グリムの仕事
2階を見終え、現時点では角部屋以外それぞれの部屋に差異がない事を確認した所で小休憩を取る。ここで彼らにも給金を配ることにした。というのも、去っていく面々の前で渡すのは気が引けたので、タイミングを逃しかけていたからだ。
「そういえば、これまで残留組にはいくら支払われるのかは私にも有耶無耶にされてましたわね……」
とジト目でヨッカさんが責めてくるが、こればっかりは彼女を信用していても言えなかったのだ。
「スズ、クロム。これを彼らに配ってくれないかな」
2人は頷いてボクから小さめの皮袋を受け取ると、一人一人に手渡ししていく。それを見ながら僕は僕で幹部組を呼んで直接手渡す。
「ありがてえ……今開けても?」
「ダイナーさんたらはしたないですわね。こういうのは部屋で1人、落ち着いた時に開けるものでしょう?」
そんなやりとりを目の前で行われ、僕に構わずに開けてもいいよという前に一般メンバーの方から声が上がった。
「き、き、金貨2枚!?い、いや間違いじゃ……」
「お、おい私もだ!住む所に加えてこんなに貰えるなんて」
わいわいガヤガヤ、その賑やかな空気は一気に広がり皆の顔が明るくなる。気分が高揚したのか大声で歌い始めたり、追いかけっこしはじめたりと表現の仕方は様々だ。こうなることが予測できたので、あの場では渡せなかったのだ。
それを見てチェルノさんは苦笑いしながらため息を一つ吐き、それから大きく息を吸った。
「静かに!」
その大きな喝に、シンと一気に静まり返る。皆驚いたようにチェルノさんの方を見つめる。
「皆が嬉しい気持ちはわかるが、それで気が緩み大声あげてはしゃぐようではせっかく評価してくれたキルヴィさんの気持ちを裏切ることになる!……各々、静かに噛み締めよう」
細身の彼がこのように大喝で場を鎮められることにビックリした。
「あーいう時のチェルノさん怖いんです。言ってる事は正しいから、皆さん怖くても従うけど」
とハドソン君は小声で僕にそう言うが、チェルノさんはどうやら統率する為のカリスマ性が高いようだ。
「まあまあ。で、チェルノはいくら貰ったんだ?」
反省したのかやや暗くなってしまった、そんな空気を壊すように、ダイナーさんがチェルノさんに肩組みしながら尋ねる。
「……ダイナー。君も幹部なんだから手本となる振舞いをだな」
その手を振り解きながら、チェルノさんがひと睨みするも、ダイナーさんは気に留めずに己が小袋を開き、皆に見えるように掲げる。
「因みに俺は金貨3枚だった。凄えよな、俺なんかまだ何もしとらんのにキルヴィさんに幹部に選ばれただけでポンと上乗せしてくれるんだぜ?こりゃちゃんと働いて返さんと」
評価されれば上の金額が目指せる。その言葉に、一般メンバーは静かにしつつも再度活気を取り戻したようだった。その様子を見て、僕は舌を巻く。
チェルノさんが理を詰めてガチガチの統制を敷くタイプなら、ダイナーさんは情に働きかけて能動的な統率を働きかけるタイプといった感じだ。これはなかなか面白くなりそうだ。
タイプの違う幹部2人、懸念しなければならないのは派閥が生まれる事だが、
「……俺達はこっからだってのに、盛り下げる事もねえ、だろ?」
「む、悪い。助けられたようだな」
などと小声でやりとりしている事から、ダイナーさんはフォローの為にわざとああ振る舞ったようだし仲もそれほど悪くはないようだ。
因みにだがチェルノさんには4枚、ヨッカさんには4枚半分の金額を渡している。これは冬季の間の勉強会の先生代。ヨッカさんが多いのは遠征代も含めてだ。
「……子供組には1枚だけですの?」
ヨッカさんが近づいてきてまたもジト目になりながらそう小声で尋ねてくる。どうやら今のやり取りで何もしなかったのは、子供組の金額の確認をしていたかららしい。
「今はね」僕はそう短く返した。それについて今この場で大きく取り上げて欲しくないのだ。
一般メンバーと同額の予定ではあるが、それを今渡してしまえば蟠りになりそうなのだ。向こうについてから渡す事にしようと、これから彼らを率いることになるクロム達と相談した。
僕のその様子に何かを察してくれたのか、ヨッカさんは大人しく引き下がってくれた。後で説明するから、ごめんなさい。
そんな小休憩も終え、残りの3階と屋根裏部分をひとしきり見終えた所で玄関に見知った人達がやって来た。その人を迎える為にドアを開けようとすると、クロムが横からやって来て代わりに開けてくれる。
「ラドンさん、ツムジさん。おはようございます」
「あ、ああ。おはようキルヴィ」
ドアに手をかけようとした姿のまま止まっていた2人に頭を下げ挨拶をすると、向こうも挨拶を仕返し、クロムが進めるがままに中へと案内されていく。
「短時間でこうも立派に建て替えるとは。この力は何度見ても凄いとしか言いようがないな……どうだい、この際建設屋になる気はないのかい?」
