新拠点
「こりゃあ、凄いな」
驚いた様子のままダイナーさんが外観をペシペシと叩く。勿論そんなことではびくともしない頑丈な作りだ。返ってきた手応えにこれが決してハリボテでないという事を理解する。
「ええ、我らが主は凄い人なのです。寧ろさっき離れてしまった彼らはこれを知ったら後悔するかも知れませんわね」
自分の事のように得意げにヨッカさんが語る。そんな持ち上げられてしまうと、調子に乗ってしまうよ?
「ここではなんだから、早速中に入ろうか」
そう言いながらクロムにこの建物の間取りを写した物を渡す。先日の反省を踏まえて、僕の使用人頭である彼にはどんな作りかを知っておいてほしいのだ。皆の視線がクロムの手元へと集中するが、実際に見てもらった方がいいだろう。もう一度声をかけて中に入る。
入ってすぐあるのは、来訪者対応のカウンターと憩いのスペースだ。基本的にメンバーが使うための建物ではあるが、仕事として街の人が何か依頼を持ってきた時に応接する為の玄関口となる。そこには上にも続く階段もあるが、ひとまずは置いておく。
「ここは人通りが多いだろうから、平時からよく掃除してね」
僕の言葉にヨッカさんがメモを取り出し、書き込む。分担してやるもよし、数人が建物管理に着くのもよし。そこは僕が口出しするよりも普段から使用するメンバーに任せる事だ。
「中庭があるんですね」
チェルノさんが眺めながらそう呟く。
「ああ、訓練場も兼ねてね。元々3つの建物だったから、かつての建物同士の合間に広がってたスペースの有効活用だね」
無論そのままでは狭かったので、建物同士を繋げたときにある程度は広げた。というよりはそうした隙間を一つにまとめた形になるのかな。
「調理場はそこにあるよ。水の魔法石を埋め込んだ井戸も数基あるから、水魔法の苦手な人の生活水はそれで補ってね」
今はまだ鍋などの調理用器具こそないものの、竈門や臼は置いてある。自室で調理するのも自由ではあるが、ここには後でその他の器具についても購入予定なので、ぜひ活用してほしい。
一通り全員が眺め終わったのを確認し、歩きながら次の場所の説明へと移る。食料庫、倉庫、トイレそれから僕がこちらで仕事をする時の活動部屋を紹介し、もう一つの階段とその手前の大きな部屋の前まできた。部屋の中にはベッドが多数置かれている。
「ここはなんの場所ですの?」
「治療室兼、保護した人を一時的に面倒見るための部屋かな。宿の大部屋と同じと考えていいよ」
グリムの活動を考えると怪我は絶えない職場だろう。道具はまだ揃ってないが、あるのとないのとでは精神的に違う。
「改めて言っておくけれど、仮にさっき袂を分かったメンバーがここを宛にしてきたとしてもメンバーというよりは数日保護するだけにしてね」
一度メンバーから外れたら再加入は認めない。これは前も言っていた通りだ。とはいえ彼らとて、生きているのだからどうしてもたち行かない場合は出てくるだろう。そんな時に少しだけ縋れる場所は残しておいてあげたかった。自立すると決めた以上妨げにならぬようあくまでも少しだけ、だが。
「なんだか実家のお袋みてえだな」
ダイナーさんが苦笑し、他のメンバーも共感したのかそれに笑う。僕にはわからなかったけど、親元から独立する時ってそんな感じなのか。
「親の庇護って普通はそんな物なのですよ」
僕の様子にラタン姉が軽く腕を絡ませながらそう答える。そういう物らしいと納得しておこう。僕とラタン姉が少しいちゃついている様子を、メンバー全員から見つめられていたので咳払いをして離れる。
「んん、じゃあ2階を見ていこうか。主に皆の宿舎部だね」
そう聞いたメンバーはようやく荷物を下ろすことができると安堵した様子になった。しまったな、そんな事なら早めに置いて貰えばよかった。
「とはいえ部屋割は自分達で決めて貰おうと思ってるよ。内装はだいたいこんな感じだね」
そう言って階段登ってすぐの部屋のドアを開ける。簡易的なベッドと机一式が置いてあるだけだけだが、それだけに広く見える。
「あれ、何でベッド1つなんですか?」
「何でって……1人1部屋で考えてるからだけど。相部屋がいいなら面倒だけど3階になるよ」
自分達が暮らす間取りがどんなものか気になったのだろう、全員が1部屋に入ろうとしてきたのでクロムに指示して隣の部屋も開けて分散させる。
「この規模の個室を1人1部屋提供だと……おいおいマジかよ」
「3階もあるって、何人入れる想定してるんだろ」
「あいつら本当に早まったよな……命の危険なんてこんな世の中じゃ常なのにな」
わいわいがやがやと賑やかになる。各々でこれからの暮らしのことに想いを馳せているのだろう。
「廊下に仕切りがあるのは何でですの?」
「一応男女別で部屋割をして欲しいからかな。恋愛自体を制限したりはしないけど、その、乱れられても困るから」
頭の中をグミさんがよぎった。良い笑顔だった。だめだ、既にグミさんのイメージが先日のはっちゃけに引っ張られている。
説明しながら悶々としだした僕に対して「若いなぁ」と皆が笑った。
「ここにいるのは大人だ、そうも心配しんでもええと思うがオーナーのキルヴィさんがそう思うなら従おう」
ダイナーさんの言葉を聞き、「大人といえば」と、ヨッカさんが少し悪戯めいた顔をした。
「遅くなりましたがこの度はご結婚おめでとうございます」
その言葉で一瞬にして場が静まりかえり、視線が集中する。ハドソン君が「誰と誰がです?」と首を傾げながら尋ねた。
「つい先日の春告げ祭でキルヴィ様はラタンさんとスズさん、クロムさんはモーリーさんと結婚されたのです」
「ついでにこの場にいませんけどグミさんも結婚されてますよ」とヨッカさんが言うと、ハドソン君は「そうなんですか!おめでとうございます!」と素直に祝ってくれた。それを皮切りに他のメンバーも祝ってくれる。
「おま、ヨッカ!知ってたんだったら何で黙ってたんだ!」
「だって聞かれませんでしたからー」
そんな風に飄々と言うヨッカさんだったが、実際には僕達が口止めしておいたことだ。反乱メンバーがどう動いてくるかわからなかった以上、事を起こすタイミングにされかねない事は極力伏せた形になる。責められるべきは僕だったが、ヨッカさんは自ら泥を被り、矛先を逸らしてくれたようだった。
「ごめんね。僕ら自身、慌ただしかったから皆に言えてなかったんだ」
「ああいや、もう済んだって事ならいいんです。ヨッカ、他に黙ってることがないか後でじっくり幹部会な」
チェルノさんが苦笑いでそう言うと、ヨッカさんは「あんまりですわ〜」と少しふざけた調子で返すのであった。




