか、ロイさんも袋を覗き「これ全部金貨か」と驚く。
「ただの金貨じゃないわ。ルベスト街貨って言ったらこの国がまだ国じゃない街だった時からある、純度の高い貨幣よ。価値がわかる商人同士なら信用の為にこれで取引をするくらいで、傷がついていても鐚銭として扱われない、不変的な意味を持つ物なの」
それを惜しみなく使うなんて……といった風に2人で感心して盛り上がっているようであったが、これ額面以上の価値ある物だったのか。知らなかったけどさも知っていた風に装っておこう、うん。
「それで足りますか?」
「えっと、過剰すぎるのですがどうしましょう?」
困ったような顔をしながら敬語で返される。目の前ではしゃいでしまったこともあってか、お釣りだといって返すのも難しそうであった。
「じゃあ余りは前払いだと思って下さい。流石に毎度金貨でお給金をお渡しすることもできないですけど、これからよろしくお願いします」
こちらが頭を下げると、慌てて頭を上げて下さいと声がかけられる。ともあれ、僕達のスカウトは成功したのであった。




