狩りの時間とラタン姉のたった一つの冴えたやり方
森に入ってMAPを頼りに適当に魔物を狩る。攻撃を加えた相手はMAP上では赤くなることから、無関係は白、友好関係は緑、敵対関係は赤と別れるらしい。狩った魔物は屋敷まで持ち帰り解体しようという話になり、クロムに持ってもらうことになった。
さて、意外だったことがある。スズちゃんに投石のコツを教えたところ、飛距離だけなら跳弾なしの僕の正確な有効範囲と同じ距離、だいたい40メートル程先まで飛ばせるようになったのだ。威力、正確さを合わせる有効範囲としては20メートル前後のようで、やるのは今日が初めてというのに既に中級クラスの腕前を会得したようだ。
クロムはというと投石こそ初級の腕前にとどまっているようだが力強く、近接での攻撃ならば十分腕が立ちそうだった。今もアナグゥマやライバードといった既に狩った後の魔物をいくつも背負っているのにまだまだ余裕があるみたいだ。
その時MAPに複数の赤い点の反応あり。鑑定が行われると3頭のランスボアだった。距離は1キロはあるというのに一体どうやって気づいているのやら。慌てず草結びと石の確保を行いながら2人に声をかける。
「ランスボア3頭がこちらに来るよ。クロムは僕みたいにその辺の草を結んで。スズちゃんは石の確保をお願い。クロム、さすがに難しいと思うからさっきまでの獲物は一旦置いて、この棍棒を貸しておくよ」
「ランスボア?一体どうやって察知してるんだ……」
「ほんとにね」
「いやキルヴィ、君のことなんだけど」
そういえばMAPについてまだこの2人には話していなかったことに気がつく。だから出る前に迷う危険があるといっていたのか。
「詳しくは後で話すよ。現在距離500メートル。1分後に会敵予定、急いで」
直進してくるラインを割り出し、2人にそのことを伝えライン上にいないように努める。前に1頭、ややズレた左右後方を並走する2頭という鏃隊形で来ているようだ。前回と違い今回は複数なので、少しでも早く数を減らしたい。
ライン上にいくつか草結びを行なっておき、距離が縮まってきたところで投石を開始しようとした時、
<現在の投石成功確率:80%>
と頭の中に表示されてることに気がついた。次第に確率が上がっていき先頭の奴が40メートル切ったところで99%になる。なるほど、これが成功判定確率とやらか。とりあえず今は投げつけることにする。もちろん正面からでは効果が薄いので跳弾だ。
カッ!カカッ!ドスッ!
「グモォ!?」「「グオッ!?」」
うまいこと先頭の奴の目に当たり、たまらず立ち止まるランスボア。だが後続は急には止まれない。
「ピギィイ!?」
哀れなことに中心を走っていたこのリーダーらしきランスボアは、後ろからきた仲間に両側面を削り取られ、絶命した。
残る二頭はその光景を脇目にまだ突進が続いていた。すでに誰もライン上にはいないため駆け抜けていく二頭。内一頭が草結びに引っかかり前のめりに地面に埋まる羽目となった。無事な方が遠くまで行ったのを確認してから両脚をナイフで断ち、あとはクロムに任せこのランスボアを叩き殺してもらうことにする。クロムの全力で10発ほど殴ったところでランスボアは痙攣しだした。残りは一頭。
その一頭だが、気がつけば赤い点から段々と白い点に戻っていく。距離もどんどん遠ざかっていく。どうやら過半数を一度に仕留められたことにより敵わないと見て突進から逃亡に切り替えたらしい。
「2人とも、後の一頭はどうやら逃げることにしたらしい。これで戦闘終了だ」
2人にそう告げると近くにやって来る。クロムはまだ警戒態勢を続けていたが、いつまでたっても地面を叩く駆け足の音が聞こえてこないためそこでようやく警戒を解いた。
「ね?簡単だったでしょ」
「こんな風にランスボアを2頭仕留めてしまうなんて……いや、1頭目は可哀想な事故だったけどさ」
倒したランスボアを眺めながらまだ信じられないと言いたげにクロムは言うが、
