夫婦の会話
セラーノさんに念の為安静にする様に告げ、食事を置いて部屋を後にする。廊下を歩いていると向かいから干し終え畳まれた大量の洗濯物を抱えたスズちゃんがやってきた。
「貸してごらん、持つよ」
「あっキルヴィ様!おはようございます、ありがとうございます」
そうして2人、並んで廊下を歩く。突然スズちゃんが「ふふっ」と笑ったので、どうしたのかと尋ねてみる。
「夫婦みたいだなぁ、って思っちゃって。おかしいですよね、みたいじゃなくてちゃんと結婚したのに。なんだか、まだ結婚した実感が湧かなくて」
ああ、在り方で悩んでいたのは僕だけじゃなかったのだ。その事に気付かされ、僕も「ふふっ」と笑ってしまう。すると自分の事が笑われたと思ったのか、スズちゃんは少しだけ頬を膨らせて見せる。
「ごめんごめん、スズちゃんの事を笑った訳じゃないんだよ」
そう言って、起きた時に思った自分の気持ちを打ち明ける。最初から自分だけで抱える必要なんてなかったのだ。
僕も、スズちゃんも、そしてラタン姉だって初めてのことなのだ。色々悩むだろうし時にぶつかりもするだろう。
でも、それで良いのだ。好きなだけ悩めばいい、ぶつかりあえばいい事なのだ。その事にわかったから笑ったんだよと言い訳をすると、スズちゃんは「なるほど、そんな事まで考えるなんて流石キルヴィ様!」と少し僕に甘えたように体重をかけてきた。
洗濯物をしまい、2人で寄り添いながら自室まで戻るとラタン姉はトワを大事そうに手に乗せて眺めていた。戸が開いたことで嬉しそうに顔を上げるが、僕達の様子を見て仲間外れにされたと思ったのだろう。眉を吊り上げて僕達めがけて突っ込んできた。
「2人ともひどいのです!朝起きたら2人の姿はもうなくて、まさかこれまでの事は全てボクの妄想なのかもって思っちゃったじゃないですか!トワの事を見てそんな事ない、これはれっきとした現実なんだなーんて現実逃避して時間を過ごし、ようやく帰ってきたと思ったらイチャつきながらですし、もしかしてボクはいらない子なのですか!?」
お、おう。久々にラタン姉が暴走気味だ。長々と言葉を連ねて僕の胸元を叩く姿に、それだけ不安にさせてしまっていたのだろうと反省する。
そうしている内に「どうどう」とスズちゃんがラタン姉を嗜め、それにラタン姉が「ボクは馬ですか!」と突っ込んでそこで漸く一息をつける。
「まあまあ聞いてよラタン姉、キルヴィ様だって悩んでたみたいなんだよ?」
と、さっき吐露したことをスズちゃんに暴露される。他人の口から聞くと少し恥ずかしさが増し、頬をかいてそれを誤魔化す。
「行動に責任持たないと、なんて……キルヴィにそんなの今更でしょうに」
「ラタン姉もそう思うよねー?これまでだって、背負わなくてもいいものを自ら課して背負ってきたキルヴィ様なんだから」
「へっ?」と呆けた返事をしてしまうと、妻2人は顔を見合わせて笑いだす。
「あなたはこれまで通りで良いのですよ。そりゃあ、自らの行動を省みる事は必要ですけれど」
「でもそんな事は今までだってしてきた事ですよ?キルヴィ様はその度に私達に相談だってしてきたじゃないですか」
そうだったっけ?とこれまでを思い返す。思い返して、またも頬をかいてしまった。これまで誰よりもすぐ近くで僕を見ていた2人が言うのだ、間違いではなかった。
2人はひとしきり笑った後、僕へと体重を預けてくる。
「でもそうやって悩んでくれた貴方の成長を、ボクは嬉しく思いますけどね」
「スズもです。心からお慕いしてます」
妻2人に甘えられて油断していた所をトン、とベットに押し倒される。こんな日の高い時間から、昨日の夜の続きを、もしかしたらその先までいってしまいそうな空気になっていた。僕自身、図らずも他2組の話を聞いてしまった事もあり理性が保ちそうもなかった。
「どきどき……!」
倒されたすぐ隣から声。目線だけをそちらへやると、手で目元を隠そうとして、しかし指が全開で隠せていないアンちゃんの顔があった。いや、ベットから生えていたというべきか。
「……アン?いつからここに?」
なんともシュールなその状況に気が削がれたのか、少し落ち着いたラタン姉が尋ねる。
「んー、『2人ともひどいのです!』のところから?」
「それ、一番最初からじゃないですかぁ!」
「ラタンちゃん。どう、どう」
「だからボクは馬じゃないですってばぁぁ!!」
和んだ空気となり、もうすっかりその気は失せていたが、いつまでもベットから生やしておくのも変な感じなので、ちゃんと出てくるようにと促すと「よいしょー」という気の抜ける掛け声と共に素直に従ってくれた。
しかし、アンちゃんは家の中ならどこでも現れることができるようになったのか。前から神出鬼没であったけれど、今のように床をすり抜けてくるようになったのをみたのは初めてであった。これではプライベートもへったくれもない。
「……あれ?アン、あなた少し大きくなってませんか?」
ラタン姉がそう呟き、改めてアンちゃんの方を見やると、確かに昨日見た時よりも背が高くなっていた。昨夜の内に成長したのだろうか。当の本人も自分の姿をクルクルと回りながら見て、「おー」なんて声をあげている。そして嬉しかったのか頬を薄らと赤く染めながら顔に手を当てる。
「あるじにからだじゅう、いじられたからかもー」
「えっ」「は?」「ん?」
待て待て待て、当方の記憶にございませんことよお二方!そんな事断じてしていません!断じて、していませんからその冷えた声音は抑えてくださいお願いします!
「けさだってきゅうにいじくられて、それでかも」
そんな状況下にアンちゃんによって更に油が注がれる。
「そういえば朝から姿がありませんでしたね……」
「私達という妻が有りながら、それでも足らずアンちゃんにまで手を出したのですかキルヴィ様!」
今の状態は2人に押し倒された状態のままだったのだが、さらに組み伏せるような形で覆い被さってくる。縮地で逃げようにも体が掴まれているので逃げられない状況であった。
「いや待って痛い痛い痛い!そんなの身に覚えが……今朝?……あー」
「その反応!本当に心当たりが?結婚した次の日にもう不倫なんですか!?」
やや鼻声になっているのは泣きそうだからなのか、顔は見えないがスズちゃんが悲痛な声でそう叫ぶ。心当たりは確かにあった。
「うん、あるじがはなれのちかに、つめたいへやをつくったの。たぶんへやがふえたからおおきくなったのかなって」
「は?部屋?」「ちか……えっ、地下?」
アンちゃんの言葉を聞いて混乱したのか、2人の力が弱くなったので急いで抜け出す。
アンちゃんの言っている事は概ね正しかった。ただし彼女に直接何かをしたというわけでは勿論なく、僕が離れを作ったりその地下室を作ったりと屋敷を改造した事で結果として家憑き妖精のアンちゃんが大きくなってしまったという事らしい。
……わざと誤解されるような言葉選びをした気がしなくもなかったが。ラタン姉曰く、母さんも悪戯好きだったらしいし。
「なーんだ、そういう事でしたか」
「アンちゃん、紛らわしいですよー」
なんて2人がホッとした様子になったのを見て、信じてもらえなかったと、僕が少しいじけたのは仕方のない事だろう。