「ははは……今のところは考えてませんよ」
ツムジさんとそんなやりとりをした後、ラドンさんが顔を寄せて来たので足を止めて皆と少し離れる。別に怪しい関係という訳じゃないので、そんなにマジマジと見なくていいですよモーリーさん。
「それで、どうなりましたかな」
「11人ですね、残念ながらもう」
「そう、ですか。名簿を作って渡してもらえますかな?」
内容としては勿論、もうこの世にいない者達の話だ。ラドンさんへ元メンバーだった人達のリストを渡す。これはさっき別れた人たちも含まれており、死者の11人には名前の隣にバツがつけられていた。
「一度に全員では怪しく思われるかもしれんです。機を見て、数人ずつスフェンから出た事にしておきますぞ」
「えぇ、それでよろしくお願いします」
どういう事かと聞かれれば簡単な話で、要するに街中で死者が発生した事にしたくないだけの話である。位置的に街の外にあったグリムの居住地だったが、属しているという面で言えば既にスフェンの敷地内でもあった。
安全とされている敷地の外に行ってから死んだのであれば、それは自己責任の世界だからという理由からだった。勿論隠蔽にあたるので、いけないことに違いはないが、ここにいるのは懇意にしている常駐兵のトップである。手筈は先に整っていたのだ。
「こればかりで済めば良いですが、まだ可能性はあるのでしょう?」
「離れてしばらく経つと、恩よりも自己の利の欲求が上回ることもままある事ですからなぁ。逆恨みから凶事に移らなければ良いのですが」
今回のように僕がいないタイミングで何か起きた時、困らないようにと話を詰める必要がありそうだった。頼って来てくれるのは構わないが恨まれてはたまらない。
「そうならないように訓練や集団行動を怠らないように、ちゃんと言っておきますね」
予防するとはいえ、今はまだ可能性の話だ。先立っての敵対反応者はもうこの世にいないのだから、このまま他のメンバーも大人しくしてくれる事を願うばかりである。重々しくラドンさんは頷き、離れていった。
現在は、憩いのスペースでそれぞれ休息している状況だ。今回の件で懐いたのか、インベルちゃんはガトの事を甲斐甲斐しく世話していた。最も当の本人は血が足りない事もあり、船を漕いでいるのでその事を理解しているかは怪しかったが。
「ツムジさん、金物とか雑貨って今揃えられるかな?」
「ああ、ここで使う奴だろう?今は春先で食料以外ならどこも仕事欲しいばかりだから、うちの組合内ならどんな奴でも喜んで揃えてくれるだろうさ」
「ふむ、じゃあクロムとヨッカさんは何が必要なのかちょっと挙げていってくれないかな」
両者ともに頷き、あれこれと挙げていく。カーテンや布団のような、柔らかい布製の物はボクの設置魔法では作り出せないので、その辺も向こうの使用人邸の分も合わせて今回買うのだ。結構出費が嵩むが、グラウンさんのダンジョンで得た財産のお陰で支払いは大丈夫だった。持つべきものは仲間である。
「ああそうだラドンさん、お願いしていた仕事ってどれくらいありましたか?」
「現時点で3件ありますな。今紹介しますかな?」
「そうですね。よし、皆注目ー!」
手を叩いて視線を集める。意識が飛びかけていたガトも……うん、インベルちゃんが起こしているな。
「今から仕事について話します。前言ったと思うけど、スフェン近辺のパトロールが主な仕事になると思いますが、残念ながら今のグリムには知名度がありません」
そんな状態でパトロールをした所で、人からは警戒されるのがオチだろう。最悪こちらが野盗と思われて攻撃されかねない。そんなつまらないことはごめんである。
「そこで、グリムの知名度を上げるためにもラドンさんから仕事を貰いました。内容は護衛。冬季スフェンに滞在していたけど地元に帰ろうとしている人達を無事に送り届けて欲しいんだ」
「逆に、スフェンに出稼ぎに行きたいと思っている人もいるでしょうからな。帰ってくるついでに引き受けてもらえたら嬉しいですな」
僕とラドンさんの言葉を皆黙って聞いている。その時スッ、と手を挙げたのはヨッカさんだった。
「それは、幾らでやるかにもよるでしょうが村抱えの傭兵の仕事を奪う事になりません?」
村抱えの傭兵とは、いわゆる用心棒の事だ。自分達も傭兵だったのだから知っているであろう、仲間の仕事を奪うような真似はしたくないのだ。
「……通達は書をしたためているので、それを村長達に渡して見せて欲しいかと。今回は顔見せも兼ねてですからな。賃金は行きと同じ、銅貨迄の範囲で頼みますぞ」
困ったような笑顔をしたラドンさんから得られた回答はこのようであった。はぐらかしといえばはぐらかしである。価格設定としても安めだし、どうやらグレーゾーンらしかった。幸先不安である。




