それからとこれからと
「スズちゃん、終わったよ」
我にかえりまずした事は後片付けだ。箱は既に光の定規(範囲指定・低出力)でこの世から跡形もなく消え去っている。あとは暴れようとした男が出した血の上から土魔法で上書きする。これで彼らがここにいたという痕跡は各々の記憶の中にしかなくなった。
ヨッカさん達グリムメンバーを連れて避難していたスズちゃんへと声をかける。パッと振り返ったかと思うと、一瞬でホッとした表情になったのでその頭を優しく撫でる。
「キルヴィ様。良かった、一瞬別の空間の気配がしたのでなにかあったのかと」
どうやら異空間ができたのを察知できていたようだった。「大丈夫、問題ないよ」と告げ、ヨッカさん達の方を見る。
「怪我の具合はどうかな?怖い思いをさせてごめんね」
「ご心配ありがとうございます、これでも荒事には慣れておりますしスズさんに回復して貰いましたので怪我は治りましたわ」
「キルヴィさん!インベルは、ガトのおじさんはどうなったの!?
ハドソン君が慌てた様子で僕に縋ってくる。その2人はラタン姉達に任せてきたと告げたところで、あっちにも動きがありこちらに向かってきているようであった。
そして合流し、こちらも無事だと分かったガトとインベルちゃんは明らかに安心した様子になった。クロムが僕の元へと寄ってくる。
「ちゃんと彼から謝罪を受けました。彼が心を入れ替えたというのを疑っていた自分が恥ずかしい」
「そうか、それで彼はグリムメンバーに相応しいかい?」
僕の意地悪な質問に、クロムは困ったような笑顔で「もちろんだとも」と返したのだった。
「それじゃガトさん、あなたが時間を稼いでくれたお陰で死者が出ずにすみました。ありがとう、これからもよろしくという事で」
「あ、あ、あ……ありがてェです、親分!」
「親分!?」
感極まっていたのだろうガトさんからそんなふうに呼ばれ、僕は驚いてしまった。考えてみてほしい、年齢で考えるなら自分の倍程の厳ついおじさんから親分と呼ばれるのを。
「い、いけなかったですかィ?」
戸惑った僕の姿を見て、自分がまた何かやらかしたと思ったのか途端にガトさんの顔色が青くなる。
「あーうん、心配しなくても呼ばれ慣れてない物だから驚いただけだよ。でもできれば親分は遠慮したいかなー」
「な、ならカシラは?頭領なら良いですかィ?」
「う、ううん……普通にさん付けとかで良いんだけどなー」
個人的な感想だが、トップがそんな呼ばれ方をしていたらグリムは盗賊か何かの集団に思えてしまう。
「し、しかし恐れ多いや!ダ、旦那ァどうでい?」
なんだか顔色も口調もおかしくなってきたガトさんに、そろそろこちらが折れないといけないかなと思いそれで良いよと答える。すると彼は喜び、大きく飛び跳ね始めた。この間の土下座といい、こんなオーバーな人だったのか。
「あああ、認められて嬉しいのは分かりましたけど失った血はすぐには戻らないので安静に!安静になのですよ!」
回復を担当したラタン姉が慌てて彼を止める。あの時点で失血死間際だったというのでヤバかったようだ。貧血の症状が出たのか、ガトさんはフラつきながらその場に座り込む。
ようやく人心地ついた気がするが、やるべき事はしなければならない。
「思うところもあるだろう皆には悪いけど、あの人達には先に旅立ってもらったよ」
子供達の前なので直球では言わずにやや濁した言い方をする。大人達や子供組の中でも比較的年齢の高いハドソン君、インベルちゃんは彼らがどうなったのかすぐに意味を理解したようだった。直前の扱いがどうあれ、見知った連中がもうこの世にいないという事実が突きつけられ、顔色が悪くなる人もいる。ガトさんは短く唸っていた。
「今一度聞くね。グリムのメンバーとして、残ってくれる人には手をあげてほしい。僕は別に独裁的にやりたい訳じゃないけれど、譲れない事だってある。今日みたいに危険がないわけでもない。ついていけないと思ったなら遠慮なく降りてもらって構わないから」
