閑話 第一回夫人会
ラタン姉視点です
「で、ああなったと」
同志でありボク達同様新婚ホヤホヤであるグミは、目の前に聳え立つ塔を眺めながら、己に泣きついてきたボク達に確認してきました。
その塔は家の敷地の少し外に建っており、近くにあるのに誰も寄せ付けないかのように中に繋がる扉や階段はあらず、また容易に登って来れないように塔自体も細く険しく作られていた。
作ったのは勿論キルヴィで、ここからは見えないが恐らくはてっぺんにある窓のある部屋にいるのだろう。
アンとのやり取りの後、「少し1人になりたい」と疲れたような顔で言って静かに扉を閉めたかと思うと、外に行ってしまってこの塔を作り上げ、引きこもってしまったのだ。
すぐにやり過ぎたと思い、スズと2人で謝ったものの「怒ってないよ。ごめんね、大丈夫」と一度返事が返ってきて、謝罪の声をかけようとも他の話をしようともそれっきりである。
登ろうにも階段も入口もなく。ならばと事の発端であるアンを、家の中限定の自由移動でキルヴィの元に向かわせようとしたのだが。
「しきちのおそとでいくことができない」と、自身にも責任があると感じているのだろう、涙目で謝られてしまった。
だからこうして、知恵はないだろうかとガールズトーク改め夫人会を開いたのだった。
「それくらい妻の可愛い嫉妬から来るものだと受け流してもいいのに、と思わなくもないですけど。彼自身もまだ子供なんですからそれは難しいのでしょうね」
困ったものですね、と溜息混じりにグミは言いました。因みに今現在カシスの姿が見えませんが、セラーノさんの所に様子を見に行っているそうです。
「キルヴィさんの気持ちもわかるな。だって2人とも、ちっとも話を聞いてあげなかったんでしょう?」
モーリーのキルヴィに対する同情する声にうっ、と言葉に詰まる。体勢が有利だったこともあってか、話を聞く前に手を出してしまっていたからだ。ボク達的にはじゃれあいの一環だと認識していたが、それでもやられた方はたまったものではないだろう。
「なにか、なにか知恵はないですかニニさん!」
この場にいる残り1人であるニニさんへとスズちゃんが縋りついたが、ニニさんは困ったように笑う。
「ほっといて、と言ってるならほっといてあげたらいいと思うよー?キルヴィさん、戸惑ってしまっただけなんだと思うな」
今は2人との距離を計り直してるだけだろう、心配するよりも2人がすべきなのはそれなんじゃないかな?と言われ、スズと顔を見合わせる。
ボク達はキルヴィの優しさに漬け込んで、お嫁さんになれたという喜びから過分に踏み込んでしまって過剰に甘えていたのかもしれない。考えすぎだ、なんて笑ったけれどもそうしなければいけなかったのはボク達なのだ。
「それでも、全てを笑って受け止めてくれる大らかさを殿方には持って欲しいですね。夫のセラーノのように」
ボク達は納得し、反省するに至ったけれどグミは納得が言ってないようで、軽く鼻を鳴らしながらそうごちる。と、そこへカシスが戻ってきました。
「随分と余裕ぶっているがグミっち、他人事じゃなくなったぞ?」
「あら、随分とかかりましたねカシス。セラーノの様子はどうでした?」
戻ってきたカシスさんはそれには応えず、一枚の紙をピラリとこちらへと渡してきたのでそれを見る。そこには読みやすい丁寧な字でこう書かれていた。
「体調が優れないのでキルヴィさんの塔にて養生してきます、心配しないで下さい」
「えっセラーノ!?養生だなんて。だ、大丈夫かしら……」
グミが心底心配した顔でそう心中を漏らしたが、それを見るカシスさんは冷めた顔をしていた。
「大丈夫もなにも、駄目だから養生しますって言ってるんだが。あの人、昨晩にはもう限界だって何度か訴えてたのにグミっちは1人だけ楽しんでたし」
私はこの状態だし、まだトラウマが拭いきれていないからほとんど見ているだけだったと珍しく冗談味を含ませずにまともに告げるカシスの顔を見て、彼女がどれだけヤバかったのかをここにいる面々は悟った。
「な、なんですか皆さん!私に何か問題があるとでも!?」
ボク達の白い目線が突き刺さり、狼狽出したグミは昨晩の内容を事細かに、赤裸々に説明しました。中身はとても過激であり、実戦に疎いと言えるボクですらセラーノさんにとても負担がかかりそうだとわかるものになってました。
ボク達の中で夫婦歴最長、いつもニコニコしているニニさんですら真顔で固まってしまうものでした。……愛故に命懸けで応えてみせたセラーノさんにボクは敬礼します。
「グミっち、この皆の顔を見てごらんよ。それは、スタンダードじゃない。もう一度言おうか?スタンダードじゃなくて大問題なんだよそれは」
「そ、そんな……」
よりにもよっていつも自分が注意する側の人間に、ド正論ぶつけられて注意されたのはだいぶ効いたのであろう、グミはその場に崩れ落ちました。