「今のもランスボアを狩るのに必要なテクニックだよ。なにも馬鹿正直に人の力だけで倒す必要もないんだ」
と答える。利用できるものは利用するのは狩りの鉄則だ。
「ははは、覚えておくよ」
クロムから出たのは乾いた笑いだった。いや、興奮しすぎてまだ実感が追いついてきてないのかもしれない。そう思うことにした。そんなクロムの横でスズちゃんが膨れていた。
「今の狩り、スズだけなにもできてないのです、むう」
「スズちゃんの活躍はまた今度ね」
「キルヴィさま、約束なのですよ?」
何度も念押ししてくるスズちゃん。狩人として有望かもしれない。
さすがに両側面を持っていかれたランスボアは持っていけないと判断し、叩き殺してもらった方のランスボアを持って行くことにした。
先ほどの戦果と合わせて十分な収穫である。帰宅することを伝える。帰り道がてらに2人に自分の能力について教えることにしよう。
◇
屋敷についた頃にはやや薄暗いと感じる時間帯になっていた。庭先にアンジュさんとラタン姉がいることから、帰ってくるのを外で待ってくれていたらしい。
「ただいま。アンジュさん、ラタン姉」
「ただいま戻りました。すぐに夕餉の準備に入ります」
「も、戻りましたの……」
僕とクロムがそれぞれ帰宅の挨拶をし、ラタン姉がいるからかクロムの後ろに隠れながらスズちゃんが控えめな帰りの挨拶をする。
「お帰りなさい。まあ待ちなさいなみんな。これから良いものが見れるよ」
アンジュさんがニヤリとラタン姉に向かって笑いかける。ラタン姉も黙ってコクリと頷く。手には淡い光が見えた。
「ここからの時間はボクたち、夜灯の精霊の名の誇りの時間なのです。とくとご覧あれ、なのです」
淡い光がラタン姉の手から離れる。そのまま僕たちの周りをふわふわと漂ったかと思うとポンッ!と軽い音とともに鮮やかな光の花を咲かせてみせた。
「まだまだこれからなのですよー、それー!」
次々に放たれる淡い光。あちこちで咲き誇る鮮やかな色とりどりの光の花。中には色々な模様をかたどっているものもあった。
それはそれは幻想的な光景で、まるでおとぎ話の妖精が踊ってみせているようだった。僕はもちろん、クロムもスズちゃんも完全に心を奪われてしまう。
最後にくるくるとラタン姉が回ってみせる。淡い光が一つに集まり、ゆっくりと空に上がって行くと、ひときわ大きな花が夜の空に咲いたのだった。
「すごいすごい!どうやってやるの!?」
全てが終わった後、ラタン姉に真っ先に尋ねに行ったのはなんとあんなにも苦手意識を持っていたスズちゃんだった。
「ふふー、これは魔法なのです」
「まほう!スズもまほうつかいたい!」
「じゃあ、あとで教えますね」
わいわいと楽しそうに会話しているのを見ていると隣にアンジュさんがやってくる。
「凄かっただろう?あれは私と初めてあった時にもやってみせた魔法でね、思い出の技なんだよ」
「いや、驚いちゃった。ラタン姉ってあんなことできたんだ」
「あれで魔法の才能が高いからね。あんたも教えてもらっているんだろう?」
「いや、まだ生活魔法しか教えてもらってなかったから意外だなって」
「あー、適性がわかんないと教えようがないってのもあるんだろうね。今度ツムジに適性検査の道具持って来てもらおうか」
「……はっ、そうだアンジュ様、これ森で狩って来たのですがどうしましょうか?」
「ほう、また立派なランスボアだこと。ワタだけ取っちゃって血抜きし、保管しとこうかね」
「じゃあワタぬきは僕がやっとくから」
「よろしいのですか?では夕餉の準備に行ってまいります」
それぞれが自分のやるべきことを思い出し、動いていく。
こうして、長かったラタン姉とスズちゃんの心の溝は、魔法一つで埋めることができたのであった。
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