やれることを増やそう
「ま、まあまあ!1回目なんだし軍のお墨付きがあるんだから今回は多めに見てくれるでしょう。ラドンさん、どこ出身の人からの依頼かな?」
そう言いながらこの辺の地図を広げる。空間文字が現れるタイプのものだが、ここにいるのはメンバーや事情を知っている人達の前なので、遠慮する事はないだろう。これが例の地図かと皆驚いたような顔をしていたが、ラドンさんの指が動き出したことで意識がそちらに向かう。
「方面的にはこんな感じですな」
指さされたところにマークを追加する。スフェンからの方向と距離を見て、
「あー、そこなら地元だな。誰か着いてきてくれないか?」
「それなら私も行きます」
という声が数件上がった。さっきのダイナーさんの影響だろうか、仕事を意欲的にやってくれるのはありがたい。
普通だったら銅貨迄の金額で複数名護衛につくなんて破格であり、その場所に用事があってついでに護衛する場合で無ければ起きえないのだが、メンバーへの給金はグリム持ち……というより僕持ちなので可能なのだ。
勿論、護衛運用で得たお金で成り立たせようとすると経営破綻してしまうだろう。ヨッカさんも気にしていたように、単発ならまだしも、数度続けるようならば同業者も良い顔をしない。
かといって、彼らとしても待機している間手持ち無沙汰では、仕事をしている感覚が鈍ってしまうだろう。僕の傭兵の一面もあるので、空いた時間を使って訓練してくれればそれでもいいのだが、戦いばかりでも気が滅入るものだ。適材適所、できれば戦闘系以外についても関わらせたい。
「時にツムジさん、内職系の仕事って定期的にもらえたりできないかな?」
以前から打診はしてあった。内職系の仕事は、いわば臨時の仕事の物が多い。その為近くにいる手持ち無沙汰な不特定多数な人に募集をかけるものなのだが、うちのメンバーに依頼として慣らしていけば、安定した仕事をこなせるだろうと考えたのだ。
いつもは大体肯定してくれるツムジさんだが、これに関してはなかなかうんと言ってくれない。
「うーん、また同じ返答になるけれど。私の所から仕事を得るよりも、キルヴィが自分で商店起こしても良いんだよ?」
今回もやや渋い表情になりながらそう返された。グリムとソヨカゼ商会、本業の混み具合によってはどっちも不定期になる以上、それをアテに仕事を探しにきた人が街にあぶれるよりは商会的にも都合は良いとのことだった。
「商会内にも既に同種の仕事はあるだろうし、迷惑にならないかな?」
「なんだそんなこと。商会の一員が新しく旗揚げするのを疎ましく思う奴は、表向きにはいないさ。以前渡した商会メンバー証明書は本来持つまでが大変なんだぞ?」
それに君には心強いメンバーもいるじゃないか、と言いながら他のメンバーの管理を始めたヨッカさんへと視線が向く。彼女は元商家の人間だ。ノウハウを持つ人間を、他から無理に引き抜くことなく手元に持っているのは大きい。
僕たち2人の視線が向いてるのに気がついたヨッカさんが作業の手を止めて首を傾げる。
「ヨッカさん、商売の方向については任せても?」
「あっ、えっ!?ま、任されましたわ!?」
ここ最近のやりとりで起きた条件反射であった。ヨッカさんが慌てて何の話かと僕らに尋ねてくるので説明をする。そして、彼女は天を仰ぐことになった。
「くぅ、まんまとやられましたわ……時にキルヴィ様。それをするにあたってスカウトしたい方々がいるんですがお手を借りても?」
我ながら急な無茶振りだと思ったが、そこは転んでもヨッカさん、なかなかに強かである。というより、悔しそうな素振りをするから少し心配になったけれど、ヨッカさん自身前もって考えていたんじゃないか。
誰なのかと尋ねると、僕も良く知っている元兵士のおじさんと本屋のお姉さんのあの夫婦であった。確かに協力してくれると言っていたし、何よりも闘うことから別の道を見出した先達になる。あたってみるのも良いかもしれない。ツムジさんによればまだ商会にも属していないとの事だから、帰る際に寄ってみよう。
「その人達って事は飲食店なのです?」
お、食べ物関連だからかラタン姉が反応してきた。それにヨッカさんが頷く。
「やるからにはこの憩いのスペースを有効活用したいですからね。勿論本業もあるので営業時間は限定的なものになるでしょうが」
となると経験のあるトトさん達にも出番が回ってくるかもしれない。子育てに静かな暮らしを所望していたのでそのまま屋敷に住むものと考えていたけれど、帰ったら彼らの身の振り方について改めて尋ねてみないとなぁ。
「ぜひにもその方向で進めましょうなのです!ここに来る楽しみができるのです!」
美味しいものが食べられるにちがいない、とふんふん鼻息が大きくなるラタン姉を宥めつつ、頭に浮かんだことを皆に聞いてみる事にした。
「ああそうだ。その仕事と別件で、個人的な希望になるんだけどさ。この中で畑の作り方知ってる人いない?」
僕の思いつきからした全体への問いかけに、メンバーは顔を見合わせる。その顔はあまり優れない人が多かった。先程同様、僕にアピールできるチャンスだというのは皆理解しているようなのだが、すぐに手を挙げれないのは知識や経験がないからだろうか。
「畑……っても、規模や土壌、何作るんかが分からんと答えるのは難しいです」
しばらく経ってようやく上がった声は、そんなもっともなものであった。それに数人が頷く。
うむむ、これは盲点である。これまでの生活で得た畑についての知識は、漠然としたものでしかなく、なんとなーく野菜を作る物としか認識してなかった。ノープラン、思いつきで言う物じゃないなと頭をかく。
「規模はー、えーっとあの中庭ぐらい?土壌……森?」
「土の良し悪しですよ、キルヴィ様」
何か分からない単語が出てきたのでどう答えるべきかと言い淀んでいると、そっと顔を寄せてスズちゃんが教えてくれる。ありがとう、とお礼を言って、考える。森の中の土は良い物なのだろうか?見かねたラタン姉が僕の言葉を引き継いだ。
「だいぶ肥沃ですね。ただ、日照はやや悪いのと、良く害獣が出るので作れる作物は限られますかね」
「土が良いなら作物は選ばんが、害獣かー。なら対策も難しいやな……因みにどんなのが出るんだ?」
「えっと、ランスボアとかロックベアかな」
「魔物じゃねぇか!」
あのレベルなら魔物も害獣も変わらないと思うんだけどなー。畑仕事をやったことがないので開墾自体はできないけど、今挙がった問題点って僕ならどうにでもなる気がする。
「……はじめてってんなら豆や根菜でいいんじゃないか?」
「まぁそれに落ち着くやな。しかし、おっかない所に住んでるんだのリーダーは」
作物は決まったもののすっかり経験者達は気後れしてしまった様子を見せる中、少し遠慮気味な手が上がった。意外な人物で注目が集まる。
「だ、旦那……俺も少しゃ心得あるぜ?」
視線が集まる中、少し気後れした様子でガトはそう言って頭をかいたのであった。




