反乱勃発
帰りの方が人数が増えるので転移で帰ろうと考えるなら、行きは縮地で行った方が万が一にも対応できるだろう。
「別にキルヴィを疑うわけじゃないんだけどさ、あいつが改心したなんて言われても、ねぇ?」
行きがけの会話で例の荒くれの話があがり、クロムがそう言い、モーリーさんもなんで答えていいかわからないと言った顔で頷いてる。そりゃあこの2人からしてみれば疑わしいだろうな、と頷き返した。
「とりあえず会ってやってくれないかな?誠意を感じなかったなら、許さなくてもいいからさ」
「私は構わないが……モーリー、怖いならツムジさん所に訳を話して留まっていてもいいんだよ?」
「いえ、会いましょう。確かに嫌な気持ちになりましたけれど、せっかくの変われる機会を取り上げてしまうのはどうかと思いますので」
その人にとっても、私にとってもと言葉が続く。2人とも謝罪を受けてくれるのならば、よほど悪い結果にはならないだろう。その時の僕は呑気にそう思っていた。
「キルヴィさん!」
だいぶスフェンへ近づいた時の事であった。移動しているのがどこからか見えていたのだろう、顔面蒼白の様子で僕の名前を呼びながら駆けてきたのはグリムの、年長の女の子だった。その只事ではない様子に僕達も気を引き締める。
「どうしたのですか、ああ落ち着いて。他の皆は?」
「助けて!おじさんが、おじさんが!」
ラタン姉が優しく尋ねるも、それどころではないと言った様子で僕の手を取りグイグイと引っ張る。説明ができる状況じゃないのかと、遠くまで視線を飛ばすと、彼女が焦っている理由がわかった。
「この先だ!大怪我を負っているぞ!」
「何ですって、急ぎましょう!」
その子ともしっかりと手を繋ぎ、他の皆に目を配ると僕に捕まってくれたので、縮地で少しでも早くと駆けつける。
その場には例の改心した荒くれが、息をするのもやっとといった体で横たわっていた。全身に酷い切り傷、あざがあり、クロムがオスロに負けた時のことを思い出させる様子だ。
その容態を見たラタン姉がすぐさま回復魔法にかかる。暫くしたら意識が回復したらしく、少し目が彷徨って、僕の姿を認めるとあからさまにホッとした様子になった。
「おい、その傷はどうしたんだ!?」
「面目ねぇ……俺ァ、奴らを、止めらんなかった」
「おじさんは、私のせいでこんな事に!」
途切れ途切れではあったが2人の話をつなぎ合わせるとこういう事だそうだ。
本日早朝に敵対反応者達は決起、大半がまだ夢の中であった在留組を縛り上げ、僕に対する人質として交渉材料にしようと目論んだらしい。彼……ガトは敵対反応者からしたら仲間だと思っていたのか、縛られることはなかったという。
次に彼らは、自分達が本気だという事を知らしめるためにも、在留組を見せしめに数人殺そうと考えたらしい。様子を伺っていたガトはここで反発、流石にやりすぎだ、元々の仲間同士で殺し合いなんてするもんじゃないと言うと一時的に彼らは納得して見せたらしい。
しばらくしてそれならばと、戦争に参加していなかった子供達へと彼らは矛先を向けた。この子、インベルちゃんにその魔の手が迫った時、ガトは横からその攻撃を弾き、インベルちゃんの事を咄嗟に庇ったのだという。
「馬鹿な事はやめろ」とガトが彼らを諭すも、「裏切ったのか」と彼らは激昂。見せしめの対象が決まった瞬間であった。彼らによるリンチにより、ガトは死に体になり、その場にいたインベルちゃんへと「もし奴らが来たなら、応じなければ人質はコイツのように順次リンチにして殺していくと伝えろ」と命令して外に放りだされたのだという。
町の人に助けを求めようにも、自分達の立場があやふやであり、ましてその事によって下手に刺激しようものなら皆殺されてしまうかもと考えるとどうしようも無く、暫くガトの近くで蹲って泣いてたと言う。
「泣くな」
ガトはそんな彼女へ短く、厳しい一言を言ったらしい。痛みを堪えて何とか立ちあがり、重い体を引きずりながら、町の門の近くまで歩いたのだ。
「ここならば、きっと、目につく、な」
僕達ならばきっと何とかしてくれるだろう、その信頼を胸に。彼は意識を手放したのだった。
そんな話を聞き終えた僕は立ちあがる。
「ラタン姉」
「わかっています!」
「絶対にくたばるんじゃないぞ、私はまだお前から謝罪を受けていないのだから!」
怪我をラタン姉が治しつつ、クロムが意識を手放さないように声をかけ続ける。モーリーさんはオロオロとしているインベルちゃんを宥めるのに手一杯だ。それを背中に感じながら僕は一つ大きな深呼吸をしてから、ゆっくりと歩き出す。
さて。一歩踏み出す毎に空間がギチギチと軋んだような音を立て始める。
さてさて。大気が震え、大地が悲鳴をあげるように揺るぎつつある。
そうなるのも当然だ。それだけ僕が怒っているのだから。
相手に対してだけではない、これは自分に向けての怒りでもある。
あの時、どうせ大した事はできないだろうと見くびらなければ彼がああはならなかっただろう。その驕りに腹が立っている。
ああ、そうだ。忘れずにこれはちゃんと確認しておかないとなぁ。僕だけがそう思っていても、この中に納得できない人がいるかもしれないしなぁ。
「保留中とはいえ彼も僕らの仲間、だよね?」
「その通りです!」
振り返って尋ねると、比較的手があいているスズちゃんがそう答える。うん、その言葉が聞けたら満足だ。ごめんよスズちゃん、ついてこない方が身のためだから少しの間動けないようにするね?そう念じて彼女の足が止まったのを見て、背を向ける。
「お忘れですかキルヴィ様?スズに空間支配は通じないんですよ?」
そう思っていたのに、彼女は難なくついて来てしまった。行き先がわかっているので振り切ったところでたかが知れているだろうというのともう一つ。そうか、これが空間支配という感覚なのかと変に冷静な部分が腑に落ちた感じになる。
これと似たような事を前も体験したことがあるな、と思ったらセラーノさん達の救出の時か。あの時も確かに怒りが原動力であった。その後なかなか大変だったけど、あれは空間支配の力を制御しきれていなかったんだな。
「スズちゃんにひとつ聞きたいのだけど、どの程度ならばやりすぎにならないだろうか?」
過去の過ちを踏まえて先に相談してみる。頭の中ではガト同様の痛みを与えてからじわじわと消失させてやろうかという考えでいっぱいになっているが、多分これだとやりすぎなのだろう。よし、そう認識できてるなら冷静だ。僕は冷静だ。
「人質の救出、及びコトの遮蔽はスズに頼って下さい。転移でどこかに飛んでもらえればなお心配材料は減ると思います。キルヴィ様は彼らに生まれてきた事を存分に後悔させてあげて下さい」
しまった、相談相手の方が頭にきていたようだ。これではイケイケ状態になってしまう。僕は冷静だ。
「構わないのかな?やりすぎにならない?」
「そもそも彼らはキルヴィ様の温情で生きている身、生命与奪の権利はキルヴィ様に寄与して然るべきです。やりましょう」
うん、僕は冷静なのだから、ここは彼女の意見に従う事にしよう。