しかし、反論が浮かんできたのでしょう、再び目に光が灯りカシスの方を睨みます。個人的には、できるならあのまま沈んでいて欲しかったのです。
「いいえ、間違いなんかじゃない筈よ!だってアムストルにいた時に読んだ本にはそう書いてあったんですもの!」
「本?……ああ、あの政務室の机の裏板にあった色本のこと?あれで隠しているつもりだったなら残念だけどヤギさん含め使用人全員にバレてて、その上で生暖かい目で見られてた事は知ってる?」
切り札とばかりに得た武器に、しかし無慈悲にもそれを上回る威力の鉄槌が下されました。
「えっ、えっそんな!?」
「そもそもあれ、ここにあるのはあくまでも参考で、一度に全てやるものじゃないと注意書きすらされていた筈だが?それをぶっ通しでやる、その気がしれない」
「……あの、カシス?カシス、さん?もしかして怒ってます?」
ここにくるまでずっと淡々と、無感情に一定のスピードで言い続けるカシスに怖いものを覚えたのだろう、反論を一度引っ込め、動揺しながら恐る恐るといった感じでグミは尋ねた。
「そうだけどそれが今の話と何か関係ある?ないよね?話を続けるよ」
「ひっ」
なんということでしょう、論点を逸らすなと一蹴し話を続ける姿勢です。そういえばカシスが怒ったのは今まで見たことがありませんでした。怒ったら感情的になるグミとは大違いです。
「昨晩、自分のやりたいことをやりたいだけやったグミっちはそのまま気持ち良さげに眠りについたけれどさ。あの人や私のことを少しでも考えた?あなたの望むままに応えたあの人にだって責任はあるけど、行為の後はだいぶ衰弱して自分で水すら飲めてなかったんだよ?」
ただ淡々と。感情を一切のせずに事実を告げるカシス。それ、死の一歩手前までいってませんか?
「それで私、一度外の井戸まで水を汲みに行って飲ませてあげて、漸く眠れたと思ったら一人だけぐっすり寝て元気なあなたに起こされるし。せめてあの人だけでも寝かせてあげようと起こさないであげてって言ってもあなたはしばらく揺すって起こそうとしてたよね?あれ、なんで?私のいつもの戯言だと思った?」
「し、知らなかったから」
もはや最初の相談はそっちのけとなり、この夫婦の揉め事にボク達は固唾を飲んで見守ることしかできません。
「知らなかったで済むんだ、へぇ。起きた時、あの人が死んでなくてよかったね。因みにその書き置き、私があの人に一筆書いてもらったやつ。で、キルヴィさんに頼むから彼を塔で養生させてほしいとついさっきお願いしてきたのも私」
淡々と言っているのに。言葉の端々からは隠しきれない怒りが滲み出ている。一人になりたがっていたキルヴィが応じている事からも、事態はボクが思っている以上に深刻だったのかもしれない。
「な、なんでそんなこと私に相談もしないでするの!」
「みすみすあの人を殺されたくないからだけど!?」
プライドが邪魔をしたのか、よくわからない逆ギレをしてみせたグミに対してここでようやく、カシスの怒りが表立って爆発した。その気迫は凄まじいもので、リリーさんに匹敵しうるものに思えた。
「ここまで聞いて、それでもまだ自分だけなのグミは!?それなら別れてあげて、結婚なんかなかったことにしてあの人を解放してあげてよ!あの人は私にとって恩人であり、大切な人なの!」
気迫に押され、グミの残っていた僅かなプライドが剥がれ落ちたのであろう。泣き崩れながらカシスの足に縋り付いて、
「カシス、お願いだから。謝るから。どうか私からあの人を、私が生きる理由を取らないで……」
と彼女はなんとか言葉を絞り出した。
仁王立ちをしていたカシスはしばらくそのまま見下ろしていたが、かがみ込んで泣きじゃくるグミの肩を抱き締める。
「あなただって、私の恩人であり、大切な人なんだ。これ以上、大切な人の事を乏しめたくない」
「ごめ、ごめんなさいカシス……私、浮かれてしまって、どうかしてた」
「謝る相手を見誤るんじゃないグミっち。一晩ゆっくり休んでもらってから明日セラーノに降りてきてもらう予定だ。その時に謝るぞ」
「うん……うん」
カシスはこれ以上今のグミの事を他人に見られたくないと言った風に庇いつつ、両肩を抱いて退場していった。誰ですか、あの胸のついたイケメンは。
「一件落着、なんですかね?」
スズがそう首を傾げる。この一件、意外だったとはいえ落着以外に言葉はないでしょうに。
……はて?何か重要な事を忘れている気がしますがーー
「ああそうだ。キルヴィさんからセラーノの事もあるから今夜は塔で寝ると2人によろしく伝えておいてくれと言われたのだった」
言い忘れた事があると1人戻ってきたカシスに、今度はボク達2人が忘れていた現実を突きつけられることになりましたとさ。