どうか周りに流される事なく自分の意思で選んでほしいと伝え、今一度見渡す。
「恩だって感じてるしキルヴィさんにゃ悪いが……俺は降りさせてもらいたい、かな」
元中立だった1人がそう声をあげたのを皮切りに、数人が続く。はじめ63人いたメンバーは、最終的に半強制的に残る子供組の9人を合わせて31人となった。立ち去るメンバーを一人一人名前を呼んで、お金を渡していく。
「それでは。皆も身体に気をつけて」
「今までありがとうございました。グリムの成功を祈ってます」
一言二言挨拶して、彼らは立ち去っていく。その背中を、ドワーフのダイナーさんは少し寂しげな目で追いかけていた。
「ダイナーさん達も、幹部だからって無理して残らなくても良いですからね?」
「みくびってくれるんでねえキルヴィさんや。俺は俺の意思で残るって決めてんだ。ただ、人がああも離れて少し物悲しくなっただけよ」
その言葉に幹部仲間のヨッカさんとチェルノさんも力強く頷く。ありがたいことに彼らの意思は固いようであった。
「それじゃあ活動拠点に移らないとね。先日ラドンさんやツムジさん達町の有力者と軽く話したんだけど、この拠点はやっぱり使えないみたいなんだ」
その言葉に彼らは少ししんみりした様子で僕の後ろにある建物を見る。一冬過ごしただけとはいえ、各々思い入れがあるのだろう。
「それで、どこに移るんです?結構減ったとはいえスフェン中心に活動しようとしているのが20人以上もいますからね……街中の建物にそんな好立地あります?」
チェルノさんの不安はもっともだった。勿論めぼしい物件はあったのだが、現存している物は割高すぎて誰も手をつけていない類のものだ。現存している物は。
「場所はあるんだ。皆着いてきてくれるかな」
そう言って、僕を先頭にしグリムと共に街の中へと入る。歩いて辿り着いた先は西門からすぐの場所、以前の戦闘の傷跡が今尚残っている区域であった。そこにある、半壊したまま打ち捨てられている3棟連なった家の前で立ち止まる。
「ええと……ここ?」
「うん、ここなら好きに使って良いと比較的安価で買い取れたんだ」
その言葉に僕の力を知っているヨッカさん以外のメンバーはガッカリした表情になる。このままでは使えないのに、うちのリーダーは何を言っているのだと落胆したのだろう。それを横目に魔力回復薬を飲む。久々に飲んだけどやっぱり不味いなぁ。
「あら、皆さん落ち込むにはまだ早すぎですわ。寧ろこれから驚く事間違いないのですから」
事情を知らないチェルノさんはそのヨッカさんの答えに首を大きく横に振った。
「そうは言ってもだねヨッカ。ここからどうなるっていうのさ。まさか1日かけてこれ全部を作り直すのかい?」
「そのまさかですわ。というより1日かかりませんわよねキルヴィ様?」
ヨッカさんからの振りに空いてる方の手を挙げて応える。空間支配が割と魔力を食ったので、もう一本回復薬を飲んでいたからだ。在庫はもう一本しか手元にないので、またどこかで買わないとなぁ。
「もういけますか、キルヴィ?」
ラタン姉が訪ねてくるのに対して、頷く。するとあたり一面が暗くなった。ラタン姉の暗闇の魔法だ。流石に誰彼構わず見せられる物ではないのでお願いしておいたのだ。
手早く邪魔な部分を取り払い、一つの大きな建物を作り上げる。イメージとしてはアムストルで見た、ニニさん達が住んでいたギルドハウスだ。メンバーが増える事も想定して大きめのが欲しいと相談したところ、それならばとこの立地を勧められたのだ。
「よし、こんなところかな?」
そうしてできた建物は、元の建物の壁も所々に残り趣のある作風となった。ラタン姉が闇を払い、その姿が露わになるとメンバーは突如として現れた新築物件にざわめいたのだった。




